夢か現か幻か | ナノ
Sunny day
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お妙さんが新八くん達の前から姿を消してから数日経ったある雨の日。元気のない人が多い屯所の縁側を歩く。自分が入院している間に先生が勝手に植えていた朝顔らしき植物は元気につるを伸ばしているというのに、それにひきかえここの人達は。原因は分かりきっている。天気のせいだけじゃない。局長達の元気がないからだ。上層部の士気が下に伝染しているのだ。

多分、あの人もどうすべきかは分かっているはずだ。あとはケツを蹴っ飛ばすだけ。土方さんによくされた事だ。

屯所の縁側に、目当ての人物、近藤さんが腰掛けていた。止まない雨を嘆くような視線に、釣られて空を見上げる。嫌な天気だ。血のように赤い夕焼けも嫌いだけど、ぐずつくような空模様も嫌いだ。

「新八くんに聞きました。お妙さん、柳生邸で花嫁修業をしているみたいですよ」

応えはない。無理もないか。お妙さんにはフラれまくりボコられまくりで、そのお妙さんには幼馴染の許嫁がいて、しかも自分は人間よりのゴリラと結婚させられそう。これで元気でいろっていうのが無理だ。

「あの時、お妙さん泣いていたんですよね。いつも笑顔を絶やさないあの人が」

自分が知る彼女は、強い人だった。ストーカーをお仕置きする時以外は基本的に泰然としていて、自分の方が年下なのではないかと思う事も多々あった。その彼女が泣いていたというからには、きっと重大ななにかがあるのだ。自分の推測が正しいのなら、柳生九兵衛、彼いや多分彼女は――。

「きっと、あのままじゃ、『彼女』は幸せにはなれない。そう感じるのです」

そりゃ、望んで結婚して笑っていても思わぬ形で終わりを迎えてしまう……なんてしょっちゅうだ。警察に身をおいていればそんなの何度も見るし、自分の家がそうだった。だけど、あんな状態で一緒になったって、きっと『彼女』は笑えない。辛いばっかりだ。それが家庭ではないハズ。幸せな家庭にいたのはごく短い期間だった自分にだって、そのくらい分かる。

「あの人と添い遂げる事を『彼女』自身が望んだのに笑わない、幸せになれない。そんなおかしな話がありますか」
「先生は、どうしろと」
「『じゃあ略奪でもしちゃえばいいんじゃないですか』」

いつぞやはただただ悪手にしかならなかったあのメールも、今だけは有効な手立てだろう。泣いている人を見送るのなんて誰だって嫌に決まっている。あたしだって嫌だ。

「略奪は少しやばいかもしれませんけど、せめて、彼女に会って、真意を聞き出すべきなのでは?」
「お妙さんが望んでいなくても、か」
「そんなの、ストーキングしている段階で今更でしょう」

雨雲さえ吹き飛ぶような豪快な笑い声が上がった。お妙さんが柳生家に行ってしまってから久しく聞いてなかった声だ。空元気じゃない、本来の笑い声。薄暗い空から光が射しているようにさえ思えてくるのだからすごい。

「全くだな、先生」

よっこいせ、と近藤さんは立ち上がった。決然とした顔で、空を見上げている。

「新八くんのところに行ってくるよ。きっと新八くんだって同じ気持ちのはずだ。なにせ俺の義弟だからな」
「義弟じゃないと思いますよ」
「先生は留守番していてくれ。先生に万が一の事があったらトシに怒られちまう」

あたしの声も聞かずに、近藤さんは立ち去ってしまった。あの分だと心配しなくてもいいだろう。問題は、そうだな。柳生家は剣の時代が過去のものになった世の中にあって、未だに隆盛を誇っている。頭数は多いだろう。新八くんも近藤さんも強いけれど、数で押されると辛いかもしれない。

雨のカーテンを眺めながら縁側を歩く。目的地はTVが置いてある会議室。普段の沖田さんのサボり場だ。予想通り、沖田さんを発見した。ついでに土方さんも。説得ロールが1回で済むのは楽な話だ。

