【全員悪人】


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 経済制裁の効き目はあったと見えて、加藤は焦って花菱を訪れた。舟木の自白ICレコーダーを訊いた布施は大層喜ぶかと思われたが、加藤が帰ってからは無言だった。

 西野は清水と飯島を呼び出し、おもむろに問い詰めた。

「会長。どっか遊びに行ってはりましたやろ」

 清水が飯島を睨みつけたが、両者預かり知らぬことだった。

 布施は眼をすがめて、大きく鼻息をついてから口を開いた。「――なぁんで知っとんのや。西野」

「御老公。バレたないんやったら、他の会の人間も口止めせなあきまへんで。せっかく事を荒立てず秘密裏にやるつもりやったんに、山陰から三陸まで広まってしもた。これで府中にでも怨み買うたら、会長のお立場も――」
「あの程度暴れたぐらいで、どうにもならんわ。お前の仕事と手間を減らしたろっちゅう下のモンの思いやりや。体しんどないか」

 西野が口を濁しながら傍らの中田を見れば、人を脅し怯えさす本性など嘘のように眼を瞑って黙っている。

「おい」
「――」
「直訴しといてダンマリか。見損なったで。中田」
「私の不手際です。若頭」

 西野は許可も得ずに口を訊いた飯島の胸ぐらを後ろ手に掴み、ガラス製の灰皿を掴んだ。その手首を中田が取る。西野は灰皿を捨て飯島を離し、椅子に座る中田に乗り上げて体を殴りつけた。中田はげふっと声を上げたが、助けに入ろうとする清水と飯島を目で制した。布施は額を掻いていた。

「澄ました顔しよってからに。今度俺に逆らったらお前でもタダじゃおかへんぞ」

 西野は中田の首元を絞めた。眼が血走っている。

「血圧どころやないんでしょう――無理が祟っとるんや」中田は床に唾を吐いた。「舎弟の信頼裏切っとるのは、若頭が先でっせ」

「なん……やと……ッ」

 やめい、と布施の声が切り込んだ。「痴話喧嘩は聞き飽きとる。西野。中田はなんも云っとらん。独断で動いたんや。殴るんやったら、わてにしとけ」

「できへんから下にあたるんで。舎弟の代わりに殴られたるやなんて、訊いたことないですわ」

 布施は立ち上がった。

「――本気やで。なんもお前を気遣っとるんやない。いま若頭に死なれたら、花菱の後継が決まらへんからや。中田は残りの補佐を纏めるほどまで来とらん。ひとり減ったら、全員で共倒れになるわ」

「会長かて――な」西野の声は周りがハッとするほど震えていた。「会長かて、命大事にしまへんやろ。なんでや。云うてや。俺、使い捨てでかめへんのでっせ。もし……もし」

 その先は無かった。中田の上にへたりこんで首を落とす。冷静沈着な策謀家の唯一の弱みである布施は、少し困ったように首筋を撫でた。

「悪かった。もう、せぇへん」

 およそ頭を下げることなどありはしない地位について尚、布施はぼそりと云った。西野は顔を上げたが、鼻をずッと鳴らすと目尻に浮かんだものを避けるように脇を向いた。





 中田は別室で清水に、あばら骨にヒビが入っていないかを確認してもらった。清水は医者の資格を持っていたため、ちょっとの怪我であれば様子を診ることくらいはできた。

 もともと堅気の人間が花菱の重鎮に多く集まるのには訳があった。極道社会で全くの無名だった頃からの名残りである。

「ヤられる気がしてサラシようけ巻いとったんやけど」中田は云った。「顔は避けてくれて正直助かった。下に示しがつかん」

「すみません。私がついていながら」清水は水枕に氷を増やして中田の脇腹に当てた。「会長も言い出したら訊きませんので。反省して静かになすってくれたら、御の字ですわ」

「……お互い大変やな。上にいくほど面倒が増えると知っとったら、清水。俺もあんたにこの位置押し付けたのに」

 中田と清水は同列の立場で長く過ごした相手である。清水のほうが十ほど歳上だが、幹部以上になることを頑として拒んでいた。実務仕事と現場の往復をしているほうが、手下を始終どやすより性に合っているというのだ。

 中田はさもありなん、とひとりごちた。清水は根が優しいため、花菱唯一の好好爺だった。賭場では久しぶりに手を下したようだが、おそらく仏壇でも拝むのだろうと思う。布施が引退したら執事のように仕えるのかと訊いたら、孫が居りますんで家族で暮らしますと微笑んだ。

 極道に家族などない。中田は昔、遠くに置いてきた女のことなど一瞬思い出したが、眼をとじて忘れるよう努めた。



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