夢か現か幻か | ナノ
KEEP CLEAN!!
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あたしが過去の災難に思いを馳せて深々とため息をついてるのをよそに、土方さんと隈無さんの間では連れション禁止令の発布が決められていた。小学生みたいな規則だけど、あたしには無縁なので正直どうでもいい。問題はただ一つ。それだけでどうにかなるのかな、そこだけだ。

「それだけでどうにかなりそうですか?」
「いいえ。たとえ一人でもまだ心配はぬぐえません」
「!!そうだ。便器に予め汚れをつけておく、というのはどうだ?」
「……?」
「洋式便所で小便をする時のことを考えてみろ。便器に汚れがついていると、無意識のうちに小便で汚れを狙い撃ちし、汚れを落とそうとしている時があるだろう。あの心理を利用して、便器に狙いを集中させるようにするんだ」

ホースで泥汚れを落とそうとするようなものだろうか。っていうか、土方さん……。

「土方さん。さり気に自分の恥ずかしいクセを暴露してるんですが。いっつもそんなことやってんですか」
「……いや俺は、やってないぞ。なんか、そんな話を、どっかできいたっつーか。だから、俺がそんなことやってたとか思うなよ!やってないからな!分かったかすみれ!」
「はい、分かりました!えっと、ホースで石畳に水を巻いてる時に、水圧で泥汚れとか踏まれたガムを落としたくなるようなものですよね。なんかその心理分かりますよ!」
「すみれ先生。それフォローじゃなくて追い打ち」
「ふむ。確かに、いいアイデアだと思いますよ」

かくして、便器のシミ作戦が立案され、実行される運びとなった。しかし、この作戦は一筋縄では行かなかった。

沖田さんに擦り落とされた挙げ句トイレに流されたと思われた隈無さんのほくろが便器に貼り付けられたり。汚れであれば何でも良いという土方さんの意見を反映してか、真選組の汚れこと土方さんの写真が貼られたり。じゃあ土方さんだけじゃなんなのでとあたしの写真が貼られたり。なんだ?あたしに足蹴にされたの根に持ってます?そもそも、土方さんは汚れじゃないでしょ。

そんな感じで、状況は混迷していた。まあ、自分については、男の集団の中にいる小娘ってどうしても浮くから仕方ないねとは思うけど。……いや、やっぱ便器に貼り付けられるのだけは、なんか納得できない。人が入ってきたから個室に潜伏している間に、思う存分沖田さんの足を踏む事にする。容赦なく蹴り返されているけどめげないぞ!

「……どうでしょうかね。効き目は」
「ふざけんな。あんなもん効くわけねーだろ」
「ホントですよ」

沖田さんと足だけで戦争をしながら、そんな事をひそひそと話し合っていると、厠に入ってきた一団は去っていった。全員の気配が消えたのを確認して、扉を開き個室を出る。狭い個室から少し空間が広がっただけで、大分圧迫感は減った。みんな大柄だからなあ。

「あー失敗でさァ」
「ホラ見ろ」
「ウンコされてます」
「どーいう事ォォ!!」
「効きすぎましたね。対象物に対する憎しみが大きすぎたようです。こっちに至っては写真が突き破られていますね」
「どんな小便!?どんだけ嫌われてるんだよ俺ァ!!」
「それで、すみれ先生は――」

土方さんの写真が貼られた便器は散々だった。小便器に大をする人に誰かツッコミを入れなかったのかな。土方さんがああなら、あたしどうなってるんだろう。見たくないけれど、他人の評価を知るいい機会だろうと、自分の写真が貼られた便器を見ようとした。しかし、土方さんの広い背中に邪魔された。

「見なくていいです」
「ああ、見るな見るな」
「見てはなりません!目が汚れます!!」
「大便の段階で大概だと思いますが」

バスケットボールのブロックのように動き回って視線を遮る土方さん沖田さん隈無さん。この中で一番弱い囲み、つまりは隈無さんを鉄拳で押しのけ、自分の写真の前に立つ。

自分の写真にはべったりと――。

土方さんは硬い拳を水洗ボタンへと、抉り込むように打った。狭い厠に金属が打ち鳴らされる音が響き、ザーッと気持ち良い音を立てて、狼藉の証が流されていった。

「土方さん、拳、大丈夫ですか?」
「たかがこのくらいで砕けるかよ」

金属のボタンに拳をたたき込んだのに、少し腫れているだけみたいだ。普通の人間なら、多分折れてるんじゃないかな。この人鋼でも食べて育ったの?

「今見たものは全て忘れろ。いいな?」
「評価を受けて行動をどう改めるかが大切な気がしますが」
「いや、こんな邪な評価のやつ中々いないから」
「そうですぜ。一番邪なのは土方さんでさァ」
「なっ、お、俺がこんなキモい事するか!!」

男所帯だし、こういう事もある。仕方がない。それにしたって、グラビアですらないただの隊服姿の写真でよくもまあ。大のときも思ったけど、誰かツッコミ入れなかったのかな。

「泌尿器は専門じゃないんですけど、こんな短時間で出るものなんですか」
「…………」

厠に微妙な空気が流れている。三人ともあたしと目を合わせてくれない。どうやら、彼らはいたたまれない、らしい。

「三大欲求は誰にでも備わっているものですから」
「いや、それにしてもだな……」
「申し訳ありません、副長、沖田隊長……」
「後で素振り3000回な」
「はいっ」
「じゃあ、この話はやめましょう。キレイにしようってのにウンコされちゃ敵わねーや。それに汚れじゃ見落とされちゃしまいですよ。どうですか、ここは……」

