夢か現か幻か | ナノ
Amaryllis
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突然だが、真選組は4交代制だ。日勤、夜勤、非番、週休をジルバのように延々と繰り返す勤務形態で、自分の原本がいた世界だと交番のおまわりさんがこんな感じで働いている。ここで気になるのが非番と週休の違いだけど、一番大きな違いは休みかそうじゃないか、だ。非番の日は必ずしも休みではなくて、残務処理に伴う残業とか事件発生とか、そうでなくても手が欲しい時は真っ先に駆り出されたりする。

まあ、土方さんとか近藤さん、そして隊長クラスになるとたとえ週休であっても容赦なく呼び出されるんだけども。一般隊士はともかく、上の方になれば週休≒非番だ。両者には天と地ほどの差があるのにね。

ちなみに沖田さんは、年がら年中サボりというシフトだ。正直沖田さんみたいに悠々自適できる人が羨ましい。出世すると責任が重くなるわ休みは消えるわ、そのくせ給料は大して上がらないわで、得をしていると思える事があまりない。唯一ありがたいと思うのは、お金を使う時間がごく限られているせいでお金が溜まりやすい、その一点だけだ。……ああ、真選組の一員になれたのは出世できたからなんだし、それもありがたい点かな。

おっと、話が逸れてしまった。怨恨がにじみ出るのはよろしくない。

さて、交代制と名前がついている通り、これは交代する人員がいるから成り立つ制度だ。例えば大抵斉藤隊長一人しかいない三番隊とか、自分のような衛生隊長しかいない火線救護要員にはこの勤務は無理だ。だが、事件がいつ起こるか誰にもわからない以上は、おいそれと休むわけにはいかない。しかし、いくら幕営ブラックきぎょ……失敬、公務員であっても、一応名目上だけでも労働基準法の週間の労働時間40時間を守らなければならない。

任務と法律。この板挟みにあって真選組が編み出した方法というのが、

「ほとんどお前の住処になっちまってるな、医務室」

そう。外回りの仕事の殆どを排除し、勤務時間だろうが非番だろうが週休だろうが、殆どの時間をこの医務室で過ごす事。外出する場合は常に所在を知らせる事。いざ出動命令が下った場合はすぐさま行動する事。それが真選組というかあたしが編み出した方法だった。討ち入り以外で丸一日屯所を出るのは基本的に非常勤の宿直業務の日だけ。

本来は非常勤も無くしたほうがいい。しかし右を見ても左を見ても健康体ばかりの真選組では症例が不足する。一応岩尾先生の後継を名乗っているからには、内科領域も勉強しなければならない。だから、焼け石に水に近いけれど救急科で勉強している。それに座学や火線救護だけではどうしても手技が培われない。いざというときのための手技を磨くためにも、非常勤での勤務は必要な事だった。

屯所での話に戻そう。寝床は医務室のベッドがある。風呂もトイレも食事も屯所内で完結している。昼間は鍵を閉めないけれど、入り口の引き戸のうるささのおかげで時間外就寝居  眠  りしてても目が覚める。あまり困った事はなかった。

これといって問題はない。土方さんはここで寝泊まりするのにはいい顔をしないけれど。なんでも若い娘がこんな所で一日を過ごすのは、女として何かが間違っているんだとか。余計なお世話である。気晴らしが必要だと感じれば、仕事中なら警邏に出たり、休みならゲーセンに出没したりはしている。

「あんまり長く開けて、前みたいに『医無室』なんて呼ばせるわけにもいきませんからね」
「意気込みは結構だが、たまには岩尾のジーさんとこに顔出してやれよ。心配してたぞ」
「分かりました。今度の週休に先生のところに戻ろうと思います。ところで、本日はいかがなさいました?」
「ああ、せっかくの非番に悪いが少し付き合ってくれ。奢るから」
「それは構いませんが……」

