夢か現か幻か | ナノ
Hospitality
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ギラギラした照明。高級なようでよくよく見るとチープな壁の装飾。猫脚の低いテーブルにボックスソファ。

男が相手でも、女が相手でも、業種が似ているせいか基本的な内装は似ているもんらしい。こっちの方は客層が女だからか、基本的に女が好きそうな柔らかいモチーフが多めだ。

ホストクラブ。ホストでもない、あくまでノンケの俺には一生縁のない場所だと思っていた。だが、今の俺はなぜか、女の天国『高天原』でなんかスーツを着せられ女に接客するハメになっていた。

なんだってこんな場所で働かにゃならねーんだ。そう思う事は数え切れないほどあったが、回りに乗せられ、上司の近藤さんまでノリノリ、そうこうしている間に逃げられない状況になっていた。

こんなところすみれにだけは見られたくねェな……。あらぬ誤解を抱かれる可能性大だ。しかも悪い事に、あの女は誤解を抱くと自分で納得しちまう癖がある。まあ、アイツなら、こういう店には興味がないはずだし、出くわす可能性は少ないか……?

しかし、そんな願望混じりの楽観はあっさりと打ち破られる。あの天パが呼んだキャバ嬢の黒服のいらぬ気遣いによって。あの女は良かれと思って方々に声をかけたらしい。その結果が西郷オカマ軍団であり、柳生オカマ軍団であり、変態くノ一に吉原の自警団の女共だった。……猛烈に嫌な予感がする。

「オイ、色々声かけたって、アイツにも声かけたのか!?」
「アイツって……ああ、すみれ先生ですか?」
「それ以外いるかよ」
「ええ、先生にも声をおかけしましたよ。面白いものが見られるから高天原にいらしてくださいなって」

絶句するしかなかった。いや確かに、アイツは潰れずによく飲めるから良い客になれるはずだし、なにより今暴れてるピラニア共よりはよっぽど大人しいだろうが。だが、俺にも沽券ってものがあり、この姿を見られる事はその沽券に関わってくる。つーか面白いもんってまさか俺の事か。

これは来ない事を祈るしかねェ。アイツはたまに携帯の着信とかメールを見落とすから、それが起きてくれるのを祈るしかあるめェ。

そんな事を祈っている内に、ホスト男体盛りが届き、それの出来栄えか盛られている男体かそもそも男体盛りそのものか、いずれかが気に食わなかったのだろう気が立ったオカマ共は暴れだした。猛るオカマ共に釣られてか吉原の女共まで暴れる始末。

酒瓶、テーブル、グラス、そして男体盛りが飛び交う地獄絵図が展開されている。

しかも、こんなタイミングで一番来てほしくなかった女が来てしまった。祈りってーのはいつも届かんな。

「あの、今日お妙さんにお声がけされて参りました、桜ノ宮ですけれども……」

野太い声ばかり響くこの場所で、すみれの声ははっきりと聞こえた。ここからはあの小柄な女の顔までは見えねェが、きっとあっけにとられた、間抜けな顔をしているんだろう。

オカマの側杖食らうようなトンマはしないだろうが、それでも何かがないとも限らん。どのみちこうなっちまった以上はどうやっても俺がいる事は分かっちまうんだから、下手に逃げるよりも、潔く案内して事情を話した方がいいだろう。なんとか怪物共の戦場を潜り抜け、客の前に立つ。

酒のせいか、上気した頬。普段からやや垂れた目尻はさらに下がっている。そのくせ、榛の色をした瞳には憂いが浮かび、こいつが楽しむために酒に浸った訳ではない事を雄弁に語っていた。

大方、慣れない場所で飲むために勇気付けにちょっと飲むつもりが、かなり飲んじまったんだろう。チャンポンもやらかしたかもしれねェ。

「すみれ」
「あれ、土方さん……?」
「近藤さんやら万事屋やらに巻き込まれてな。なんでもマダムの接客だと」
「マダム……もしかして江戸の夜の街を彷徨うっていう、あのですか?」
「ああ、そうらしい」
「これで、マダムの接待できるんです……?」

これで、とやや呆れの色が強い声の主が見つめている先は、化け物共の戦場だ。どこかゆったりと甘い女の声との酷い落差に、めまいがしそうになる。

こんな状況でマダムの接待なんざ無理に決まってる。無理に追い払おうにも、あの怪物集団、やたらめったら強い上に、数が多い。多勢に無勢だ。

思わず悪態をついたその時、ボックスシートが飛び、クナイが突き刺さり、酒瓶が粉になった。連中の頭が暴れる配下を諌めている。

「店に迷惑かかってんのがわかんねーのか。はしゃぐにも程度ってもんがあんだろう」
「興が冷めた」
「宴はオシマイだ」

ぞろぞろと店の出口に向かうモンスター達。しかし、肝心のモンスターの親玉共だけは、元気に乾杯をして飲み続けている。

「一番追い払いたかったのは」
「ああ、アイツらだよ」
「ごしゅーしょーさまです」

百鬼夜行に道を譲るために、俺はすみれの腕をそっと引いた。普段ならなんてこともない行動も、酒で判断力と運動神経が鈍っている今のあいつには対応できないものだったらしい。ぐらりと華奢な体が崩れ、とっさに俺の胸で受け止めた。

「す、すみません」
「どんだけ飲んだんだよ……」
「しこたま飲んで、しこたまチャンポンしました」
「馬鹿」

前に、他ならぬコイツ自身が言っていた。チャンポンで悪い酔いするのは、酒を交互に変えると飽きずに同じペースで飲み進められるために、一種類の酒を飲み続けたのに比べてずっと速いペースで飲めてしまうからだと。

それを分かっているこの女が、わざわざやったってこたァ、それだけここの敷居が高かったっつー事だろう。

どうにもそれが微笑ましくて、いつもより熱い頬に手を這わせちまう。

「こんなに酔ってしまっていますし、岩尾先生のところに戻ろうと思います」
「いや、ここで休んでけ」
「いやです」
「なんだよ。わざわざ店にまで入ってきて、そりゃねーだろう」
「だって、土方さんがいるとは思わなかったし」
「俺もお前が来るとは思ってなかった」
「それに、こんな情けないところ、見てほしくない」

随分と可愛らしい事を宣う。

渋るコイツを抱えて、適当な座席に下ろし、水の入ったグラスを差し出してやる。

「悪ィ、コイツも接客してやってくれ。酒で暴れる性格じゃねェのは俺が保証する」
「確かに、先生なら大人しいし、マダムとお話もできるかもしれませんね」
「まあ、モンスターの行動には無力だが」
「だって力技も理屈も通じないし、面倒くさいし」
「やっぱ本音はそれか」

まァ、それは俺もそう思うけどな。しかし、普段は言わない本音を、砕けた口調で言っているのは貴重だな。

「悪ィ、ここで待っててくれるか」
「マダムがいらしたんですか?」
「ああ。ここまで来ちまったら、皿まで食うさ」
「いってらっしゃい」

その声を背に受けるだけで、何でもできそうな気がしてくるんだから、我ながら単純だ。

現実は、マダムをこっそりひっそりアイツの席まで連れて行こうとしたら、ジャッキーのデカっ鼻に嗅ぎつけられてクナイぶっ刺されたんだが。しかもジャッキー共は揃いも揃ってマダムに無礼の限りを尽くす始末。オイ、接客担当まで酔っ払ってどうすんだ。

「これ、やばくないですか」
「ヤバいな」
「ピラニアの群れに一匹のヌーが取り込まれてますよ」
「そうだな」
「かわいそうです」
「そうだな」
「あーあ、マダムちょっとおこですよ」
「そうだな」
「かぶき町も終わりですね」
「冗談じゃねーぞ」

へへ、と笑うこの女も既にへべれけだ。確かに風営法違反とか、浪士共の巣窟が消えんなら都合がいいかもしれんが。

「ちょっと、そこのチビっ子もこっちで飲んでいってくれよ!せっかくここまで来たんだから一人で飲むのはもったいないだろう」

チビっ子こと、すみれが俺を伺うように見上げた。正直に言えば、このどこもかしこもフワッフワしてるコイツをジャッキーの群れに突っ込ませるのは断固阻止したい。だが、止めればどうなるのかは火を見るより明らかだ。仕方なく頷いた。

まだ自分の足で立って歩けると思っているのか、一人でトコトコ歩くすみれ。だが案の定っつーかなんというか。自分の足につまづいて、体勢を崩した。すんでのところで細い身体を支えたが、立たせてみても足回りに不安が残る。

「危なっかしーな」
「ちょっと!なにホストに色目使ってんのよヒドイン予備軍!」
「オタクの惚れた男には手ェだしてないでしょーが」
「いるのよねーこうやって意図的に弱っちいところ見せて男の気を引く女」
「じゃかあしいわ、だあってい!」

あろうことか変態くノ一とすみれが口論を始めた。コイツら初対面じゃねェはずだが、どうやら反りが合わねーようだ。普段のすみれなら軽く流していたんだろうが、アルコールが頭を支配している今は、ほんの少しだけ攻撃的になっているらしい。

くノ一は頼むからコイツにまで絡むなァァ!そしてすみれ、お前も地金を露出させるなァァ!!

「ちょっとー聞いたー?今の何語だったかしらー?」
「関西弁だよ不勉強だな。御庭番衆ってシティー派とか聞いたけど、実際は田舎育ちの猿か?」
「なぁんですってェ!?誰が猿よ誰が!!!つーかいつもの敬語のメッキ剥げてるわよこの性悪女!!」
「性悪だなんて、なァにを今更。女はみんな厚化粧だ。化粧の下には何が隠れているか分からん……って、そこのホストが言ってました」
「なんで俺巻き込んだ!?」

確かに言ったがな!!!

