夢か現か幻か | ナノ
Sky red at night…
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あの動乱を乗り越えてしばらく。自分は騒動の前も後も変わらない街を歩いていた。

結局あれは全部攘夷浪士のせいという事にして、伊東さんの謀反の痕跡は全て抹消された。組織の上の方で間者を飼っていたというのは幕府にとって体面が悪いし、なにより伊東さんの名誉に関わる。全て浪士の仕業にした方が、幕府と真選組私 達、どっちにとっても都合がいいのだ。

それでも人の口に戸は立てられぬというもので、浪士や物好きな町人の間では隊士の裏切りが噂されていた。が、所詮は噂。大した事じゃない。そんなこんなで今日も江戸の街は平和なのであった。自分の勤務も変わらずだ。

昨夜は、ご飯を邪魔されたのか不機嫌マックスのセンター長に、人手が足りないと呼び出された。来てみればまあアレな患者さんだったけど、患者さんは患者さんなので、きっちり筋肉と神経と血管を繋げましたとも。いやあ、自傷行為で神経までぶった切るなんてなかなか気合が入ってるよ。その気合を別な事柄に向けるべきだ。

ま、それはさておき、そんなこんなで疲れ果てたあたしは宿直室で睡眠。そして屯所に戻ってきたわけだが、なぜかでっかい花輪と白黒の垂れ幕に出迎えられた。あーこれ葬式で見た事がある。

「今日葬式なんてあったっけ」

犠牲になった隊士と伊東さんの合同葬は大分前にやった。また新たに死人が出たのか。いや、そんな話聞いてないけど。こっそりと弔問客らの後ろの障子を開くと、でかでかと祭壇がある。そこに立てかけられていたのは、松平家の番犬のでっかい遺影。確かブルドックかなにかで、名前はプー助とかいったっけ。

犬の葬式をウチでやるな。

まあ大方、松平家で葬儀開くのは反対されたんだろうな。いやそれにしても、ここでやってるって事は、ウチの予算でやってるってわけだよね。税金を私事に使うとはどういう了見だ。

……ん?よく見たら、ミントンラケット構えた山崎さんの遺影もある。もしかして、行方不明の山崎さんの葬式の名目で犬の葬式の費用を出してる?それにしても、なんでミロ供えてあるんだろう。せめて牛乳とあんぱんじゃないの?いやどれも好きじゃないらしいけど。

しかも隊士達は葬式をなんだと思っているのか、局中法度など知らぬと言わんばかりの振る舞い。うーん、局中法度以前に、人間としてどうかなあれ。

「山崎さん可哀想……」

彼なりに状況を改善しようと頑張って、死ぬ寸前まで働いたのに。つーか忙しくて構ってられなかったけど、山崎さん大江戸病院にいたよね?なんでセンター長ウチに連絡入れてないんだろう。あれか、あたしがやるって思われていたのかしら。……意思疎通の重要性を感じるゼ。

「アホらし。寝よう」

流石に茶番に参加する余裕はない。一刻も早く医務室に戻って寝たい。そう考えつつ、視線を横に向けると、同じように隙間から葬儀の様子を覗き込んでいる山崎さんがいた。

「あ、また生きて会えましたね。退院おめでとうございます」
「ありがとうございます。先生、なんで隊に連絡入れてないんですか。おかげで俺の葬式が営まれてるんですけど」
「あれ、松平公の犬の葬式でしょ」
「俺の葬式って言ってもらえません!?」
「何言ってるんですか。幕府の犬と呼ばれる我々真選組は、半ば松平公の犬でしょ。わんわん」
「だからって本物の犬より下はないだろ!?つーか取って付けたような犬の真似やめろムカつく!」
「センター長が連絡やってくれてるって思ってたんです。ごめんなさい」
「いや、俺も言い過ぎました。すみません」

謝ったら不思議な空気になった。山崎さんは視線を彷徨わせている。もしかして、気まずいのかこれ。とりあえず適当に話題変えるか。

「それはさておき、葬儀中に携帯、ジャンプ、雑談、居眠り。規律ユルユルですよねアレ。局中法度に反してます。士道不覚悟で切腹ですよ、切腹」
「そうですよ。副長まだ戻らないのか……」

あげた観光ガイド本を元に、土方さんはあっちこっちで妖刀を引っ剥がそうと頑張っているはずだ。だが、結果はどうあれ、そろそろ戻ってきてもおかしくない。もしかしたら土壇場で血迷ってこのまま出奔するかもしれないけど。いや、彼に限っては万に一つもありえないか。

例の妖刀が装備から外れるにせよ外れないにせよ、彼は真選組副長だ。あたしは隊士達と一緒に、彼の帰りを待とう。それまでの間、この状態の隊士達の相手をしなくてはならないのはちょっと困るけれど。