一体どこに連れて行こうと言うのだろう。内心で首を傾げた。

*

たまには外出したいだろ。そう言われて引っ張り出された場所は、スナックすまいるだった。近藤さんがいつもストーキングしているお妙さんが勤務しているキャバクラだ。一応屋号はスナックだけど実際のシステムはキャバクラなので、あたしはキャバクラと呼んでいる。

土方さんは自発的にここに来た割に、気がすすまないような態度だ。さて、なんでだろう。……あ、近藤さんの縁談か。土方さんが他人の色恋沙汰に首突っ込むタチ、な訳ないから、さては近藤さんに頼まれたな。それで、あたしは同性の説得要員と。しかし、相手は彼女だ。自分が役目を全うできるとは思えない。

土方さんが入店するなり、女性店員達は色めき立った。気落ちする自分とは正反対だ。すごいな。なんでこんな元気なんだろう。土方さんは黙っていれば男前だもんな。そりゃ元気にもなるか。

前なんか某専売公社がわざわざ真選組を訪ねてきたかと思えば、要件は土方さんに広告塔になってほしいというものだった、なんて事があったくらいだ。確かに、ビルの屋上にあるでっかい看板に咥え煙草のこの人がペイントされた日には、煙草の害が喧伝されて久しい近年下降線を描き続けている煙草の販売数も急上昇しようというものだ。けど、公社の彼は真選組をモデル事務所と勘違いしていないだろうか。真選組第一の土方さんがそんな話を受けるはずがなく、用件を聞くなりすぐさまお帰り願ったのは言うまでもない。

また話が逸れた。何度でも繰り返すが、土方さんはマヨネーズさえ持ち出さなければ、そして自分の味覚のイレギュラーさをほとんど自覚していない点さえ除けば、並の俳優なんて目じゃないレベルの色男だ。だから、こうして川に入ったヌーに襲いかかるピラニアのように、彼に女性が群がるのはとてもよく理解できる。

にしても、面倒な事になったな。同性ったって、あの人とはたまに外で買い物するけれど、めっちゃ仲がいいわけじゃないし、近藤さんの事は半ばタブー的な扱いだしで、説得なんて出来るとは思えないんですが。説得にマイナス補正バリバリだろこんなの。

「土方さん、御指名は?」

黒服の問いかけに、土方さんは一人の女性を指名した。

席に通されて、注文をすると二人分の酒が用意された。一応スナックを名乗るだけあって、酒の種類は豊富みたいだ。むしり取る用のドンペリづくしのメニューもあると聞くけれど。ワインはそんなに好きじゃないんだよなあ。やっぱり酒は麦か米、もしくはサトウキビでしょう。せめてもう少し熟成して蒸留されてから出直してくるんだ。

「どーいう風の吹き回しですか?」

ちびりちびりと頼んだお酒を飲みながら、土方さんと指名された女性店員お妙さんの会話を聞く。この御方にかかると真選組随一の色男土方さんもイロモン系に入ってしまうらしい。二枚目を二枚目半に昇華させるマヨネーズ恐るべし。

「お妙さァァァん!!どうか局長の女房に、俺達の姐さんになってくだせェェェ!」

みんな近藤さん想いだなあ。いや、どっちかって言うと、あの人間よりのゴリラを姐さんって呼びたくないだけかもしれない。それにしたって、手すきの隊士をかき集めて集団で土下座はなんかやばい絵面にしか見えないけれども。具体的にはお妙さんの言う「腰の低い恫喝」、もしくは組長の奥方に頭の上がらない舎弟。どっちにせよ、あまり世間体のいいものじゃない。

いつぞやの偽結婚式で見たゴリラのお見合い写真を見てため息が漏れる。必死で恐喝まがいの懇願を繰り返す隊士の一方で、笑顔で全てを流そうとしているお妙さん。この様子だと無理そうだな。

