夢か現か幻か | ナノ
Assault
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手術は無事終わった。センター長は相変わらずの驚異的な集中力と、膜一枚を分ける素晴らしいメッツェンバウム捌き、そして的確な止血だった。上から見ているだけでもかなり勉強になる。

簡易的な血液検査の結果、毒物が検出された。やはり当初の見立て通り、神経毒だ。成分は既知のものだが、解毒剤はなし。今のところの治療は心臓や中枢神経系の麻痺を防ぐ対症療法だ。後は状態を観察しつつ、適切な薬剤を投入して回復を促すのみ。医者にできるのはお膳立てまで。最後は本人の生命力だ。だがまあ、何かしらやる事があるような素振りを見せる男だ。そうそう死にはしないだろう。

見廻組の衛生担当・桜井は血の気の引いた顔をガラスの向こう側に向けている。状況を考えれば無理もない。その時、ピッチが着信を告げる。出てみると、事務の方からで、どうも真選組からの外線らしい。こちらに転送してもらい、桜井の目を忍ぶようにコソコソと話す。

『すみれ、これから城内の警護だ』
「ああ、見廻組がやられちゃいましたからね」
『やはりそっちに行ってたか。佐々木の容態は?』
「まだまだ予断は許さない状況ですが、おそらく死なないかと」
『なぜ分かる?』
「ああいう目をする人間は早々死にませんよ」
『なるほどな。それより、手が空いたらこっちに来い』
「わかりました。……その、どうもこの件、血なまぐさいです」
『分かってる』
「お気をつけて」
『ああ』

土方さんのそっけない言葉で通話が終わった。それから小一時間ほど経って、佐々木が意識を取り戻したとの一報が入った。

「おや、真選組の衛生隊長殿ではありませんか。という事はここは大江戸病院の救命救急センターですか」
「いやはや、毒を仕込まれたのにも関わらずお早いお目覚めですね」
「エリートですので。……ところでそのエリートから悪ガキ警察の衛生隊長殿に一つお願いがあるのですが」
「内容によりますが、どうぞ」
「私の血液から血清を作っていただきたい」
「理由をお聞かせ願えますか」
「私を襲ったのは定々公お抱えの暗殺集団・天照院奈落です。彼らの中には、毒を用いる者もいます。エリートでなければ耐えられないところでした」
「つまり、連中と事を構えたいから対抗手段を寄越せと」
「野蛮人風に噛み砕いて言うとそうなりますね」

いちいち腹が立つ男だ。だが突っかかっても時間の無駄だ。

明朝に処刑予定の万事屋プラスアルファが絶体絶命のピンチから抜け出す方法はただ一つ。定々の首を獲って全てをひっくり返す事。それ以外に彼らの活路はない。しかし、天照院奈落が定々の直属ならば、奴の首を狙う以上必然的に奈落とぶつかる。奈落とぶつかるのならば、毒物が使われる可能性が高い。

佐々木の提案に乗るというのはどうにも癪に障るけれど、人間の命がかかっているのでメンツがどうとか言ってられない。

「わかりました。すぐに採血して血清の準備に取り掛かります」
「話が速くて助かります」
「人命がかかっていますから。それに」
「それに?」
「死んだ人間から借金の取り立てはできないでしょう?」

佐々木の返答を待たずにセンター長に血清の製造を打診し、センター長を通じて看護師さんが採血の準備を始めた。ついでに緊急事態が発生したので離脱するとセンター長に伝えると、彼の青筋混じりのゴーサインが出た。

「佐々木殿、一通り手配はしました。それでは私は一足先に江戸城に向かいます」
「ええ、スグに追いつくと思いますが、せいぜい古狸が作った奈落に突き落とされないように気をつけてくださいね。なにせ、薄暮時は見えにくいですから」

そんな言葉を背に受けてセンターから抜け出し、愛馬のSR400を走らせながら思う。佐々木は今が薄暮時だという。これからますます暗くなるのだと。暗がりの中で、あたしは大切な人を取りこぼさずにいられるだろうか。

