沢田さん家の長女さん! | ナノ

沢田さん家の長女さん!

長女さんの遠い過去:その4
灯りの少ない暗い道を無言で歩く。横穴の中には、自分と少女の足音、そして少女が鼻をすんすんと鳴らす音だけが響いていた。少年は、9代目の部屋を辞した後にオッタビオに言われた言葉を考えていた。

曰く、少年のほうが体は大きいのだから、彼女を守ってあげてくださいと。その時の彼はオッタビオの言葉を鼻で笑うことによって流していた。

だが今はどうだろう。体も大きく、この炎がある自分が、自分よりも小さく、弱々しい炎しか持たない少女に助けられた。彼女がとっさに横穴に飛び込まなければ自分は死んでいただろうし、彼女にかばわれなければ、顔に傷を負ったのは自分だっただろう。

それは少年にとって衝撃だった。弱い者でも、ときに勇気を振り絞れば強い者の思惑を簡単に乗り越えてしまうのだと。

どこかで彼女を弱者として侮っていた。でもそれは間違っていたのかもしれない。

ちらりと少年は少女を見やる。彼女は自分で患部にハンカチを当てている。痛むのかそれとも出血の多さに動揺しているのか泣き出しそうな表情を浮かべていた。せかせかとした感じで歩いている。おそらく自分のペースが少し早いのだ。少年は少しペースを落とした。

暫く歩くと、二人の前方に光が指していた。出口だ。暗い顔つきだった彼女もほんの少し明るい表情になる。少年は無造作に小枝を何本か洞窟の出口に放り込んで歩き出した。

出口からかなり歩いて見つけた倒木の上で、彼は休憩することにした。どうすればいいのかわからないのだろう、少女は倒木のそばで立ち尽くしていた。少年は自分の隣をぽんぽんと叩き、座るように促した。戸惑う彼女の手を引いてダメ押し。少女は観念したように彼の隣に腰掛けた。

少年は自分よりも低い位置にある小さな頭をそっと撫でた。ビクリと体を震わせる少女を落ち着かせるようにゆっくりと撫でる。少年に害意がないことを確信したのか、少女はそっと顔を上げた。

少年は朱が滲むハンカチを押さえる手に、正確には、ハンカチの下で口を開ける傷に、口づけを贈った。言葉で意思を伝えられない彼から、精一杯の感謝と敬意を込めて。彼女は彼の意思がわかったのか、赤面した後、笑顔になった。おそらくは、ボンゴレ本部に来てから初めての心底安堵したような笑み。花が開くようなそれに少年もつられて笑顔になる。

そして、彼は慌ただしい事態に忘れていたものを思い出した。くすねてきてポケットに入ったままのクッキーの存在だ。彼はそれをポケットから取り出して袋の口を開ける。そして彼女に袋の口を向けて差し出した。小さな、乾いた血が指紋に入り込んだ指先が、そっとクッキーを一枚つまみ取る。小さな口に、クッキーがかじり取られていくのを彼はじっと見つめていた。少女は笑顔で何かを言ったが、生憎と彼には彼女の言語はわからない。でもお礼なのではないかと彼は思った。

交互にクッキーを食べて、後一枚になったところで少女の手が止まった。少し考え込むような表情を浮かべ、彼女は彼にクッキーを差し出した。彼の口元に持っていかれるクッキーをきょとんとした顔で見つめる少年。やがて彼女の意図を察した彼は少し赤くなって、それでも口を開き、クッキーにかじりついた。そして、クッキーをつまむ。彼女の手は離れた。すかさず彼女の口元にクッキーを運ぶ。少女は少し恥ずかしそうにしながら唇を開いてクッキーを食べる。それを見届けた彼はクッキーの袋に残った粉を地面に落とし、ポケットに袋をねじ込んだ。万が一追跡者がいたとして、袋一つの存在で自分たちの痕跡が辿られてはたまらない。

クッキーを食べ終わってからしばらくして少年は立ち上がり、そっと彼女の手を引いて、出発を促した。すでに日は傾き始めている。彼の見立てではこのトンネルはボンゴレ本部が万が一襲撃されたときのために脱出するための秘密通路だ。つまりここはボンゴレ本部の敷地の外。早めに戻らなければ、自分たちはあらゆる危険にさらされるだろう。

