夢か現か幻か | ナノ
You are me?
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事のはじまりは、沖田さんと土方さんのいつものやり取りだった。沖田さんが仕掛けたイタズラに土方さんがまんまとかかって、一瞬で沸点に達した土方さんは沖田さんを追い回す。平常運転だ。

いつも思うけれど、沖田さんも妙な人だ。本気で仕掛ければきっと誰の仕業かも分からなく出来るだろうに、なんで自分でございと名乗り出んばかりのイタズラばかりなのだろう。沖田さんはよく分からない人だ。

何にせよ。本来であれば自分は第三者で、あくまで傍観しているだけのはずだった。

それが、今度ばかりは違ったのである。

誰かとぶつかった衝撃で体が宙に浮いて、頭を板張りの縁側に打ち付けた。かなりしたたかにぶつけたのか、頭の中で衝撃が反響している。それに、気のせいじゃなければ、自分の体を見下ろしているような。

自分の視覚情報を信じるのなら、自分は沖田さんとぶつかって、転倒したらしい。沖田さんも自分も同じように白目をむいて倒れている。沖田さんの後ろでは、土方さんがなにかを叫んでいる。おそらくぶつかってピクリとも動かない自分達に驚いたんだろう。

これ、戻らないとマズいんじゃなかろうか。自分を天上に引き上げていく、いや落としていく重力に逆らい、自分の体めがけて飛んでいく。

後ろから、何かが猛追している事に気付きもせず。

何かとぶつかったと感じた時には遅かった。

あたしは沖田さんの体の方に飛ばされて、ぶつかった何かはあたしの体に飛んでいった。マズいと感じたけれど、体勢を立て直すことは叶わず、そのまま視界は暗闇に閉ざされた。

*

「おい、総悟、桜ノ宮!起きろ!」

土方さんの声が明らかに狼狽を含んでいる。起きなければ、そう思って目を開いた。

視界いっぱいに土方さんの顔がある。心配して顔を覗き込んでいればこんな感じになるだろうか。思わずのけぞろうとして、床に頭を擦った。

「総悟!大丈夫か!?」
「ちょっと頭が痛いですが」

声を発して、違和感を感じた。自分の声が明らかに低い。風邪を引いて喉を腫らしたとかそんな次元じゃない。性別が変わったとしか思えない声の低さだ。というか。この声どっかで聞いたような。

第一、気のせいじゃなかったら、土方さん、あたしの目を見て沖田さんって呼ばなかったか。

どういう事かと内心で混乱していたのをさらにかき乱したのは、隣から聞こえた声だった。

「うーん」
「すみれ!お前も意識が戻ったか」

なんという事だろう。土方さんはあたしを沖田さんと認識しているし、自分は喋ってないのに自分の声がする。

恐る恐る、自分の声がした方向を見た。

「え」

声が漏れてしまったのは不可抗力に近い。だってそうでしょう。今、自分が見ているのは、紛れもない桜ノ宮すみれ自身なんだから。

あれが桜ノ宮すみれならば、あたしはなんだ?恐る恐る今の自分の体を見下ろすと、自分の体とは明らかに違う。

やや細身だけどしっかりした骨。骨を覆っているのはしなやかな筋肉。黒ずくめの真選組隊長の上下がそれらを包んでいる。自分のそれよりも大分太い首元に巻かれているのは白いスカーフ。そして極めつけは腰の刀。拵を見る限り、沖田さんの刀だ。

という事は、この体は、沖田さんの……?なら、今の桜ノ宮すみれの器の中身は……。

「沖田さん」
「桜ノ宮さん」

同じタイミングで同じ結論に至ったらしい。中身沖田さんの方からもあたしの名前が出た。

土方さんから見れば、今の自分達は互いの姿を見て、自分の名前を言っているという珍妙な光景なのだろう。でも今そんな事を気にしている余裕はなかった。

わざとらしく「いてて」と言って自分じゃなくて沖田さんの頭を押さえて、そして呆然としている自分の殻を引っ掴んで立ち上がった。

「土方さん、ちょっとコイツと一緒に医務室で手当てしてきまさァ」

土方さんの制止を振り切って、自分の本来の外側の首根っこを掴んでダッシュで医務室に向かった。

今日は医務室は空だ。これ幸いと互いの身体を検分しつつ、状況を整理する。

余談かもしれないけれど、臨死体験まがいの幻覚についての情報も沖田さんっつーかあたしの頭に入れておく。

「ま、つまりは、ちょっとした事故で沖田さんの体には私こと桜ノ宮が入り、桜ノ宮すみれの体には沖田さんが入り、てな具合で入れ替わってしまったっつー訳でさァ」
「ちゃっかり現状に馴染もうとしないでくだせーよ」
「どうやって戻るかなんざ見当もつかねー状況ですぜ。こうするしかないでしょ」

