補給班長の業務日誌 | ナノ

補給班長の業務日誌

Starting point
※ミルフィオーレと激突する時間軸の話

グラスに注がれた酒を勢い良く飲み干す。こんな場末の酒場で出てくる酒なんてアルコールの刺すような味わいしかないようなものばかり。これを飲んでいる人間は酒の味が分かってない味音痴か、金のない貧乏人か、安い酒で手っ取り早く酔いたいアル中ぐらいのものだろう。

かくいう自分はというと、馬鹿共と部屋で飲むのもうんざりで、かといって手持ちの金は少なかった。だからこの酒場で我慢していた。ただそれだけだった。

腕時計を見る。もうじき飲むのはやめて帰途につかなければ、門限を過ぎてしまう。私はマスターに勘定と短く呼びかけ、無愛想な男に金を置いていった。

夜風がアルコールで火照った体に涼しい。いつもよりも心持ち荒く、テンポの速い靴音が石の壁に反響する。

私は、この街に赴任してこの街に救う闇の一端を垣間見て以来、ずっと腹が立っていた。市民の安全を守るカラビニエリが腐敗していたことに。住人への強請り集り、薬物の売人を見逃すどころか上前をはねる、身寄りの無いものを拐い何処かへと売りさばく。汚職のオンパレードだった。この事情はこの街のカラビニエリは誰もが知っているはずなのに、誰も声を上げずヘラヘラとしているものさえいる始末。

上納する金を用意できずに殺されたと思しき青年の傍らで涙を流す子供を見ても、何も思わないのか。

薬物に身も心も蝕まれやがて死んでいく者を見ても胸が痛まないのか。

売られた子供がどのような末路をたどるのか知っていながらなぜ憤らないのか。

別の街から来た私には到底信じられなかった。街の人間を守る立場の軍警察が、住人を痛めつけるマフィアと結託していることに。それをなんとも思ってなさそうな顔つきで公言することにも。

虐げられている人全員を助けることはたかが尉官でしかない私では無理だ。助けを求めている人全員に同じように手を差し伸べられなければ、一部の人にしか差し伸べない手は偽善だ。少ない生活費を巻き上げられる人、薬物で苦しむ人、自由を奪われてしまう人。全員を助けるにはどうすれば良いのか。

カラビニエリとつながっているのはマフィアだ。それも住人から金を奪い、薬物を売りさばき、人の自由に生きる権利を奪うような悪辣なマフィアだ。

目には目を歯には歯を。マフィアにはマフィアを。それも住人を守るような善良なマフィアをぶつける。

幸い私にはそれが出来る伝手を一つだけ知っていた。地元のマフィアだ。お忍びだという彼と話をし、お互いの家の事情を知っていながら連絡先を交換した。規模もこのクソみたいなマフィアよりも遥かに大きい。

私は軍警察の全ての悪事を、ひいては繋がっているマフィアの悪事の一端を、補給隊の尉官としての権限をフルに使って密かにまとめ上げ、呼び出した男に託した。きっと、なんとかしてくれる。そう信じて。

味方を売るという軍人失格な行為から早1週間が経っていた。なかなか動き出さない事態に苛立ちと焦燥を覚えながら私は日々を過ごしていた。あれだけでは証拠は不十分だったのか、よその街に手を出すことに対する備えか。前者はありえないし、後者であれば下手をすれば3日で出れる。私の宛が外れてしまったのかもしれない。だとすれば姿をくらまさなければそろそろバレる。

いや、すでにバレているのかもしれない。しばらく考え事をしていると、反響する靴音が一つ増えたことに私は気づいた。少し歩調を速めれば、もう一つも同じように速くなる。後ろを振り返ると物陰に人が見える。距離はおおよそ30m。私はつけられていると確信した。

走るか?いや、それなりに酒が入った状態ではマズイ。すぐにギブアップすることになるだろう。先制攻撃するか?残念なことに自分は非力な士官だ。人影の性別までは分からないが、相手もそれなりでありことは間違いない。

仕方がない。何かがあれば応戦するとしよう。私は普段通りのペースで歩くことにした。やはりついてくる。角を何度か曲がり、戻り。ダメだ、まだついてくる。相手も土地勘がある。振り切れそうにない。大通りに出てタクシーを捕まえて帰るか。

そう思って大通りの方向に足を向けたその時、男が動いた。自分に向かって突進してくる。その手にはマットな輝きを返してくる拳銃。私は全速力で逃げた。この距離なら撃っても当たらない。士官学校で苛め抜かれただけあって同じ年頃で普通の女性よりかは体力のある自信はある。距離を開けられずとも、大通りに出るまでは持つはずだ。

アルコールが急激に回って気持ちが悪い。しかし、立ち止まれば撃たれるだろう。後方に障害物を作るようにゴミ箱をなぎ倒し、タッパのある男が通るのに苦戦するような狭い道を通り、大通りを目指す。あと少しで大通りというところで、目の前に足が差し出され、私は転びそうになりながらなんとか飛び越えた。テンポが乱されたことで、私はこれ以上走れなくなった。アルコールに頭がふらつき壁に背中を付けてずり落ちる。睨みつけるように左隣を見上げると男がいた。

夜闇が具現化したような黒を身にまとう男。目立つのは額の古傷と皆既月食を思わせる色合いの目。このガタイの良さといい、どう見ても堅気ではない。しかも自分の鼻が鈍っているのでなければ、この男から血と硝煙の匂いがする。男はこちらを一瞥したかと思うと、私に背を向けた。彼が向き合うのは拳銃男。敵か味方かわかりかねる男の出現に大いに戸惑う私をよそに、拳銃男がまくし立てるように喋りだした。