「近藤さんは柳生家に押し入るっぽいですよ」
「お前がけしかけたんだろうが」
「あんな状況なら略奪勧めるしかないでしょ」
「流石はすみれさん、自分の恋愛どころか他人の恋路まで積極的にぶち壊しにかかるたァ、恋愛敗北者ラブバスターの称号は伊達じゃねーや。馬に蹴られないようにせいぜい気をつけな」
「アドバイスありがとう。で、どうするんですか二人とも」

土方さんの煙草の先が上下する。思案中ってところか。……いや、最初っからこの人達の腹は決まっている。大将が行くなら、自分も行く。この人達はそういう人だ。

「お前、何が狙いだ?」
「望まない縁談をこっちがぶち壊すので、その対価にこっちの縁談を潰してもらおうかなって」
「結局自分のためじゃねーか」
「まあ賭けに近いですが。あの時に山崎さんの言った通り、彼女、義に通ずる方ですから。賭け金をベットする価値はあるかと」

こういう場面で他人のためって公言する人間なんて信用ならないと思う。それにそんなクサい事言うのはなんか照れくさいしね。

「すみれさん、志村の姐さんの縁談ぶっ壊せば、こっちの縁談もぶっ壊してもらえるんですか」
「保証はできませんが。もし当てが外れて二人が好き合っていたら、私は馬に蹴られる事になります」
「……このまま待ってても、ゴリラが俺らの姐さんになるだけだ。なら、賭けてみる価値はあらァ」

たった今決めましたみたいな口ぶりだけど、実際は自分がここに来るずっと前からそうするつもりだったに違いない。身内が負けて黙っていられるほどこの人達は枯れていないのだから。

「すみれさんは行かないんですか」
「近藤さんに止められました。危ないって」
「妥当だな。相手は柳生だ。お前じゃ足手まといにしかならん」

否定できないのが悲しい。あの人に斬りかかったのを止められたのだって、あたしが返り討ちに遭う未来が彼には見えたからだろう。あの時は本気で斬るつもりだったから、殺されていても文句が言えない状況だった。思い出すと冷や汗が出るな。

「で、土方さんはどうするんですか」
「俺も柳生には借りがある。借りっぱなしは性に合わねェから、連中のところまで返しに行くさ」
「ですよね。そうだと思ってました」

一敗を喫した万事屋の旦那に対抗心むき出しなあたり、相当の負けず嫌いだ。その彼が、あんな事されて、大人しくしているはずがなかった。

「日付は、多分聞いても教えてもらえなさそうなので、その辺は各自でお願いしますね」
「同じ屯所にいるんだ。その気配くらいは分かる。そこまでお膳たてして貰う必要はねェよ。第一、近藤さんなんかのためじゃねェ。俺達はてめえの意思で勝手に行くんだからな」
「土方さん、今どきツンデレなんて流行りませんぜ」

またいつもの応酬が始まる。ここ数日は控え目だったそれに力が戻ってきた。それだけなのに、嬉しくって仕方がない。二人を尻目に医務室へと足を向けた。

上が元気になったのなら、きっと真選組全体も明るくなるだろう。よしよし。隊士の精神状態を向上させるのも、衛生隊長の重要な任務だ。まあ、後が怖いけれど。将軍家の指南さえやっていた家に突っ込んでいったら何が起こるか。

権力は失っているし、流石に切腹はない、よね。

「やば、怖くなってきた」

しかし、賽は投げられた。もうルビコン川を渡ってしまった以上、事の成り行きを見守る事しかできないだろう。

「なるようにしかならないか」

つぶやきは雨に溶けた。

*

空を見上げる。いつの間にか、降り続いていた雨が止んでいる。それまで椅子代わりにしていた門番から腰を上げた。門の向こう側がにわかに騒がしくなり、そして一瞬、静まり返った。今度上がった声は喜色に溢れているように感じられる。推測しかできないけれど、多分決着がついたのだ。