あたしは沖田さんの声で沖田さんをマネて喋り、沖田さんはあたしの声で沖田さんそのままの口調でしゃべる。おかげで文字上だとどっちがどっちだかわからなくなっているけれど、それも仕方のない事だ。

「俺達がもう一度ぶつかって、中身ぶちまけるとか」
「それで互いに死んだらただの心中ですぜ。俺ァそんな賭けにゃ出られねー」
「アンタ、自分の生に執着するタチにゃ見えませんが」
「返すもん返すまで死ぬ気はないって話でさァ。あと、いい加減肉体の方の喋り方に合わせてくだせェ。読者がついていけなくなる」
「読者って誰だよ」

中身沖田さんのあたしは、いかにも不承不承といった様子で頷いた。本当に分かっているんだろうか。

「とにかく、今は俺は沖田総悟として、沖田さんは桜ノ宮すみれとして行きていくしか無いでしょ。違和感を与えないように生活しつつ、元に戻る方法も模索する」
「なるほど」
「で、これからアンタにゃ勉強教えるから、そっちは剣教えてくれィ」
「なんで」
「学校での勉強が1年半の就学期間の一部とみなせるって先生が言ったせいで学習時間が短くなった。つまり、時間がねェ。落ちたら後がない。脳みその方に嫌でも叩き込んでもらいます」

自分の顔が明らかに嫌そうなものに変わった。自分の顔って意外と表情豊かなんだな。つまらない感慨を脇において、続ける。

「こっちも一番隊隊長としてやっていくには剣術が必要だ。いかんせん、真剣は10年前に握ったのが最後だ。こんな状態で下手に討ち入りに参加すりゃあ、アンタは永遠にその身体で生活することになる」
「今の俺ァ桜ノ宮さんですぜ。剣なんざ――」

外見沖田さんの腰に下げられている刀を抜く。自分の目が見開かれている。それもそうだ。今沖田さんの体を使って刀を抜いたけれど、そのぎこちなさと言ったら、一番隊隊長としてはあるまじきものだったはずだ。

「――確かに、稽古をつけないと、お話になりませんね」
「かといって討ち入りで先陣を切る一番隊隊長がいなければ、隊の士気に関わってくる」

物は試しと抜いた剣を自分の肉体に渡してみた。剣を振り回す様はとても自分の体とは思えない動きだ。

「すげーや。魂に剣が刻まれているってとこですかねィ」
「とはいえこの体では討ち入りの参加は不可能です。だから、教えてくれ、なんですね」
「魂の記憶があんのなら、器たる体の記憶もあるはずだ。それを呼び起こせば、中身がこれでもなんとかなるかも」
「勉強の方は」
「覚えた事が全く役に立たねェってこたァねーと思いますぜ。なんせ人間を斬る仕事だ。人体の理解をしておくに越した事はないでしょ」
「わかりました。覚えられるかはさておいて、やってみます」
「覚えてくだせェ」

戻ってきた刀をおっかなびっくり鞘に戻す。そういえば、あの時は気がついたら病院だったから、戻した事はなかったんだな。

「それだと鞘が傷つきます。私がしまいますから見ててください」

自分が喋っていないのに自分の声が聞こえる。そして、目の前のあたしは、あたしが知らない事をやってのけている。不思議だな。

「もう一度、抜刀と納刀をやってください」
「へい」
「腰にさげた状態でもう一度」
「へい」
「それで大丈夫だと思います。まさか技以前の話になるとは思いもしませんでしたけれど、私が見てる前でよかったです」
「一番隊隊長のナリで無様なマネは許さねェってかィ」
「当たり前でしょう。ああ、そうそう、土方さんへの嫌がらせも忘れないでくださいね」
「死なない程度にやっときまさァ」

恩人に嫌がらせをするのは気がひけるけれど、沖田さんを沖田さんたらしめるためには仕方がない。

「桜ノ宮すみれはこれから岩尾診療所に戻って勉強でさァ。せいぜい頑張って器の機能を引きずり出してくだせェ」
「沖田総悟はこれから市中見回りです。今の実力だと、浪士に叩き斬られて死ぬと思うので、見回りに出ずに稽古しててください」
「へーい」
「それと、夜になったら岩尾診療所に来てください。そこで稽古します」
「わかりやした」

沖田さんの仕事や討ち入りの日程などなど、少々の連絡事項の交換をして解散した。

*

「沖田隊長、こんにちは!」

沖田さんの体で屯所を歩いていると、すれ違う隊士が挨拶をしてくる。音楽プレイヤーにつないだイヤホンで聞こえないふりをするけれど、いつもならこの人どう対応してたっけか。