……いや、どんな未来が待ち受けているとしても、あたしはあたしが尽くせる最善を尽くして、最良の未来を掴み取るのみだ。

屯所にバイクを置き、パトカーに乗り換えて城内に入り、土方さんに口頭で指定された場所に行くと、皆が揃っていた。

「局長!副長!」
「すみれ先生!お疲れさま!」
「悪いな。センター長機嫌悪かったろ」
「いえいえ。こっちが本業ですから」
「すみれさん、余ったんでこれどうぞ」
「あ、ドーナツだ。沖田さんありがとうございます」

ドーナツを貪りながら聞いた話によれば。将軍候補だった定々公の反対勢力の一掃のために使われていた鈴蘭。ここまでは自分が推測した通りだった。

しかし、ここからは自分の予想外だ。悲しむ彼女の涙を拭き、そして殺されようとしていた彼女を守るために出奔すべく契りを交わした幕臣がいた。そして、土方さん達の推測によれば、その幕臣は今も生きているらしい。隻腕の身体的特徴に一人心当たりがある。……彼か。

しかしこれですべてが繋がった。鈴蘭と約束をした幕臣を探して、吉原からのお客さんと旦那達はこの江戸城にやってきたのだ。

「……で、佐々木はどうだ?死んだか?」
「んなわけないでしょう。すぐに意識取り戻して流暢に喋ってましたよ。それで、『お早いお目覚めですね』って言ったらなんて返されたと思います?」
「『エリートですので』だろ?……つーか俺に奴の言動を当てさせるのヤメロ」

土方さんは妙に力の入った声真似を披露した。声はそこまで似てなかったけれど、佐々木の間延びした顔はちょっとだけ似てた。でも直後に見せた、ハズレマヨネーズに当たったときみたいな顔のほうが好き。……脱線した。

「ま、そんなこんなで佐々木殿は生きてますよ。それよか、万事屋の旦那達は生きてるんですか」
「今頃、御徒衆相手に派手にやってるだろうよ」

確かに、夜にも関わらず江戸城は賑やかだ。土方さんがすました顔で示した方向で、旦那達は戦っているのだろう。

「さて、御徒衆なんぞで彼らを止められると思います?」
「無理だな」
「無理でしょ」
「無理無理」
「ですよねー」
「だが、見廻組の副長殿が妙な事を言っていてな」
「『見廻組しろ真選組くろも忘れた方がいい』ってな」
「へえ、呉越同舟って訳ですか」

あたしが出した四字熟語にアレルギー反応を示したのは土方さんだ。佐々木のモノマネをした時以上に嫌そうな顔で彼はがなる。

「ふざけんな!誰があんなクズ共と共闘なんざするかァァ!!」
「トシが見てのとおりでな……」
「でも、旦那達を檻から出しちゃった以上、定々を仕留め損なえば責任を問われますよ」
「あのバカが簡単に死ぬかよ」
「だといいのですが」

遠くから、男たちの鬨の声が上がる。数は男達が圧倒的だ。しかし、旦那達は戦慣れしている猛者である。太平の世で腰の刀は飾りと成り果てた侍とはくぐり抜けてきた修羅場の数が違う。まあ、算盤勘定においては旦那より大分格上だろうけど。

戦力は十分なはずだけど、どうにも嫌な予感がする。佐々木から勝手に送りつけられていたメールを確認する。そこには割合真面目なトーンで天照院奈落について記述されていた。もしかしたら、我々と旦那達だけでは手に余るかもしれない。……こういう悪い予感というものはよく当たる。

しかし、土方さんも大多数の隊士も見廻組と手を組むのは嫌がるはずだ。適当にヨイショしても多分見廻組へのアレルギー反応のほうが勝るだろう。

いやはや、どうしたものか。

思案を巡らせた直後。ざり、と土の地面を踏みしめる音が聞こえた。振り返った先にいたのは……。

*

「準備はいいか」
「はい。装備も整えましたし、伝習隊にも連絡済みです」
「伝習隊の戦力は幕府陸軍全体の10分の1に過ぎないが、いないよりはマシだろう」
「あと、弾薬作ってるメーカーに圧力かけて、幕軍の連中が使う火器の弾薬だけ使用不能にしておきました。幕軍が囲みを突破するなら抜刀しかありません」
「よくやった山崎。これであのよく肥えた豚が何を言おうが幕軍の横槍は入らねェ」