「その女を渡せ!そうすればてめえは見逃してやる」

黒い男は拳銃男の言葉に反応を返さない。どうやら敵から見てこの男は知らない人間らしい。この二人が結託しているというのではなくてひとまず良かった。というかあの拳銃男見たことあるな、うちの下士官じゃないか?体力が有り余ってる人間相手に追いかけっこをして、よくもまあ追いつかれなかったもんだ。

「その裏切り者は俺達で処分する!こっちに渡すか失せるかしろ!」

スピッツよろしくよく吠える男。対する傷顔の男は何も言わない。黙っているが不気味とは違う。これは威圧感か。纏う匂いといい、何度も修羅場を乗り越えてきた雰囲気といい、彼はかなりやばい人間なのではないか?そう警戒する私をよそにスピッツはまだ吠える。

「聞いてるのか!?」
「カスが」

口を開いたかと思えばこの傲岸不遜な発言。ハスキーな声だ。この声で罵倒してほしいとかいう変態もいそうだ。私は御免被りたいが。しばらくスピッツは沈黙していたが、数秒してやっと言われた言葉を理解できたのか、沸騰したヤカンのようになって意味をなさない音を叫んでいる。

そして夜の静寂を切り裂くように響いた銃声。無関係の家のガラスが飛散る。小型犬のような男が撃ってきたのだ。体を固くする私をよそにもう一方はまだ余裕そうなのではないかと思えた。私からは顔が見えないから分からないが。

「死ね」

ただ一言。彼はたった一言でスピッツに死を告げた。全身が震えてしまいそうな空気。これは、殺気?向けられているのは私ではないはずなのに、息すらも震えてしまう。真正面から殺気をぶつけられている男はというと、みっともないほど怯えている。先程まで高圧的に私を引き渡すように言っていたのが信じられないほど。

男はゆっくりと怯える者へ足を進め、彼の頭を鷲掴みにした。そのままアイアンクローでもするのかと思いきや、違った。かっ消えろ、男がそういったかと思うと、鷲掴みにした手のひらに光が灯る。その光はやがて怯える者を灼く炎になった。見る間に炎は彼の全身を覆い、やがて灰になった。

「ドカスが」

カラビニエリの下士官だった者の灰に向かって捨てゼリフのような言葉をかけ、男は私に振り返る。まっすぐな視線が私を見下ろしている。先程までは見えなかった、顔の左側面に走る古傷に威圧されている気がする。私は固唾をのんでその視線を真正面から受け止めた。ほんの僅かに男の口角が上がった気がする。

「てめえには選ばせてやる」

ゆっくりと男は私に視線の高さを合わせるようにかがみ込む。血の色のようにも見える目が間近にある。この男は、目の前で、たとえ悪漢とはいえ、どういうカラクリがあるのか見当もつかないが、とにかく人を焼き殺した。まるで蛆虫を潰すかのような態度で。男を睨みつけるとそれはもう愉快そうな笑みを浮かべた。ゾッとする。

「このまま何も見なかったことにして宿舎に逃げ帰り、寝床につくか。てめえは寝ている間にあのドカスの仲間によって人生を終えるだろうが、正義の味方ヅラしたまま死ねるだろうよ」

そう言う男はどこか嘲りの色を含んだ表情だ。とりあえずこの男は正義の味方が嫌いなことだけわかった。特に利点などないが。

「もう一つ、このままオレについていき、ヴァリアーでオレの手足として働くか。出自で差別はしねえ。軍隊崩れだろうと相応の待遇はしてやる」

差別はしないというよりも、どちらかと言うと自分以外の万人に平等にカスと言ってそうなのだが。そう言いたいのをぐっとこらえて男を見つめる。それにしてもヴァリアー、だって?あの、ボンゴレファミリーの?

そういえば、地元のあの男はボンゴレファミリーの傘下にあるファミリーだったっけか。流石に彼らの本拠地からここまでは遠いから規模のでかいボンゴレに任せたところボンゴレ独立暗殺部隊ヴァリアーがやってきた。こういうことか。

「ヴァリアーって、あのボンゴレファミリーの」
「こんな片田舎のカラビニエリのカスでも知ってたか」

どことなくカラビニエリを馬鹿にする響きが伺えるが、こんなことが起こっている以上反論はできない。

さて、どうすべきなのか。こんな時でも真っ先に浮かぶのは家族の顔。あのマフィア大嫌いな兄貴は怒るだろうなどっちに転んでも。父と母も同じ、いや、死んだらもっと怒られるな。爺さんは、うん、あの人なら何が何でも生き延びろ、マフィアに入ってでも生きろ、死んだら終わりだぞくらいは言いそうだ。まあ、ヴァリアーにつけばどのみち死んだようなものなのだが。

そしてもう一つ、気がかりなものがあった。この街に唯一ある孤児院。同僚や上司たちがこぞって悪事に手を染めたり見て見ぬふりをするのに耐えられなくて、毎月孤児院のシスターにこっそりとお金を渡していた。このお金で少しでも苦難を乗り越えられれば。偽善でも、それでいい。そう思って。

彼の身に纏う匂いからするに、おそらくマフィアの方は焼き払われたのだろう。だが、まだ悪人は残っている。それは他でもない、ここに駐在しているカラビニエリだ。火の粉からあの子どもたちを守らなければ。

まだやるべきことは残っている。まだ、死ぬ訳にはいかない。ならば、選ぶ答えは一つだ。

「あなたの手足となって、働きます」
「ふん、あのガキどもか。まあいい。今、ここで、オレに忠誠を誓え」

男が立ち上がる。イタリア人の平均と比べても随分と背の高い男が私をすぐ近くで見下ろしている。私はそっと男の手をとり、その甲に口付けた。上から、男の笑う声が聞こえた。

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