うーん。このへんでそろそろお灸をすえてもよいのではなかろうか。副長不在で糸の切れた凧みたくなっている連中には丁度いいだろう。

「それよか、あのダルンダルンの連中に鉄槌を下さないんですか?」

山崎さんはハッとしたように駆け出した。忍び足で走るのだからすごいものだ。さすが監察。

しばらくして、息せき切って戻ってきた山崎さんはなかなか素敵な幽霊の仮装をしていた。血塗れの顔に白装束。そして頭に幽霊がよくつけてる三角のアレ。手にはなぜかラケットを持っているけれど、山崎さんらしさの演出だろう。

「中では宴会の真っ最中です。松平公お得意の腹踊りですよ。ぶち壊すなら今です」
「よぉーし」

山崎選手、ラケットを構え、宴もたけなわの広間にとつげ――。

ざり、と砂利を踏む足音。そして鋭い殺気。とっさに縁側を転がって逃げる。直後、凄まじい爆風が、障子ごと山崎さんをふきとばした。ぼろぼろになった山崎さんが広間に乗り込んだ事によって、隊士達から悲鳴が上がっている。彼らを黙らせるように、局中法度が諳んじられた。

その人は土足のままで黒く煤けた縁側に上がり、畳を踏みつけ、がなる。

「てめーら全員、士道不覚悟で切腹だァァァァァァァァ!!」

しん、と広間が静まり返る。障子の影からそっと覗き込むと、目をうるませる大勢の隊士がいた。その一人が、震える声で「副長」とつぶやく。誰かの感極まった声で、その場のほぼ全員の感情の堰が切れたらしい。隊士達は、声に喜色を隠しもせずに、土方さんに群がった。

「何言ってんだ、てめーら!切腹だって言っ……」
「ああ、しますとも!!何度でもかっさばきますとも!」

土方さんはとある隊士のその言葉が気に食わなかったのか、それとも鬱陶しくなったのか、はたまた照れ隠しなのか、周囲の隊士を小突いていく。いや、彼らの倒れ方を見るに小突くなんて可愛いもんじゃないな。どつくって言った方が正確かも。それでも周囲の隊士達の笑顔は絶えない。

みんな、なんのかんので、近藤さんだけじゃなくて土方さんも慕っているんだ。

「あ、ふくちょーう」
「なんだ、すみれ。お前も士道不覚悟だからな」
「何のことです?」
「山崎そそのかしてバカみたいな格好させたのは誰だ?」
「アハハ」
「誤魔化すな!」

ごすっといい音を立てて、あたしの頭にげんこつが落ちた。結構痛いのに、なぜか自分は笑っていた。隊士達の気持ちが理解できた気がする。私達の副長が、日常が、戻ってきたのだ。やっぱり真選組にはこの人が居ないと。

「何がおかしい!」
「いえ、ずいぶん遠くまで行かれたみたいなので、お土産まだかなぁって」
「今のてめーにはぜってーやらねー!!」

広間に笑い声がこだました。

*

土方さんに貰ったお土産をお茶請けに、医務室でコーヒーをすする。土方さんにはお茶がいいかなとお茶を入れようとしたら、渋い顔をしてコーヒーでいいと言われてしまった。彼がそれでいいなら、いいんだけど。

そうして体勢を整えると、ポツポツと土産話が始まった。

あちこちの寺社仏閣で念仏まじないを唱えてもらったものの、妖刀は頑として離れなかったらしい。あとは道中で宿泊客相手の窃盗犯を捕縛して、街の人や観光客にたいそう感謝されたとか。

前半の妖刀については、松平公の犬の葬式の時に着メロで分かったからそこまで落胆はなかった。妖刀がへばりついていても、土方さんが手綱を握っている内は、今回のような事態にはならないだろう。

「……それでは、結局、妖刀は引き剥がせなかったんですね」
「ああ、どうやら、俺の体の奥深くまで食い込んでるらしい」
「あら、そうだったんですか……」
「悪ィな」

声のトーンはいつも通り。性格も、今のところは土方さんの平常運転。嗜好は、トレードマークの煙草とマヨネーズは健在だが、携帯の着メロと待ち受けには変化がない。

なら、剣技はどうだろう。

こういうのは思い立ったが吉日だ。腰にさしたままの刀に手を伸ばし、真横に一閃。

しかし、土方さんの首を狙った一撃は彼の妖刀に食い止められていた。刀身の半分ほどの長さが、鞘から顔を出している。驚いた様子ではあったものの、難なく食い止められてしまった。その腰の刀は飾りではなかったらしい。

「テメッ、いきなりなにしやがんだ!」
「うん、まだ妖刀の影響は残っているようですが、いつもの土方さんですね」
「どんな診断方法?」
「でも、私達はこれが一番手っ取り早いでしょう?」

