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沢田さん家の長女さん!

長女さんの遠い過去:その5
決して短くない距離の悪路を歩いていたとは思えない速度で木立を駆け抜ける少年と少女。後方からは時折腹に響く破裂音が響き、木々に何かが当たる音が彼らの耳に届く。その度に少年の耳慣れた言語で罵声が投げかけられた。

少年はちらりと隣の少女を見やる。歯を食いしばり、必死な顔で走る少女がいた。そこには気弱そうな様子は一切ない。そして、涙の跡さえ見当たらない。彼との初対面の弱気が嘘のように思える。おそらく気弱なのは表層から数層にかけてだけだ。彼女の芯の部分はかなり頑固で負けず嫌いなのだろう。その頑固さがどのような基準で顕れるのか彼にはわからなかったが、これだけはわかった。表面を見るだけではわからない強さがあるがゆえに、自分の予測も軽々と上回ってしまうのだと。

普通はあの状況でへたり込み泣き出したら諦めたのだと思う。気の強いどころの騒ぎではないこの少年でさえ、諦めるという考えが頭の片隅に浮かんでいたのだ。ところが彼女は地面に手をついて石を拾い、そして男が油断した隙を逃すことなくそれを投げつけた。

少女の投石によって傷つけられ血を流す利き目では狙いがつけにくい。加えて、彼らが木々の間を縫うようにして走っているため射線が木に遮られる。これらの要因が重なってしまえば、不吉な数字をその名に冠する狙撃の名手でもない限りは、弾は当てられない。

彼女がどこまで見越していたのかは分からない。だが、距離を取るためには隙を作らねばならないことは理解していたのだろう。だからこそ石を投げて無理やり隙を作り出した。

彼らはまるで鹿のように木々の間を駆け段差を越えた。男は怒りの声を挙げながら猛追してくる。それから子供特有のすばしっこさで逃げ続けた。

とはいえ、所詮は大人と子供。それも大人は庭師、体力勝負の仕事をこなしていたのである。いかに二人が大人の通れないような狭い藪を駆け抜け撹乱に石を投げようとも、徐々に距離は詰められ、男の毒牙は迫る。

突如少年の左脚から力が抜け、彼は転倒する。彼が脚を見ると一条の血の線が入っている。散弾が脚を掠めたのだ。ややあって焼け付くような痛みが少年を苛む。少女の足も止まった。男はその隙を見逃さず、少年を銃で殴りつけ地面に背中を付けさせた。脳天を揺さぶるような衝撃が少年を襲った。それを見た少女が悲鳴を上げる。

男は地面を転げ回ったためか藪をくぐり抜けたためか、あちこちに枯れ葉がついている。

「もう逃げられないぞ」

醜悪な笑みを浮かべて少年の鼻先に散弾銃を突きつける男。この至近距離で喰らえば、まず助からないだろう。そしてここまで近づいても自分のレンジではない。ボンゴレ本部へはかなり近づいているが……。ちくしょう、少年は歯噛みした。

その時、彼の視界の端で高速で動く物体があった。少女だ。彼女は枯れ葉を巻き上げ男から視界を奪い、男の意識が散漫になった瞬間に当て身を食らわせた。みぞおちに入ったのか苦しそうな声を上げて体勢を崩しよろける男。彼女は更に男の手に噛みつきその手から銃を離させた。そしてすかさず銃を奪い取り遠くへ投げ捨てる。

だが男もされるがままではない。少女の血で固まった額の傷を殴りつける。彼女が痛みに悲鳴を上げ、転んだところで男はのしかかる。そして少女のか細い首に手を伸ばし、ぎりぎりと音がなりそうな力で締め付けた。苦悶に歪む少女の顔。細い喉は更に狭くなり、呻きのような潰れた音が通るのみ。今回は演技ではないと少年も確信する。

少年でなくともこのままでは死んでしまうと思ったことだろう。おそらく男も少女を殺すつもりで首を絞めていた。朦朧としているような表情を浮かべる少女。もう少しで意識が落ちる。あと少し力を強くすればあの細い頸の骨が折れるかもしれない。少年はそう思った。

だが、三度もこの少女に自分の邪魔をされ頭に血が登っていた男は、少年の存在を忘れていた。そして、少年はこれを最大そして最後の好機と捉えた。これを逃せば、チャンスはない、と。