数時間ほど前、雨が降りしきるなか、有給をとった近藤さんは笠を目深に被って屯所を出た。沖田さんも土方さんも近藤さんの意図は読めているのか、しばらく後で出ていった。行き先なんて言わずもがなだ。

彼をけしかけておいて、自分は何もしないでは人間としてマズい。予約していたレンタカーを取りに向かう事にした。

そして、階段の下に路駐にならないよう定期的に動かしながら待つ事それなりの時間、ようやっと土方さん達が出てきた。万事屋御一行様も一緒だ。もちろん、お妙さんも。彼女がいるのだから結果は明白なんだけど、それにしても勝ったのか負けたのかわからない状態だ。

「皆さん見事にボロボロですね。負けたんですか」
「馬鹿言え。勝ったに決まってんだろ」
「いや、その流血はどう見ても負けたでしょ」
「そこの女が見えねェか。全体としちゃ勝ったんだよ」

なるほど。彼個人は負けたのかもしれない。土方さんの怪我は頭部以外は縫うほどでもなさそうだ。頭はステープラーいるかな。

沖田さんと神楽ちゃんは結構重傷だ。どっちも骨が折れてる。出来る事は副木をして固定だけだ。形成外科に行ってもらわないとな。

「それにしても、柳生のお嬢さんには加減して、あたしには加減しないってどういう事ですか」
「……!!お前、気づいていたのか」
「曲がりなりにも医者ですよ。男女の骨格の違いくらい分からなくてどうしますか」
「だからお前、」
「別に、真選組を潰さず縁談だけ潰す方法が他に思いつかなかっただけです」

他の面子は割と大丈夫そうだ。内臓も多分問題ないだろう。念の為に病院に叩き込んでおこう。

「先生、俺の肛門見てもらえる……?」
「肛門科は専門外なので、病院紹介しますね」
「ハイ……」

一体何をしたのか、あまり詳細を聞きたくない。女性のアレの日を連想する赤が袴のお尻についている事も触れない方が良さそうだ。

「あの、私」
「今はとりあえず、病院に急ぎましょう」

沖田さんと神楽ちゃんが心配だ。骨折するほどの打撲なら、打撲の腫れによって筋膜内部の圧力が上昇し血行や神経を圧迫するコンパートメント症候群を考えなければならないかもしれない。あわや切断かまでいった人間だからあの恐怖が分かる。早い処置が必要かもしれない。

「お、レンタカー用意してたの。準備がいいねェ」
「でっかい車アルな」
「こんな事もあろうかと思って」
「駐禁取られなかっただろうな」
「そんなヘマするとお思いですか。30分おきに動かしてましたよ」
「悪知恵つけやがって」

患者を座席に押し込んで、ごくごく自然に運転席に座り、エンジンキーをひねる。

「あれ、お前が運転、」
「せんせい、ちょっ、まっ」

後部座席にて顔面蒼白になる三人を無視して、アクセルを踏み込んだ。

悲鳴が絶えないドライブになったのはいつもの事だ。病院の駐車場にたどり着いて、みんな逃げるように車を降りていく。「二度とコイツが運転する車には乗らねェ」と、坂田さんは嘔吐する年少二人の背中を擦りながらそう言い捨てた。解せぬ。

「お前なあ、公道はサーキットじゃねェって何度言ったら」
「この人の運転技能は修正不可能ですぜ。諦めてくだせェ」
「普通に運転してるだけなのに」
「だから、それが怖いんだろうが!!峠攻めるみたいな運転しやがって!あれでいっこも道交法違反してねェのが恐ろしいわ!」

怒られているけれど、本当になんで怒られているのかさっぱりわからない。

「帰りは俺が運転する。どこも折れてないしいいだろ」
「事故ったら土方さんの賠償責任ですがいいんですか」
「お前の運転よりはマトモな自信がある」
「今回は土方さんに同感でさァ」