沖田さんが言うには。汚れは見落とされる。ならば、小便を便器にさせるんじゃなく、小便を便器以外ではできなくする事が肝要だ。つまり、床に小便をこぼしちゃいけない状況を作って、便器にするように誘導する。

理屈は理解できる。けれど、問題がある。そこは土方さんが突っ込んでくれた。

「どんな状況だよ」

同感。そんな状況がこの世のどこにあるんだって話だ。

具体的な案が決まるよりも先に、厠に用がある隊士がやってきた。土方さんとあたしは、個室で様子を伺う。沖田さんと隈無さんはなんかやるらしく、外に残っている。

「どういう状況を作るんですかね、一体」
「さァな……どうせ碌でもねェ状況だろ」

正直同感だ。そして、薄く開けた扉から覗いてみれば、案の定、学園ドラマと見紛うような謎のコントが繰り広げられている。打ち合わせなしでよく合わせたな。流石一番隊だわー。しかし、その感想は作戦の意図を理解しているから出てくるのであって、目の前でよく分からないコントを見せられた隊士的には。

「誰が小便できるかァ!!」

個室から飛び出して、一番隊の二人の腹の上にキレイに着地した土方さんの叫びのようになるわけだ。しかし沖田さんは納得してないようで、不満げだ。

「男同士の友情に水さす奴はいねーでしょ」
「うまくねーんだよ!!むしろ腹立つんだよ!つーか、てめーら、これから毎回厠に人来る度、その完成度の低いコント繰り広げるつもりか!?」
「というか隈無さん、よくその汚い床に寝っ転がれますね……」
「これも厠革命のためです!」
「ああそう……」

後で隈無さんの制服に消毒液かけてあげよう。

「これなんてどうですか?このベニヤ板の穴の先に袋をつけて、ここにナニを……」
「なんのプレイ!?」
「……?」
「お前は知らなくていい世界だ。……回れ、右!振り返るなよ!対ショック体勢!」

号令に逆らえないのは警官の悲しき性かな。トイレのタイルの上で、足を軸にしてくるりと反転する。対ショック体勢というと、耳塞いで、口を開き、体は地面に這いつくばる、そういう体勢だけど。多分土方さんの意図としては耳を塞げって事だろうから、それだけでいいはずだ。

断片的に聞こえる情報を統合すると、多分、風俗とかそういうのなんだろうなあ。

タイルの上をバタバタと走る音。抱え上げられた体。土方さんのしっかりと筋肉がついた腕があたしを抱え込んでいた。土方さんはあたし諸共個室に飛び込んで、じっと待っている。そうして狭い空間に四人入ったまま、何分か経過した。

コンビニで働いていた頃、男性客が用を足す時間を測ってみた事があるけれど、あの人ら本当に早い。拭くという一手間がないせいだろうか。しかし、入ってきた人物Xは小にも関わらず出ていく様子がない。

「随分静かだな」
「何やってんだ?」
「……いつになったら出てくんだよ。オイ、ちょっとのぞいて見ろ」

土方さんの言葉に従って、扉の取っ手に一番近い位置に建っている沖田さんが、そっと外を覗き込んだ。そして、沖田さんは何を思ったかあたしにアイマスクとイヤホンを付けさせ、土方さんに目配せした。いきなりなんだと言おうとする前に、俵のように担ぎ上げられて、揺らされた。この振動は、歩いているのかな?

どのくらい歩いたのか。しばらくして、ようやく地面に足をつける事を許され、ものを見聞きする自由が帰ってきた。

「何があったんです?誰がいたんですか?」
「気にするな。何もいなかった。厠には誰もいなかったんだ。いいな?」

まるで赤い国の指導者のような圧だ。ならば、やる事は彼の国の住民達と同じだ。即ち、面従腹背。

「分かりました」
「よし」

その場はそれで切り抜けた。土方さんが頭をなでてくれるのが、少しだけ心苦しかった。

*

夜間。夜勤の隊士以外は寝静まった後。目隠しと耳栓をされて何が起きているのか理解できなかったあの時間に、何が起きていたのか。あたしはそれを知るために、寝床から抜け出して、男子用の厠に向かっている。土方さんに見つかればもちろん怒られる。

「やっぱり、自分だけ見ないふりってのもね……」

もしかしたら、土方さん達が証拠隠滅してるかもだけど、彼らの反応から察するに、多分手を付けてないんじゃなかろうか。

それにしても、一体何が。ベニヤ板。穴。穴を通る陰茎。何をするのかなんとなく分かったけれど、それはあの時覆い隠されたものとどう関係しているのか。それは自分には分からなかった。

幸いにして誰にも遭遇することなく、厠にたどり着いた。後は未だに煌々と電気が灯る中を確認すれば……。ゴクリと唾を飲み込んで、そっとトイレを覗き込んだ。

女性の顔と思しきものが雑なタッチで書かれた、よくあるベニヤ板。女性の口にあたる部分に空いた穴の前に、誰かが立っていた。その人は、こちらを見て、そして、つう……と一筋の涙をこぼした。

「抜けなく……なっちゃった……」

どうしよう。えっ、これどうすんの。まさかあの時からずっと?ナニが抜けないんですか?えっ。

「お前何やってんだ。ここ男子用の厠だ、ぞ……」

用を足しにやってきたらしい土方さんの声が、尻切れトンボになった。彼に無理やり体の向きを変えさせられて、日常に引きずり戻されるその間際。近藤さんは確かに、己の相方の名前を呼んでいた。
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