化粧の話題のせいか、その場の女の視線が俺に集中する。明らかに奴らの目には敵意がこもっている。反対にすみれは一転して上機嫌だ。俺はすみれのフォローではなく、自分のフォローをやる羽目になった。

なんだ?嫌がらせか?コイツ、俺がホストやってる事が気に食わなかったのか?なんにせよ、とんだ腹黒娘だ。

だが、まァ、幸いつーかなんつーか。俺を売りさばいて、それで怪物の戦線に参列する事がかなったようだ。俺の好感度と引き換えにコイツが必要以上の敵意に晒されないのなら、それでよしとしよう。本人が言っていた通り、コイツの性格とガラが悪いのは今に始まった話でもない。

有名な少年漫画をネタに女共に殴られながらもマダムをもてなし、マダムの心を開きかけたが結局酔いどれ共にしこたま殴られ、ちょっとした再現をやってみれば瓶を投げつけられ。そうして床に這いつくばった俺の頭に、白い手が添えられた。

「あとで消毒してステープラーで止めますからね〜」
「おい……」
「すみれちゃん……?」
「完ッ全に酔っ払いですね……」

万事屋共の冷たい視線の先にいるのは床のきれいな場所に座らされた俺。そして、俺の膝の上に上機嫌で座って手当をするすみれだ。まるで恋人同士のような、普段ならありえない距離感は酒の魔法だろう。その魔法に囚われても尚、包帯さばきの手に全くブレがないのは、流石の職業意識というべきか。

頭がクラクラしてきやがったのは、頭をぶん殴られたせいか、それとも、酒の匂いに混じったすみれの匂いのせいなのか。

「つーか土方くんズルい!すみれセンセ、GINさんにもやって?」
「わかりま――」
「放っとけ。相手はヘリを一本釣りするような野郎だ。あれきしの事で治療するまでもねーよ」
「そうですかー」
「ちょっと納得しないでくれる!?」

手技は失われずとも、思考能力はガッツリ侵されているらしい。素面のコイツならば絶対に納得しない理論であっさりと納得した。しかも万事屋の抗議は全く耳に入ってない。手懐けられないじゃじゃ馬娘が珍しく大人しく従っているのが、おかしくて仕方がない。

すみれは眠気を誘われているのか、しきりにあくびをしている。

手のひらに大人しく収まってくれない女が俺の手の上で転がってる様子を見るのは悪くねェが、そうも言ってられん。マダムの接待をするためにも、少しだけ大人しくしてもらうしかない。

「んー」
「無理せず寝ちまえ。ちゃんと岩尾のジーさんとこまで送ってやるから」
「その前にトイレ……」
「おう、気をつけろよ」

出動がない暑い夏の日の縁側にいる時よりも気の抜けた返事を返して、すみれは厠に向かった。そして、それと入れ替わるように、焼却場に叩き込んだSOUGOバ カが戻ってきた。

流石は女を女と思わねェ外道。SOUGOはシャンパンタワーに見せかけたテキーラタワーを女達にかまそうと策略している。確かに女共はしたたかに酔っているから、そこにテキーラなんざ突っ込めばそりゃあ潰れるだろうが。倫理的にはどうなんだと警官として思わなくはない。

まあいい。幸い、どれだけ酔っていても酒にはうるさいすみれは戦線離脱中だ。アイツはともかく、他の酔いどれ共にはわかるまい。

そう思い、グラスを傾けたんだが……。

気が付いたら、女の膝を枕に、ボックスシートの上で寝ていた。庇のように俺の目を覆う手は、よく知った手だ。そっと手をどけると、俺に膝を貸していたのはやはりすみれだ。厠に行く前よりも顔の赤みが収まっている。アルコールを出してきたようだ。

「策士策に溺れるとはまさにこの事ですね。自分達が仕掛けたテキーラタワーに沈んじゃうなんて」
「匂いで分かったのか」
「そりゃあもう。あたしに言ってくれたら、他の人達のチェイサーをロングランド・アイスティーにすり替えておきましたのに」

ふふ、と頬に手を当てて笑うすみれには、毒にも似た妙な色気がある。ちょっとアルコールが抜けたといっても、まだまだ酔っ払っているらしい。

「まあ、それはさておき。大分アルコールも抜けたのでしたら、お急ぎになった方がよろしいかと」
「ん?」
「マダム、いいえ、飲み友がいらっしゃると思うので」

俺よりも一回りも二回りも小さい手が地面に立った俺の背中を叩き、そして手際よく他の男共も叩き起こす。万事屋の眼鏡がマダム本人から聞いた、金に取り憑かれて孤独となった女の話を聞きながら、制服に着替えさせられ、そうして――なぜか全裸の近藤さんや長谷川さんを除いて――いつもの格好に戻った俺達は店の出口に集合した。

外開きの扉が開いた先にマダムが立っている。女が呆然としているのは、鬼太郎袋に万事屋の野郎がゲロをぶちまけてるからってだけじゃないだろう。

「よう、待ってたぜ。三次会……お前もちな」
「飲み友、一名入りまーす!」
「――ようこそ、高天原へ」

またも万事屋が嘔吐した。誰かの悲鳴が上がる。もらいゲロをする悲劇の連鎖すら起きている中で、帽子の下から見えるマダムの口角は、たしかに上がっていた。

「汚ねェ花火だ」
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