少年は立ち上がり僅かに後退し、掌中に炎を灯す。そして、脚の痛みをものともせず男に突進し、その手の炎をぶつけた。その一連の動きに迷いは一切なかった。

視界の外からぶつけられたエネルギーに吹き飛ばされ、木にぶつかる男の体。男はずるずると木の幹を滑り落ち、そのまま動かなくなった。

首から手が離れ、地面に背中を付けてけほけほと咳き込んでいる少女を少年はそっと抱き起こす。首に手のひらの形の痣が浮かんでしまっている。彼はそれを労うようになでた。しばらく咳き込んではいたが、首の骨やその中の神経に影響は出ていないようだ。彼が末端をつねればちゃんと反応する。

何か考え込むような表情で少年の脚を見つめていた少女はポケットを探り、汚れていない彼女のハンカチを取り出すと、そっと彼の脚にできた銃創に巻いて縛った。そして少女はハンカチの上にそっと口付けた。少年がやったように。彼女の意思がなんとなく理解できた彼は、真っ赤になりながら彼女へと手を差し出す。少女の彼よりも幾分か小さな手が重ねられた。

二人は互いを支えながらよたよたと歩いて倒れた男の元へと向かった。

男は泡をふいて地面に横たわっていた。少女は男の両手のひらを背中で合掌するように合わせ、自分の胸元を彩るリボンタイをしゅるりと解き、その紐で男の親指の根元を強く解けないように縛る。少なくともこれで銃を扱うことはできまい。少年と少女はその場を離れた。

二人でしばらく森の中を歩いていたところで、少年の聞きなれた声が聞こえた。オッタビオだ。声の様子からして、少年たちを探しているようだ。少年は叫び、自分の場所を知らせる。すると森の中にも関わらず全力で走ってくる人影があった。それに追従するように茶色の短髪に白っぽいメッシュを入れた男、9代目の守護者、ガナッシュもいた。

「XANXUS様!お嬢様!」

オッタビオは彼らの姿を見るなり大声を上げた。それはそうだろう。彼らはあちこちが泥に塗れ、髪の毛の所々に枯れ葉を引っ掛け、挙句片方の額には血がこびりつき首に手のひらと思しき形の痣をつけ、もう片方も顔面の片方が赤い上に脚に巻いたハンカチに血を滲ませている。これで悲鳴をあげないものはいない。二人の痛ましい姿にガナッシュも顔をしかめた。

「何があったのですか!?」
「庭師に襲われた。こいつは井戸の横穴に入ったときに額を打ったんだ」
「なんと!」
「庭師はあっちに転がしてある。自殺される前に拘束しといてくれ」

オッタビオは更に悲鳴を上げる。9代目の守護者は、庭師が転がされている方へと駆け出していく。残されたオッタビオは彼女の前髪を一言断りを入れてそっとかき上げた。そして険しい顔をする。青年の反応で彼は、彼女の額に消えない傷痕が残ってしまうことを理解した。

オッタビオは無線で二人を発見したと報告し、二人の頭をなでた。労うようなそれは普段なら払い落とすものなのに、今回だけはさしもの彼もそんな気にはならなかった。

「よく生き残ってくださいました……」

心底安心したように二人それぞれに言う。少女はホッとしたような笑顔で何事かを言った。少年には分からないが、言われた青年は驚いた顔つきで少年を見たので自分に関することなのだろうと考えた。一体何を言われたのか気になった少年は、訪ねてみることにした。

「どうしたんだ?」
「お嬢様が今生きているのはXANXUS様のおかげだと」
「オレも、アイツがいなければ多分生き残れなかった」
「伝えましょうか?」
「いや、いい。自分で伝える」

そう言った少年はオッタビオの身体の向こう側にいる少女の前に立つ。そして、まっすぐ彼女の目を見て唇を開く。

「ありがとう」

何を言われたのかわからなかったのだろう彼女は、しばしぽかんとした。彼は辛抱強く、先程よりもゆっくりと同じ言葉を繰り返す。やがて彼女も彼の言わんとすることがわかったのか、破顔した。

「アリガトウ」

発音こそ拙いものの、少女も確かにお礼を言った。青年は絶句していた。どうしてこうなった。間抜けにも口を開けて棒立ちになる青年の顔にはそう書いてあった。
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