【事件簿】


『ホームズと探偵都市9』




 スコットランド防衛隊のポロネーズ探偵を断ったせいで、私の手元にはあのワットソン犬が残された。

 所有物以外のロボットを一定期間置くのは、真の事件性がないアドベンチュアが発動した場合の規則のひとつだ。

 暴走探偵を監視するのも機械任せだった。

 そこらを巡回しているワットソン犬との違いがわからない私は、彼を「ジョン」と名付けた。ごく普通の呼び名だが、犬はなぜか大喜びで尻尾を振った。

 私は勧められた探偵のすべてを拒絶した。シャーロックだけでも手に余るというのに、もう一体など無謀きわまりない。

 私は二体の知的ロボットを置くことの危険性をよく知っていた。





 書類上だけでは困ると言うので、別の探偵を221Bの部屋に居候させたことがある。居住区の外から迎えられて、ミセス=ハードソン以上の基礎戦闘能力を持っている機械なら、何でもよかったのだが。

 ポロネーズ=アマゾンだ。

 それまで私は、彼らが二人きりでいるときに会話するのを聞いたことがなかった。血の濃すぎる兄弟。あるいは完全に自分自身である彼らの関係は、一風変わっていた。

 アマゾンは私の恩師の所有物だが、考え得る限りのシステムをオプティマイズされた個体である。彼の知識と能力はシャーロックを軽く上回っていた。

 機体が造られたのもかなり前で、ロボットに年齢はないが生きてる年数も倍近く違う。

 所有探偵はそう簡単に他人には貸せない。主人の日常生活や行動のなにもかもを知っており、個人シークレットを暴かれれば脅迫される危険が伴うので面倒である。

 師弟間の伝言役として、以前から顔見知りだったのだが。

 二体は最終的にお互いの手が届かぬ位置に引き離されるまで、言葉を交わさず瞑想していた。いつ来てもいつ見てもそうだった。

 間に人間がいるときは口を使って話したが、それは職場の同僚とする事務的な会話に終始した。私は二人は仲が悪いのかもしれぬと要らぬ気を回した。

「あいつが嫌なら別のロボットに監視させるが」

 私のポロネーズ探偵は目を見開いた。

「嫌なわけはありません。我々は完全に理解しあっています。たとえ臨時でも一緒に仕事ができると、知能回路に良い影響を与えてくれます」

「だが全く話さないだろう」

「私たちは口を使いわないだけで、よく話しています。ポロネーズ=アマゾンは饒舌なので退屈しません」

 なるほど。私は彼らに構うのをやめた。

 ポロネーズ=アマゾンはアドベンチュアの事故が起こる度にシャーロックのいい話相手になった。

 傍目には始終無言の応酬。これは大いに問題だ。

 私もシャーロックの性質をかなり学習して、そう簡単にはアドベンチュアが起こらなくなったある日。突然アマゾンが訪ねてきた。

 私は不審に思うこともなく彼を招き入れた。

「どうした。JBの伝言か?」

「私は――サー。ポロネーズ=シャーロックとおしゃべりがしたくなったのです。精神感応や画面越しではなく、直に。閣下の許可は戴いております」

 驚きだった。

 アマゾンはときどき、私がシャーロックに頼みづらい商品――例えばナポリタン関連のオークション等の肩替わり――を仕入れることに長けていた。

 師の好みでカスタマイズされた穏やかな口調の彼を、私も気に入っていたのだ。

 二人は私の許可を得ると、一晩中221Bの部屋に篭った。

 翌朝、私は二人が何を共有したのか尋ねた。彼らはあろうことか頬を桃色に染めながら答えた。

 ――桃色?

「ロボット工学における三原則の有無について話していました。私たちには零原則が適用されるのか否かなど」シャーロックは早口だった。

 兄弟とは目を合わさない。

 アマゾンは普段通りの調子でゆっくり言った。「命令の暗号化は、三原則に反さないで我々が自我を保てる唯一の方法ですが――果たしてそこに私たち機械の意思は反映されているのかどうか、議論を」

 同じく目は合わさなかった。

「――何をしたんだ?」

「いま答えた通りです、サー」

「先ほどまでずっと語り合っていました。シャーロックと私はひとつの結論に到りました。つまり工学者が提唱したとされる零原則は――私たち探偵の本質に直結した影響を――」

 私はふと彼らの変化に気づいた。桃色の頬はみるみる真っ赤になっていく。

 どういうことだ。

 アマゾンが空中を見て口走った。「半クラウンは時計用ポケットの中に。残りはすべてスボンの左ポケットへ」

 私は彼の名前を呼ぶことをためらった。個体識別名は時として、彼らが機械であることを忘れさせてしまうからだ。

 しかし、嫌な予感を打ち消したい気持ちが勝った。

「アマゾン?」

「今頃――太平洋の底も牡蠣でいっぱいになっているだろう」シャーロックが物憂げに言った。

 私の探偵は頭痛がすると周囲に訴える暇もなく倒れ、そのすぐ後にもう一人も倒れた。

 何の役にも立たない論理的思索のせいで、二台はほぼ同時に誤作動を起こした。互いの膨大な知識をやり取りすることで、回線が焼き切れたのだ。

 大量生産のポロネーズ同士では起こり得なかった熱情――恋ではないと思いたい――が、二人の間に起こったのは誤算だった。

 究極の自慰行為とも言うべき事態に、アマゾンの主人である上院議員のJB、ジョセフは笑い転げた。

「外出許可は早まったな。逢い引きは刺激が強すぎたようだ!」

 私は恥ずかしさと情けなさで頭を抱えた。

 新たなロボット条約文書には、知能指数の高すぎるポロネーズ探偵同士を、長時間ふたりきりにしない旨が記載された。文書自体が盗まれる羽目になった諸々の事件もあるが――それはまた別の話だ。

 アマゾンは我が家に出入り禁止となった。東洋風にたくさん敷いたクッションだけ残して。

 以来221Bは空部屋のままである。






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