僕の全て、僕の支え


イラっとしてその人は眉を寄せた。何にそんなにイラっとなったかというと、目の前にいる人間たちのせいでイラっとしているわけなのだが。そもそも何故こんなことになったんだろう、と本気で考えていた。苛々とした様子を隠すこともせずにしていたわけだが、ついに痺れを切らした。

「だぁああぁあ!!うぜぇえぇえ!なんだお前ら!さっきから何が言いたい!つかマジうぜぇしやっぱり此処でぶっ殺してやろうか!?」

あ、駄目じゃん俺、ロクな武器持ってないし。なんて笑いながら言っているが、眉間の皺が尋常ではないのは言っておこう。


此処は、ベルケンドの町の手前だ。後ろに見える街並み、ベルケンドを背後に振り返る。そこには親善大使一行がいるわけなのだが。地団駄を踏むようにして癇癪を起したソレに、親善大使一行は特に表情を変えるわけでもない。苛々としているその人に対し、またも1人が地雷を踏むような声を上げた。

「お、落ち着け!俺らはお前とやりたいわけじゃないんだ!」
「そうですわよ。どうして貴方がこんなところにいるのですか!探したのですよ?」
「いや意味わかんねーしなんなんだしお前ら意味不明だしほんとまじ消えてくんないかなー、誰かー、こいつらに雷を落としてくださいまじでー」

ガイとナタリアが詰めかけ寄ってきた、それを鬱陶しそうに眉を寄せて空を仰いだ。その態度を見て、長い髪をなびかせたティアが、彼の名を呼んだ。「ルーク!」と。しかし、それに眉を寄せて再び視線を下ろしたのは、誰だったのか。

「いやだから俺、アッシュだし!意味分かんないしお前ら!本当に脳みそイかれてんじゃねーの!?俺の話聞いてる?!ねぇ、誰かー!こいつらと話せる通訳呼んでー!!」

そう、親善大使一行が向き合っているのは、アッシュだった。赤い、とは言えないオレンジ色に似た髪を持っているアッシュだった。当然の如く、何も知らないアッシュが[戻って]きている親善大使一行と話が合うわけがない。そんなわけで会話がちぐはぐになっているのだが。理解出来るはずがない。だって、何故なら。

「いい加減にしろ、屑!何をいつまでも誤魔化してやがる!!」
「あれ?!何こいつら!本当に何言ってんの?!」


そんなくだらないやりとりも何のその、いい加減と疲れてきていた“リン”と“イオン”がため息をついた。その様子を、はらはらとしながらアニスが見ている。しかし、とアニスはため息をついた。確かに、赤い、オレンジにも見える髪を持っていて、アッシュと名乗っている人間が出てきたからだといって、[ルーク]だと思うのも無理はない。だけど、それがどうしたというんだろう。

(そもそも、アッシュが[ルーク]であるという決め手もないっていうのに)


そんなの、今の自分にはどうでもいいか、とため息をついた。未だ混乱するアッシュの声と都合のいいルークたちの声を耳に入れて、アニスは眉をしかめた。しかしそれがルークたちに見えることはないのだろうが。


「つーかお前らって親善大使一行じゃねーのかよ。何こんなところでふらふらと油売ってるんだ?」

鬱陶しそうに髪を掻き上げたあと、相手にするのも面倒だという視線を崩すことはなない。勿論、現段階でそのアッシュの言葉は正論だ、とアニスは思っていた。そもそもの話、アニスは口には出していないが殆どの者がこうして[戻って]きている。(ティアはアクゼリュス崩落後に思い出したかのように戻ってきていた。ガイも然りだ)

だとすれば、ヴァンの企みなんてものは調べることをしなくても分かり切っているはずだ。キムラスカに戻るなり、マルクトへ赴くなりは出来るはずなのに、何の躊躇いもなくベルケンドへと足を運んだ彼らに、もはやアニスはため息しか出なかった。


「わたくしたちはヴァン謡将の動向を探りに来たのですわ。油など売っておりません!」
「いやだったら髪くらい隠せよ。あ、俺もか!」

明らかにルークを見て言ったあと、自身の髪の色を思い出したのかアッシュは声を上げた。そろっとこの人たちのやりとりにも呆れてきた、とアニスがため息をついた時。ふと“リン”に服の裾を引っ張られて、一同の輪を少し外れる程度に距離が開いた。それに驚いたものの、声を出さずに振り返る。


「な、何…?顔が怖いんだけど、シンク」
「…アニス」
「は、はい!?」

思わず、一応上官にも当たる(それは地位的な意味でだが)シンクに敬語なしはまずい、と思い当ったのか、名前を呼ばれて反射的に声を返す。幸いにも他の人たちはアッシュに気を取られていて、アニスの声には気付かなかった。それでいのか、と少しアニスは思ったのだが。何故か、アニスの目に映った“リン”の後ろにいる“イオン”の表情がいささか怖い。

「もう我慢の限界」
「あたしだってもう帰りたいんだけど」
「そ、なら僕とリンは先に帰るよ」
「………ちょっと、もしかして…」

いい加減、“イオン”がキレそうだ、ということなんだろうか。これ以上アニスに何を言うわけでもなく、“リン”…もうシンクでいいか、とアニスは諦める。シンクはアニスを突き飛ばした。そうは言っても、距離が空いただけだが。

「ってことで連中の行動を逐一報告。よろしく」
「まじですか」

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