「副長、戦況はどうですかね?」
「お前もノルマくらい果たせよ」
「はいはい。……お妙さん、フリでも駄目ですか」
「そうっすよ!フリだけでもいいんで!この通りだ姐さん。結婚までとはいわない!フリだけで、止めてくれるだけでいい!男がこれだけ頭下げてんだ。その重み!義に通ずる姐さんなら、わかってく……」

お妙さんは土下座する山崎さんの頭を鷲掴みにして近くのテーブルに放り投げた。気分良く踊っていた男性客らに向かってぶっ飛ばされる山崎さん。黒服と隊士と男性客の悲鳴、お妙さんの怒号、複数の男性が殴打される音。一瞬にして修羅場と化す店内。こうも賑やかだとゆっくり飲んでもいられない。高いお酒頼まなくてよかった。

「やるべき事はやりましたからね」
「ああ。お前はよくやった」

土方さんもげっそりと疲れたようにため息をついて、携帯を取り出して近藤さんに繋いでいる。内容を軽く要約すると、やるだけやったけど無理だったので腹括れ、だ。嫌よ嫌よも好きのうちには到底見えないな、この嫌がり方は。

伝票にはボトル一本とあるからおかわり作るか。グラスにウィスキーを注いで炭酸水を加えて軽く混ぜてレモン汁を入れて適当にハイボールを作る。まあまあ美味しい。周りがあまりにもうるさいっていう欠点さえ除けば。でもこの店ではこのくらい日常茶飯事だ。

普段より数倍派手な音を立てて、隊士の一人があたし達がいるテーブルに硬着陸した。衝撃でテーブルが真っ二つに割れている。とっさに隊士の状態を確認したが、ただ気絶しているだけのようだ。お妙さんの攻撃は甘んじて受けていたようだけど、第三者の攻撃を受ける道理はない。隊士達が闖入者にいきり立つ。

「この女に手ェ出してもらっちゃ困る。僕の大事な人だ」

笠をかぶっているから人相はわからないが、声は少年のようにも聞こえる。一人称及び恋愛対象から察するに男性、だと思う。帯刀しているし。けれど、違和感がある。背が低いし、線も細い。露出の少ない服装だからわかりにくいけれど、服の袖からわずかに覗く手首が男性のそれとは違うように見受けられる。どっちかというと、自分の手首と近いものを感じる。……この人、もしかして。

グラス片手に考え込む自分とは真反対に更にヒートアップしていく隊士達。マズい状況だな、と思うよりも早く土方さんが引きあげを命じた。これ以上は居心地が悪くなる一方で少し困っていたところだった。

「それから、ガキんちょ。お前も来い。お前、未成年だろ。こんな店に来ていいと思ってんのか」

土方さんの一応警官としての職務に根ざしての言葉が引き金になった。謎の人物の笠が飛んで殺気を感じ、グラスを放り投げて床を蹴った時には全てが決していた。十人いた隊士達が残らず床に倒れ、間一髪少年の刃を受け止めた土方さんも苦しげな空気を発している。子供ではないと否定しつつ、涼しい顔で少年は名乗りを上げる。

「柳生九兵衛だ」

倒れた隊士。折れかけた土方さんの刀。対して鉄面皮を崩していないこの少年。なぜだか頭に血が上る。視界が赤い。男だか女だか、どうでもいい。こいつは。

彼の事をあだ名で呼ぶお妙さんの声が、ひどく驚いている。遠近感の狂った耳でその声を聞きながら、自分は柄に手をかけて、踏み出した勢いをそのままに少年に向かって突進した。

「やめろ」

土方さんは振り返りもせずに、鞘を捨てた手で、あたしを押し留めた。逆らって前に進もうとすれば、ぐっと力がこもる。

「やめろ、すみれ。……引きあげるぞ」

その言葉に歯を食いしばった。

*

少年はお妙さんとともに去り、後に残された自分達は敗戦処理に取り掛かっていた。隊士を動員して、昏倒した隊士らの回収にあたる。幸い峰打ちだったようで、気絶しているだけだったからよかったものの、自分の職務も忘れて吶喊しようとしたのは良くなかった。ああいうときこそ冷静でいなくては。土方さんがいなければどうなっていたか。