沖田さんはちょっと苦手だからよく見てなかったんだよなあ。あーあ、こんな事になるんだったらよく観察しておけば。

沖田さんに向けられる隊士の視線は桜ノ宮すみれに対する視線とはやっぱり違って、敬意が先立っているように思う。しかし、今の沖田さんの中身は自分だ。不相応な尊敬は自分の胸に痛い。出来る限り人のいない場所をと思って屯所を彷徨い歩いていると、気がついたら拷問室の裏手に出ていた。浪士を拷問するための土蔵の中ではどうやら拷問の真っ最中らしく、男の野太い悲鳴がこだましている。

好き好んで敵といえども同じヒトの悲痛な叫びを聞きたがる人間はなかなかいないようで、土蔵の裏手には人っ子一人いなかった。安堵のため息をついて、木箱に腰掛けた。

さて、これからどうしようか。この腕前で外に出れば多分碌な事にはならない。一番隊隊長がそのへんの浪士に斬られて負傷したなんて知れたら、沖田さんの名誉が傷ついてしまう。自分の関知しないところで自分の評価が落とされるのは沖田さんにとって不本意だろう。

今現在の目標はここに定まった。戻るまでの間、沖田さんとして生きていくに当たって、刀は切っても切り離せないものだ。よって、剣技を磨く事は必須と言ってもいい。一刻も早く、沖田さんのように刀を振り回せるようにならないと。そうじゃないと、沖田さんだけじゃなくて、近藤さんや土方さんにも危険が及ぶかもしれない。

「稽古するか」

道場で竹刀を振り回していれば、多分バレる。そのくらい沖田さんとあたしの剣技には開きがある。となれば、人目につかない場所で稽古するしかない。例えばここ、拷問室の裏手とか。

竹刀を道場からくすねてきて、素振りする。流石は沖田さんというべきか、1000回程度の素振りではびくともしない。それだけのものをこの人は積み上げてきたのだ。自分がそれを壊してしまうのだけは避けたい。

「こんなところで稽古か。精が出るな」

思わぬ声がしてびくりと体を揺らしそうになるのをすんでのところで堪えた。多分、沖田さんは声をかけられた程度でびっくりしたりしない。

「近藤さん、どうしたんですかィ、こんな場所で」
「トシから聞いたぞ。すみれちゃんとぶつかったんだってな」
「あのウスノロのせいで災難でさァ」
「まあまあ。すみれちゃんも頑張ってるんだしさ」
「頑張りだけで認められたら世話ねーや」

沖田さんが普段あたしの事をなんて言っていたのかは知らないので、自分が自分に感じている事をそのまま述べた。近藤さんは「手厳しいな」と苦笑するだけだったので、多分これで正解なんだろう。

「見回りに出てないそうだな」
「そんな気分じゃなかったんでさァ」
「……手合わせするか!」

声が漏れそうになったのを飲み込んだ。冷や汗が背中を伝う。多分この人は親切心で言ってくれているんだろうけど、とてもヤバい気がする。

なにせ、剣に生きる男だ。自分が沖田さんの皮を被った別物だってバレる。それはマズい。この人は多分宇宙一隠し事に向かない人だ。バレて下手に気を使われようもんなら、よしんば戻れたとしても面倒な事態を残していってしまうかも。

頭をフル回転させてどうすればうまく状況を回避できるか計算する。

調子悪いって素直に言うか?いや、沖田さんは多分死んでも言わないセリフだな。

入れ替わりの事を言うのも論外オブ論外。

とれない選択肢はないものと同じだ。

「じゃあ一手だけお願いしやす」
「よーし!どんと来なさい!」

近藤さんはどこからか取り出した竹刀を構えた。

*

「という訳です」
「俺がなんかおかしいって勘付かれてるじゃねーか」
「岩尾先生に速攻でバレた沖田さんに言われたくない」

岩尾診療所2階の岩尾家の一室。桜ノ宮すみれの部屋で互いにその日起きた事を報告し合う。結論から言えば、互いに相手になりきるのには大失敗した。

近藤さんには沖田総悟がなんかおかしいと勘付かれ、岩尾先生にはアッサリ入れ替わりの件がバレた。近藤さんは核心には近付いていないものの、ずっとこのままだと流石に隠し通せないだろう。

「これは可及的速やかに元に戻らないと」
「なんで入れ替わっちまったのかも分からねーのにどうやって。つーか俺の顔で中身の口調むき出しにするのやめろキモい」

こんなので本当に戻れるのかな。精神に肉体が引っ張られているのか、頭がズキズキと痛むのを感じた。
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