土方さんは小さく笑った。

「ウチの流儀を分かってんじゃねーか」
「見習い期間も含めたら何年いると思ってるんですか。もう3年ですよ、3年」
「俺からしてみりゃあっという間だったな。お前にとっちゃどうだったんだ」
「あっという間でした。でもこれからは3年分の恩を返していくので期待していてくださいね」
「もう十分だ。前も言ったろ」
「そうもいかないんです。土方さんにとってはただの気まぐれで、とるに足らないことだったかもしれません。でも、あたしにとっては一生ものの出来事なんです。貴方がいなければあたしはここにいなかった」
「いちいち大げさだなお前は」

そうか。この人は知らないから。土方さんがいなかった世界で、あたしがどうなっていたかなんて。……むしろ自分が覚えているのが一番おかしいのだけど。

「いいえ。本当に、土方さんのおかげで、今あたしはこうしていられるのです。本当に、ありがとうございます。なのに、今回はあまりお役に立てなくてごめんなさい」
「十分立ったさ。特に、あの頭突きはきいたぜ」
「……あー、その節は生意気な事してすみませんでした。えっと。因果応報というか、目には目をと申しますか」
「ああ」
「仕返し、してもいいですよ」

頭を差し出すと、土方さんはちょっと馬鹿にするような顔で笑った。そして「バーカ」との一言と一緒にデコピンを食らわせてきた。そして、急に神妙な面持ちになったかと思うと、少し身を乗り出した。煙草の苦い匂いが鼻をくすぐる。距離が近い。さり気なく体を離そうとすれば、がっしりとした両手が、あたしの肩を掴んで妨害してくる。

「俺は、なんだ、お前に言いたい事がある。お前が、あー、なんだ」
「私がなんです?」
「……いや、やっぱいいわ」
「ちょっと、教えて下さいよ!気になるじゃないですか」
「教えねえ」

突き放すように肩を押されても、ぴしゃりと言われても、気になる。ここは医者らしく質問していこうか。

「なんで教えてくれないんですか?」
「教えたくないから」
「なんで教えたくないんですか?」
「なんでって……そりゃあ、俺だけってのは嫌だろ」
「何が土方さんだけなんでしょうか」
「……だァー!質問攻めやめろ!」
「だって意味深な事言われたら気になるじゃないですか」
「知らねえ!俺ァ仕事に戻る!サボるなよ!」
「沖田さんじゃないんだから、そんな」

土方さんは肩を怒らせて足音荒く立ち去ろうとしている。よく分からないけれど、元気そうでよかった。安心して彼の背中を見ていると、不意に振り返った。

「そうだ。お前、無免許運転の反省文書けよ」
「え」
「お前、自分が牽引免許も大型免許も持ってない事忘れたか」
「調べたんですけど、一応法的には問題ないですよね」
「伝習隊から借り受けたもんだぞ。伝習隊のルールに則って運用すべきだろ。あっちは牽引と大型が必須だ」

なるほど。反論できない。

「ったく、よく事故らなかったもんだ。……じゃあ今日中にな。もちろん読める字で書いてこいよ」
「う、毛筆ですか」
「ったりめーだろうが。むしろ切腹じゃないだけマシだと思え」

確かに。ため息をついて、引き出しから硯箱を取り出した。水で墨を溶いてという過程にはいつも慣れない。ボールペンって画期的だなホント。

「そうだ。これやるから読め」
「『砲兵教範』……これ、伝習隊の教範じゃないですか」
「ああ。隊士から、お前の砲撃がノーコンだって苦情が上がったからな」
「つまり、勉強しろと」
「お前が砲撃する状況なんざ末期的だと思うが、頭に入れておいて損はあるめェ。今度の演習で撃たせるから覚えろよ」
「分かりました。今日中に目を通しますね」
「あとそもそも迫撃砲は移動標的を撃つためのもんじゃねェ。面制圧のためのもんだ」
「伝習隊に公試の報告書送ったら微妙な顔されたのはそういう……」
「発注の段階で失敗していたな。まあ、お前一人で扱える地上火力支援なんざないに等しかったのも確かだが」
「う……勉強します」

始末書に勉強。今日も意外と暇がないぞ。こうなってくると時間が惜しい。一刻も早く取り掛からねば。

「ありがとな」
「へ?」
「なんでもねェ。じゃあな」
「ちょっともう一回言ってくださいよ!」
「断る!お前はさっさとその書類やっつけろ!」

土方さんは「遅れたら切腹だぞ!」と捨てぜりふを残し、丸椅子を倒すような勢いで立ち上がった。悔しいので、医務室の扉に手をかけている彼の背中に、言いそびれた事を投げつける。

「副長!」
「あ?」
「おかえりなさい、土方さん」
「――ああ、ただいま」

今度こそ、土方さんは出ていった。足音が遠ざかっていく。

あまりの出来事に筆が動かない。発言はさておいて、顔だ顔。ただいまって言う時、ちょっと柔く笑ってた。あたしの気のせいじゃなかったら。

「あんな顔、反則だと思う」

これじゃ自分だけ好きみたいで恥ずかしいし、ちょっと悔しい。筆を置いて、椅子の上で膝を抱えた。
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