言語の分厚い壁に阻まれた二人は一切の会話もなく歩き続けた。しかし、会話こそないが、二人の間の空気は井戸に落ちる前よりも格段に柔らかくなっていた。彼女が段差に躓けば彼が助け、彼が通れなさそうな藪では彼女が先行して道を広げた。

そしてようやく、木々の間にボンゴレ本部が見える位置までたどり着いた。とたんに明るい顔つきになる少女。少年も日没前に本部近くまでたどり着けたことに少し安堵していた。

そこに、がさがさと茂みが揺らされる音が鳴り響く。それは自分たちの後方から。追いつかれたのか。少年は舌打ちし少女を背にかばい、少女は身を固くした。

少年少女の前に現れたのは件の庭師だった。井戸で対面したときとは違い、彼は武装していた。少年からは男の身体で全体像は見えないが、散弾銃だと当たりをつける。散弾銃相手に接近戦を挑めば、穴空きだらけのの死体になることが目に見えている。彼は男を力いっぱい睨みつけた。

「やあ、XANXUS君。まさか君たちが命拾いしているとは思わなかったよ」

ねっとりと絡みつくような声色で話しかける男。少年は眉間の皺を深くし、少女は歯を食いしばって男を見据える。

「まさかそこの女の子が僕の取引を蹴るとは思わなかったし、あの井戸にあんな通路があったとはね。お陰で僕が手を下さなければいけなくなった」

男は意地の悪そうな笑みを浮かべた。言語がわからないなりに話の先行きに不穏なものを感じたのか不安げな顔つきになる少女。少年はやはりコイツと後ろのチビは無関係だったという結論に行き着く。

男は背中に手を伸ばし、背負っていた銃を構えた。彼は油断なく少年に照準を定める。

「おい、コイツは見逃せ。ただのガキだ」
「それは出来ないね。9代目がもてなすような人物だ。余程重要なんだろう。君と一緒に死んでもらう」

少年はぎりりと歯噛みした。少年の炎が真価を発揮するのはやはり接近戦だ。撃つことも出来なくはないが、反動で腕に負荷がかかるし、何よりも照準がなければ狙いづらい。この男はそれを見越して武器を選んだのだろう。接近戦ではかなり高い殺傷力を誇る上に、少々狙いが甘くても当たる。これは彼らにとってかなり不利に働いた。

唯一勝ち目があるとすれば、ここは木が生い茂っている。木に遮られ、狙いは安定しないだろう。そして、散弾銃にはライフル銃ほどの貫通力はない。そして弾にもよるが、ショットガンが有効なのは50m以内だ。それ以上となれば弾は散らばり過ぎて面制圧力は失われる上に、弾自体の殺傷力も大幅に低くなる。

戦うのではなく、逃げる方がいい。少年はそう計算した。だがそれには問題があった。頭部に決して軽くない傷を負っている少女だ。果たして、この彼女の身体が逃避行に耐えられるものなのか。それが少年の懸念となっていた。

男が引き金に指を伸ばそうとした、その時、少女は突然泣き出した。彼女はしゃがみ込み、さめざめと手で顔を覆って泣いている。ぎょっとして少年が振り向き、男は銃を向けたまま口を開く。口から出てくるのは少年の知らぬ言語。ただ、内容の推測は男の猫なで声でわかろうというものだ。だが男の言葉の内容が何であれ、少女の慰めになるはずもない。

少年はどうやって慰めようかと考えあぐねていたところで、少女は動いた。腕を大きく振りかぶり、掌中に隠せるほどの大きさの石を男に投げつけたのだ。少女のコントロールが悪くなかったのか、それとも運が良かったのか、あるいはその両方か、とにかく石は男の右目に当たり、彼は痛みのあまりに散弾銃を取り落として地面を転げ回った。その隙にとばかりに少女はすっくと立ち上がり、少年の手を引いてボンゴレ本部へと一目散に駆け出した。
prev next
bkm
Top
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -