夢か現か幻か | ナノ
Abduction
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ある朝の事。屯所の医務室でいつも通りの目覚めを迎え、クローゼットから引っ張り出したシャツにベストを重ね、申し訳程度の化粧を施し、ボタンを中途半端にあけたまま縁側を伝い、会議室に向かう。医務室にはテレビがない。そして今日は新聞も休刊だ。だから、世の中の動きを見るために、会議室のテレビを見に行こうとしたのだ。

世界情勢の把握もあるけれど、この時間なら土方さんが起きているだろうから、顔を見ておこうと思ったのもあった。体調の確認は衛生隊長の責務だ。……責務以上に、朝イチで土方さんの顔を見たら、なんか頑張れそうな気がしたというのも、まあある。

「副長、おはようございま……」

障子を開けて現れたものに絶句。首に引っ掛けただけのスカーフが、眠気の残滓とともに風に吹かれて飛んでった。理解し難いものを見たのを、疲れ目のせいにしようとして、やっぱりできなかった。

開けた障子をそっと閉める。そして、回れ右。あれはきっと、なかなかの厄介事だ。それから背を向けたのなら、一直線に根城に戻るのみ。

しかし、駆け出した脚は、別の脚に引っ掛けられて、顔面を縁側にしたたかに叩きつけた。すごく痛い。子供っぽさを際立たせている鼻が、さっきのでさらに低くなった気がする。

「どうした桜ノ宮。ニュースは始まってもねェぞ」
「……もう核爆発級のビッグニュースを見たんで」
「逃げるなら、お前が下手人とみなして拘束し、拷問にかける」

いやいやいや。普通の人間が今の貴方を見たら、誰だって逃げるか笑うかするでしょ。あたしはちっとも笑えないけど。

とはいえ、警告に従わなかったらこれ以上の制裁を受けるのは明白なので、大人しく会議室に連行された。

「土方さん、どっかのショッカー本部にでも行ってきたんですか」
「そんな魔窟知らねえ。寝て起きたらこうなってた。お前じゃないのか」
「何が悲しくて上司をドライバーに改造せにゃならんのです」
「お前ならできると思ったんだけどな……」
「いや無理ですって。あたしの専門は外傷外科であって、生体改造じゃありませんよ」

今の土方さんの格好は端的に言って奇天烈だ。制服を着たままの手足はドライバーから飛び出していて、顔はドライバーの銀色の軸から生えている。あまりにも荒唐無稽な造形だけど、ドライバーのキグルミを着せられているとイメージすれば、分かりやすいだろうか。

しかし一番の問題は、このドライバーはきぐるみなんかではなく、土方さんの一部、紛れもない生体である事だった。

こんな人体改造をやらかす顔見知りは、かぶき町あたりのヤブ歯医者ぐらいなものだけど、あそこがやるのは、歯ブラシか妙なロボットか、だしな……。他にもプランあった気がするけど、どれもこれも人体改造だった。……まあ、あの歯医者は、今回に限っては無実だろう。

「何があったんですか?」
「それが分かったら犯人しょっぴいてるに決まってんだろ」
「屯所で何かがあれば、誰かしらが目撃しているはずです。おそらく外で何かがあったんです。よく思い出してください」
「確か昨日は外回りで……」

ぽつりぽつりと昨日の行動を明らかにしていく土方さん。

昨日は外回りの仕事に出て、夜になって帰る間際までは、ちゃんと記憶があるらしい。どうやら一部が欠落しているみたいだ。多分だけど、そこに鍵があると見た。

「そうだ。俺は、いきなり光に照らされたと思ったら、気がついたら宇宙船にいたんだ」
「宇宙船?」
「ああ。UFOだ」

そういえば、最近天人による牛やなんやの盗難が相次いでいたっけ。なるほど。天人の技術なら、人間をドライバーに改造するのなんて楽勝かもしれない。

「思い出した。……あの腐れ天人。絶対にしょっぴいてやる」
「何があったんです?」
「宇宙船に乗っていた天人が、俺の体を勝手にドライバーへと改造した」
「なるほど。どうして?」
「ゲーム機が壊れたんだと」
「……はい?」

聞き返す声が裏返った。自分の耳か頭がおかしくなったのでなければ、ゲーム機が壊れたからたまたま近くにいた土方さんを拉致して、彼を改造しドライバーに仕立てて、ゲーム機を修理しようとした。そういう風に聞こえたんだけど。

「だから、PSPが壊れて、それの修理のために!俺をさらってドライバーに改造したんだよ連中は!!」
「えっ、どっからどう考えてもこのサイズじゃあPSPのネジ回りませんよね」
「俺も連中にそう言った。あと、略取・誘拐罪でしょっぴいてやる、ともな」
「そしたら、どうなりました?」
「無理やり眠らされて、気がついたら道に倒れてた」
「……それは、なんというか」

本当にもらい事故だった。これはひどい。土方さんがすごく可哀想。なんとかしてあげたいけれど、悲しきかな。自分の力でなんとかなる範囲を余裕でぶっちぎっている。

「あたしの手には負えないです。多分江戸中の名医が集まっても、同じ結論を下すと思います。多分、本人達をとっ捕まえて、元に戻る方法を聞くしかないのかな、と」
「おいおい、どこの誰かも分からねーんじゃあ、礼状の発行しようがないだろ」
「そうとも限りませんよ。土方さんの話はかなり貴重な情報を含んでいました。流石は副長。うまく相手の尻尾を掴んでいましたね」
「お、おう。そうか……?」
「生体の改造を行えるような高度な技術を持った天人は、宇宙広しといえども、そう多くありません。ごく少人数かつ小型の船で惑星を移動できるような経済力をもっている天人も、です。入管の情報を洗えば出てくるかも」
「それでもどんだけいるんだよ。不法入国者の可能性は?」
「それもそうですね。じゃあ、他になにか言っていませんでしたか?」
「そういや、モンハンがどうこう言ってたっけな」
「モンハン?」

「そこは俺が説明しましょう」と、そんなかったるい声とともに勢いよく障子を開けたのは沖田さんだった。沖田さんも、見る人の度肝を抜く格好をしている。端的に言えば、沖田さんもドライバーになっている。土方さんと違ってマイナスドライバーだ。

「沖田さん?」
「話は聞かせてもらいやした。あとこれ、すみれさんのだろ」
「あ、そうです。ありがとうございます。……沖田さん、その格好は」
「俺も連中に改造されたクチでしてねィ。借りは返さないと気がすまないタチなんで、直々に会って、三倍に返してやらァ」
「何するつもりですか」
「野郎共が泣き叫ぶまで(ピーーー)する」

その時の沖田さんの顔はそれはもう、恐ろしいものだった。土方さんがまさに烈火のようなストレートな怖さだとしたら、沖田さんはなんだろう、もっと婉曲で、でも禍々しくて……。とにかく、こっちはこっちで怖い。とっ捕まったら、犯人死ぬんじゃないかな。

……はじめて犯人の命を気遣ったかもしれない。この人、容赦ない人だからなあ。ある分野では鬼の副長よりもおっかないなと思ったりするもん。

「それは今のところは、置いといて。モンハンってーのはモンキーハンターの略で、ゲームの中で狩りをして、モンキーから手に入れた素材でアイテムを作り、それを使ってまた狩りをして……とまあ、そういうゲームでさァ」
「へー」
「俺も連中の話は聞きました。連中、どうやらPSP版に飽きて、オンラインゲームのモンハンに目移りしてたみたいです」
「えっと、オンラインってことは、宇宙中からプレイヤーが集まっているって事ですか?ゲームの中で網を張って、連中を現実世界の私達の前に引きずり出し、そこで捕縛すると?」
「そうですねィ。ワラの中で一本の針を探すようなもんかもしれませんが、今の俺達にはその方法しかねェ」
「なるほどな。……となれば、アバターを奴らに似せて作るか」

アバターは分かる。ゲーム内での自分だ。いわば分身。一般的に自分がなりたい人物や自分自身に似せたものが多いイメージだけど、土方さんはどうして、件の天人に似せたアバターを作ろうと言い出したのだろう。

「自分に似たキャラクターがゲームの中うろついてたら気にならねェ奴はいないだろ」
「なるほど」
「偽物が自分達を差し置いてトッププレイヤーだとすれば、なおさらな」
「確かに……?」
「そりゃあいいや。土方さんが奴らの片割れになるんなら、俺はもう片方担当しまさァ。二人いれば連中に気づかれる確率も二倍でしょう」
「よし。素材集めも協力するか。その方が効率が良いはずだ」
「そして連中が網にかかった暁には――」

沖田さんは声もなく剣呑な笑みを浮かべ、土方さんはくつくつと喉で笑うが目は笑っていない。悪魔と鬼がいる。なにこの怖い空間。伏魔殿に一人放り出された小娘は、引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

*

伏魔殿を辞し、ニュースを見そびれた事も忘れて医務室に戻ろうとすると、隊士の一人がのっぴきならない声であたしを呼んでいるではないか。すわ一大事と隊士に案内されるがままに駆けつけると、そこには。

「先生ィィィィ!!助けてェェェ!!こんな体じゃお妙さんのお婿に行けないィィ!!」

ドライバーに改造された近藤さんがおりましたとさ。

そっとふすまを閉めて、今見た光景をなかった事にする――訳にもいかず、もう一度ふすまを開けて渋々現実と向き合う。どっからどう見ても、土方さん沖田さんと同じように体がドライバーになっている。被害にあってるのは、あの二人だけじゃなかったのか。

真選組の幹部三人がドライバー。ドライバーの姿で仕事はできそうにない。つまり、ほとんどトップ不在。持ち前の緊張性頭痛がここぞとばかりに出張ってくるのを押さえられない。

「一応聞きますが、近藤さん、どうしてそんな事に」
「瞬間移動装置に閉じ込められて、一緒に入り込んでいたドライバーと遺伝子レベルで融合したんだよ!!」
「え?遺伝子レベルで、ドライバーと、融合?」

近藤さんは肯定した。顔がひきつる。天人に改造されるのも、なかなかキテるなあ、なんて思ってたけど。これはそれ以上かも。なにせ塩基を組み替えてしまった患者なんて、宇宙中の学会論文を探してもなかなか見つからないだろう。……前例のない患者だと思うと、ちょっと調べてみたくなってきたな。近藤さんのこの姿が、とても興味深いものに見えてきたぞ。

「先生、ドライバーじゃあお妙さんの(ピーーー)に俺の(ピーーー)を(ピーーー)できない!早くなんとかして!」
「大丈夫ですよ近藤さん。おそらく、本来の近藤さんでも無理だと思いますから」
「先生。それ励ましでもなんでもないです……」
「前例のない症例ですから、地道に治療法を探してみましょう」
「そうだな!俺はとりあえず、色々情報を集めてみるよ」

医務室に来てもらい、レントゲンや血液検査やなんやを駆使して、近藤さんの体の状態を把握し、カルテに書いていく。これは凄いな。塩基配列が見事に入れ換えられている。これは、どうしたものか。

こうして、遺伝子レベルでドライバーと融合した患者の経過を毎日記録し、三人ともなんやかんやでもとに戻り。それから張り切って書き上げられた論文は、無事学会で発表されたのだけど。

「君、正気?」

……という、偉い先生の一言で切って捨てられたのであった。南無三!
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