土方さんの目論見通りになるとすれば、伝習隊が幕軍の最寄りの基地を包囲する事になりそうだ。数は少ないけれど、伝習隊は外国から最新の装備と訓練を与えられた精鋭だ。いくら数に秀でた幕軍でも、銃と刀では勝敗は歴然。あちらがよほどの大馬鹿でない限り包囲網の突破を試みたりはしないだろう。

「真選組、出動だ!」

近藤さんの声に合わせて掛け声を上げる。

城の中に戦力を手引し、必要な戦場に向かう。

殴られる御徒衆の悲鳴、遠くから響く銃声、そして沖田さんが放ったバズーカの砲声。あたしの力が必要な場所にはあっさりとたどり着けた。

「こんばんわ、お廻りさんです」

新八くんが神楽ちゃん共々御徒衆からかばうのは六転舞蔵。そう、彼こそが鈴蘭と約束を交わした幕臣だ。片方の腕はその時に落とされたのだ。そして今、彼の残った腕も、無惨に切り落とされていた。肩関節……いや、肩甲胸郭間切断か。止血が厄介だ。通常の止血帯は使用できないので、特別な止血帯か応急的に弾倉やなんやを沈子にして止血しないと。幸い止血帯の用意はしてあるのですが!

「腕は」
「すみません!回収できませんでした!」
「いえ、この状況です、仕方がありません。止血帯を使用します」

有無を言わさず止血を行う。足から輸液ルートを確保し手すきの人間に点滴バッグをもたせる。後は必要なら病院で切り詰めるくらいだ。

腕がないのは仕方がない。年齢が年齢だから、よしんば腕を持って帰ってきていたとしても、くっついた後のケアがかなり厄介なものになる可能性がある。角を矯めて牛を殺すは医療では避けたい結果だ。腕の再接着にこだわるよりは天人がもたらした最新の義手を用いた方がよほどQOLが向上するだろう。

……まあ、今までも彼は隻腕でやってきたのなら、おそらくは義手を付けないと思う。腕を失った事実こそが、約束の証なのかもしれない。あくまで勝手な推測だが。

手当している間、近藤さんや沖田さんや土方さんとやんややんややっていた御徒衆はあたしに矛先を向けてきた。鋭い目が突き刺さるが、随分と迫力がない。さっきバズーカを連射した土方さんの血走った目の方がよっぽど迫力があって怖かった。

「そこの小娘!賊に処置を施すとは何事だ!貴様のような女が二刀を差せるのは誰のおかげだと思っている!!」

幕府こそは我々であり、我々こそは幕府。お前らの帯刀は我々が許しているのだから従え。そんな空気を察知して嫌になる。確かに、国家の暴力装置たる自分達は幕府の許しがあってはじめて存在できる。人殺しだのなんだのは真っ当な意見なので受け入れる。だが、許しがたい1点は誰にも譲れなかった。

「誰のおかげか……?もちろん、よく存じておりますわ。幕府中枢に女性を迎える大英断を下された大殿、小娘でしかなかった私に機会を与えてくださった局長以下真選組の皆さん、私を支えてくださった岩尾医師、そして私自身の努力……今の私の地位はそれらの賜物にございますれば、その恩に報いるためこうしているのです」

周囲が静まり返る。

そう。あたしが今のあたしなのは、断じてこの飾りだけの武士達のおかげじゃない。

あたしは努力を怠らなかったし、将軍や近藤さん達はその努力を認めて受け入れてくれた。そもそも努力を続けられたのは真選組の皆と先生のおかげだ。あたし一人ではきっと路地裏から動けなかった。

だが、そんなものは相手に伝わるはずもなく、我ながら不遜な物言いに地べたに這いつくばる御徒衆はいきり立った。

「女人ごときが思い上がりおって!」
「正体を表したなァ!!」
「構わんん!!賊ごと奴等を討ちとれいィィ!!」

一斉に鬨の声が上がる。あたしは手始めに、女人ごときがと言ってきた男を鞘に収めた刀でぶん殴った。

今頃見廻組も奈落との戦闘に入っている事だろう。

こちらも、六転殿を守るために戦わないと。
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