「ちったあ頭が冷えて、ねェな」
「そりゃあ冷静でいられるわけもないでしょう。隊士が昏倒してアンタが刀折られかけてるって時に」
「……」
「あれ、あっちの胸先三寸でこっちの命が無くなってたんですよ。生きていたのは彼に情けをかけられたからに過ぎない。悔しくないんですか」
「酔っ払いが加勢してどうなるってんだ。素面のお前でも多分勝てねェぞ。前も言ったがな、お前は」
「別に自分の事はどうだっていいんです。アンタが悔しくないのかって話ですよ」
「俺の私情はどうだって、よくはねェが、お前に怪我される方が問題なんだよ」

頭が冷えた。それは私情はどうでも良くはないという言葉が紛れもない本心から出てきた言葉だったからかもしれない。でも冷えてきたらそれはそれでなんか鼻の奥がツンとするし、目頭が熱い。うるむ視界が鬱陶しい。

「怪我はないな」
「私は、どこも怪我してません。でも、痛くて仕方がないんです。悔しくて、仕方がないんです」
「お前ガキかよ……」
「だって、あんなのに、あんなちんちくりんに土方さんがぁ、ま、ま――」
「負けてねェ!つーかお前の方がちんちくりんだろ!」

一理あると唸ってしまう。彼は低く見積もっても155センチメートルはあるのに対し、自分と土方さんは下手すると30センチメートル近く身長差がある。客観的に見れば自分のほうがちんちくりんだ。

「公衆の面前だぞ泣くな」

ハンカチを手渡されて、ありがたくそれで鼻をかむ。げんなりした顔つきになったのは雰囲気でわかった。

「近藤さんの時は生きてりゃそれでいいとか言ったくせに、なんで俺のときだけぴーぴー泣いてんだよ」
「だって、近藤さんは本当に生きていてくれれば隊士の灯火になります。けれど、あんなちんちくりんに土方さんがやられるだなんて納得できません」
「前半はともかく、後半おかしいだろ。なんでお前が納得するしないの話になってんだ。いや俺も納得してないけど。おニュー駄目にされたし」

自分でも不条理だとは思っている。けれど、なかなか涙は止まってくれなかった。

*

「憧れるぜィその図太さ」
「どうせこれ、もう使い物にならんし、折っちまうかな。お前の首をおとして」

スナックでのいざこざから数日が経った昼過ぎ。屯所の縁側を歩いていると、土方さんと沖田さんの声がした。土方さんが負けた負けてないの話をすると面倒くさいから足を止めて、静かに柱の陰に身を潜める。

「事実じゃないですか。土方さんはすみれ先生泣かしても平然としてるんですから」
「俺が泣かしたんじゃねェ。アイツが勝手に泣いたんだ。マジで訳わかんねェ」
「土方さんのせいみたいなもんでしょ。土方さんが負けたのが悔しくてガキみたいに泣いてたんだから」
「だから負けてねェっての」

あそこまでやられておいて負けを認めないのは本当にすごい。あたしが泣くから意地でも認め……違うな、それは思い上がりもいいところだ。この人が頑なに負けたと認めようとしないのは、きっと生来の気質だ。剣に誇りを持っているから、負けたとは口が裂けても言わない。

なんで自分が泣いていたのか、少し分かった。この人の意地が、何も知らない人に傷つけられたのが悔しくてならなかったんだ。

自分の心情が分かったところで、状況はどうにもならない。真選組はあの人間似のゴリラを姐さんと呼ばなければならない危機にある事は変わらないし、お妙さんが涙ながらに別れを告げた事実も変わらない。

自分はどうするべきなんだろうか。

空を見上げても答えは見当たらない。
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