僕の背中を押す君の掌


そんなこんなで神託の盾騎士団の本部からラルゴとディストを半ば引きずる形で出て、今現在俺は教会の中にいる。教会に入ってすぐの広い場所の中央で何故かディストと共に正座をさせられている。その俺とディストの少し後ろで呆れたように頭を抱えているのはラルゴだ。何故ラルゴは怒られないのかが不思議だ。


なんでザレッホ火山に行くはずが教会のど真ん中で正座させられているのかというと、ザレッホ火山に向かうための秘密の通路へ行くために教会の扉をくぐった。

そしたら、そこで待ち構えていたのだ。被験者イオンであるリンとレネス・カンタビレが非常にいい笑顔で、腰に手を当てた仁王立ちの状態で。やられた、と思った時には逃げる暇もなく「そこに座れ」と言われて…今に至る。

「フレイ、なんで正座させられてるか分かっているか?」
「顔が!顔がこえーぞレネス!まさに鬼の形相…いやなんでもないです」

笑顔なのに目が笑ってない、という表情から「まさに今私、怒っています」というあからさまな表情に一変した。ものすごく睨まれている。7年間育てられたという経験があるせいか、レネスには逆らえないのが現状だ。

「ヴァンに術を使われて倒れたのは、まぁ仕方ない」
「そりゃそうだろーよ!あんなになるだなんて俺も思わなかったんだから!それで怒られたらほんとまじで理不尽極まりぬぇー!!」

リンの言った通り、どうやらシェリダンの港にレネスはいたらしい。俺の意識が完全になくなった時に現れたようだから俺が知らないのも無理ないんだけど。俺の叫びを聞いてか一瞬レネスの眉間に皺が寄ったのが見られたが、怒鳴られるようなことはなかった。

「第五音素に弱いことが分かっているのにザレッホ火山に向かおうとした理由は?」
「ちょっと待て、なんで知ってるんだ!」
「ディストから音素の意識集合体がいると思われるリストが来ていたからな。全く、絶対フレイには漏らすなと言っておいたのに…」
「ひぃっ!」

レネスの怒りの矛先がディストに向いた。突き刺さるようなレネスの視線にディストがびくっと震えるとそのまま縮み上がってしまった。…ああ、ディストがあんなにも場所を言おうとしなかったのはレネスに止められていたからか、と妙に納得した。

「…なんで俺より先にレネスにバラしてんだよ…」

ディストに悪いなー、と思うどころか逆に怒りが沸いてくる。自分でも理不尽だとは思うけど、レネスにバラしていなければこうして止められることもなかったのに。

「そうでもしないと一人で先走るだろ?僕やシンクが止めたところでフレイを止め切れないのは分かりきっていたしね」

俺の疑問に答えたのはリンだった。レネスの隣で食えないにこにことした笑顔を浮かべている。ちっと軽く舌打ちを零した俺は悪くないはずだ。舌打ちが聞こえてきたのかレネスには物凄く睨まれたが。

「誰が言ったんだ、それ」
「さぁ?誰だと思う?」

レネスに先に報告すればいい、だなんてリンは絶対に言わない気がした。シンクはともかく、リンに止められたらさすがの俺もザレッホ火山に行こうだなんて無茶なことは言わなかったからだ。

うーん、と首を捻ってそんなことを考えていたら、ふと思い当った。…シンクはともかく、ということはシンクが言い出したという可能性が一番高い気がする。思い当って顔を引きつらせながらリンを見たら、にこっと微笑まれてしまった。ちくしょう、あの反応はシンクで正解か。

「とにかく、契約者が誰であるのか確定している状況、もしくは該当すると思わしき人物を連れて来い。そうでなければザレッホ火山への立ち入りは禁止だ」
「どうやって契約者の検討つけるんだよ!!ふざけんな納得いかねぇ!!」

仁王立ちで俺を見下ろしてくれるレネスに思わず声を荒げながら立ち上がる。気分的にはすぐにでも第五音素の意識集合体と契約して、この不便な体とおさらばしたい。第五音譜術を食らっただけで倒れるとかマジで使い物にならない。

「お前はよほどあたしを怒らせたいらしいな」

ぴくり、とレネスのこめかみあたりが動くのが見えた。あ、やばいあれはマジギレする寸前だ。意義を唱えた俺が余程癪に障ったらしい。ピクピクと顔が引き攣るレネスの表情を見てさすがの俺もヤバい気配を感じ取った。ゆらりと揺れたレネスが腰に差されている剣の柄を握ったのが視界に映った。

「いや待てよマジで。そんなもんここで抜くなって!ほら、俺この間も倒れたばっかりだし…お前聞いてねぇだろ!!」
「この間倒れたばかりだと自覚があるのに危険個所へ足を突っ込もうとしていたのかお前は」
「しまったやぶ蛇だった」

鞘から僅かに抜かれた刃がキラリと光る。引き攣った笑みを浮かべて口からは乾いた笑いが零れる。そんな俺とレネスのやりとりを見ていたラルゴとリンがそっとその場から後ろに下がる。逃げる気満々だ。