そりゃ実際には戦ってないけどさ、それなりに奔走したのに、なんでこんなに貶されるんだろう。ちょっと悲しくなってしまった。

*

きらびやかな飾り。きれいな衣装を着た花嫁。出席者の半分がゴリラで、出てくるごちそうが軒並みバナナでさえなければ、女性が一度は夢見るかもしれない。同じテーブルに座った沖田さんが恨めしそうな目でこちらを見た。

「すみれさん、話が違うぜ」
「うん?」
「姐さんの縁談をぶっ潰したら、こっちの縁談もオシャカにしてもらえるかもって話だったろォ」
「賭けに近い、とも言ったはずですよ」
「ひでー人だ。これで権謀術数は苦手って公言するんだから信じらんねェ」
「だってジメジメしてるじゃないですか」

湿気は苦手だ。低すぎてもそりゃ体に良くないけれど、高すぎればカビるんるんになる。そういう空気はあまり好きじゃないんだ。

「ま、でも、来るんじゃないですか?」
「どうしてそう思う」
「土方さんが今説得に行ったみたいですよ」
「出来るのかねェ」
「説得材料は揃ってると思いますけど、どうなるかは」
「ゴリラの仲間入りなんてごめんだぜ」
「じゃあ暴れますか?」

松平公の方を気にしながら小声で言うと、同じようにそちらを見た沖田さんは渋い顔をした。

「とっつぁんに潰されちまう」
「でしょうね。後は野となれ山となれですよ。それにしてもこのバナナ美味しいですね」
「すみれさんは暢気で羨ましいや」

沖田さんがため息をついた。松葉杖をついて万事屋の旦那の方へ向かっていく。そして何かを話したかと思うと連れたってどこかへと立ち去った。おおかた連れションか。マナー違反だけどこんな結婚式だし、無理もない。

二人が席を立っている間に事態は悪化の一途を辿っていた。バナナ入刀と称した獣姦が行われようとしている。哀れ近藤さん。とうとう救世主は現れなかったか南無三。

目も当てられない惨劇を予想して目を閉じる。しかし、刃物が空を切る音と何かが壁に突き刺さる音がするだけで、誰も何も言わない。

おそるおそる目を開くと、飛んできた薙刀によって壁にはりつけられた近藤さん。彼の視線の先には、凛と立つお妙さんがいた。よっしゃ。これで諸手を挙げてあのゴリラを排除できる!結婚式を邪魔しに来るくらい愛があると松平公が誤認すればそれで勝ちだ!

いきり立つゴリラの1頭を殴り倒し、披露宴にあるまじきトンチキ騒ぎと化した会場を走る。

「ね!だから言ったでしょ!あの人は来るって」
「賭けに近い、とも言ったでしょ」
「そうでしたっけ」
「ったくすみれさんはこれだから。ほら気合い入れて走ってくれェ」
「ヤダ」

なんかの妖怪のように背中に負ぶさってきた沖田さんを振り落とす。沖田さんは器用に片脚で着地して、今度は旦那に負ぶさろうとしてあしらわれている。近くを走っている土方さんは気絶している近藤さんに肩を貸して走っていた。

「土方さん、お疲れさまです」
「お前もな。とっつぁんにあの女の事仄めかしたり色々やってたろ」
「あれ、気付かれてたんですか」
「お前のやる事なんざ想像がつく。これからお前にも政治任せようかな。伊東の野郎だけに任せたくねェ」
「勘弁してくださいよ。そういう陰険な雰囲気嫌いなんですから」
「よく言うぜ」

視線の先、自分の先を走る彼女の笑い声がキラキラしているように聞こえる。きっとお妙さんは、いつものあの笑顔で笑っているのだろう。

うん、これが見たくて苦手な権謀術数(と言うほど大層なものだとは思えないけれど)も頑張ったのかもしれない。日常の象徴。それが戻ってきた。何よりも嬉しい報酬だ。なんて。
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