「ちょ、お前らひでぇ!」
「酷いも何もフレイの自業自得だろう」
「ラルゴの言う通り。僕らまで被害被りたくないし」

申し訳なさそうな表情を浮かべているラルゴとは対照的に、リンはとてつもない笑顔を浮かべている。自業自得だと言われればそれまでなんだけど。俺が楽観しすぎているわけじゃなくて、ただ周りが過保護すぎるだけだ…と俺は思いたい。

「歯ぁ食い縛れ」
「完全に悪人の顔してんぞテメー!!」

完全に剣を抜いたレネスが悪人も真っ青な表情で俺を睨みつけてくる。仮にも可愛い弟(自分で言っておいてなんだがこの表現は非常に気色悪い)に向かってそんなことを言うだなんて、きっとこいつの血は緑色に違いない。だなんて現実逃避してみたものの、(物理的)制裁をされるのは目に見えている。待て、さすがの俺もマジギレしたレネスから逃げ切れる気がしない。

「そのくらいにしてあげたらいかがですか?」

突然聞こえてきた柔らかい声と肩に置かれた手に怒り心頭だったレネスの動きがピタリと止まった。あからさまに顔を引きつらせたレネスが振り返る。その背後に立っていた姿にほんの少しだけ安堵した俺とは対照的に、レネスはとても嫌そうな顔を浮かべていた。

「何の用だ、アスラン・フリングス」
「何の用だとは酷い言い草ですね。陛下にフレイに協力するようにと言われていますから。ここに居ても何の不思議もないでしょう?」

にこにこと笑顔を浮かべているアスランとは対照的にレネスの眉間には皺が寄っている。…あれ、なんだこの二人仲悪いのか?そう思わずにはいられない空気がその場に漂う。思わず俺が気を使ってしまう程度には険悪な雰囲気が漂っている。なんだこれ怖い。

「つーかアスラン、和平会談に出てたんじゃ…」
「カーティス大佐が出ているのに私が行く意味もありませんからね。領事館に少し用があっただけですよ」
「あ、ソウデスカ…」

レネスに(物理的)制裁を加えられなかっただけ助かったとは思うけど、その代償がこんな重々しい空気だなんてとても予想出来なかった。マジでこの二人仲悪いのか。

アスランの姿を見た途端にやる気を失くしたのか、レネスはその刀身を鞘に納めていた。先程まで悪人も真っ青な顔つきをしていたその表情も少しだけ和らいでいる。

「貴様が甘やかすからこの愚弟がますます付け上がるんだ」
「子どもは甘やかしてこそだと思いますけれど」

至近距離で片や笑顔、片や険しい表情のまま何やら俺にとってとても居心地の悪い会話をしているのが聞こえる。やめてくれ、なんだか居た堪れないその会話。

「要するにどっちもフレイに対して過保護なだけだろ…」
「俺たちに言わせればどっちもどっちだ。お前も含めてな」
「何か言いたそうだねぇラルゴ」
「本当のことを言ったまでだ」

リンがぴくりと反応したラルゴの言葉に、思うところがないわけではない。ラルゴの言った「俺たち」にシンクやアリエッタが入っていないことは何となく分かった。けれど、うん。

「…いや、マジで…、そろそろ子ども扱いやめてくんない…?まじで居た堪れないんだけど…」

要するに俺が余計な思考にとらわれて突っ走らないかが心配なただの過保護の集まりだ。その度合いはどいつもこいつも過剰なくらいで、その表現方法がそれぞれ違うだけだ。表現ですら過剰だと思うけどな!

「あー…と、ところでアスラン、何か用があったんじゃないのか?」
「ああ、そうでした」

レネスと睨み合っていたアスランがふと思い出したように俺の方へと振り返る。その表情は先程よりも怖くはない。

「二日後、ロニール雪山でパッセージリングへの書き込みをしたのちにすぐにアブソーブゲートへ向かって降下作業を行うと連絡が」
「……あのさぁアスラン。お前、まさか知ってたんじゃ…」
「さぁ?何のことでしょう」

にこやかに俺の疑問に対して白を切るアスランに表情が引き攣る。その連絡、誰から貰ったのか聞きたいがとてつもなく聞きたくない。ピオニー陛下からの連絡ならあの人のことだ、アスランなんか使わずに俺を呼び出すくらいのことはしそうだ。かといってあいつらと一緒にいるイオンやアニスがわざわざアスランを使うってことも考えづらい。

(…つーことは、まさかとは思うけどあのアスランの反応…。わざわざ情報漏らさなくたって予測くらい出来るわあのアホ被験者…)

「で、これからどうする気だフレイ」

呼ばれた名前に引き攣りかけていた表情を戻す。先程までの殺気に満ちた表情から怒りの感情が抜け落ちていつもの表情に戻ったレネスと視線が合う。さっきまで散々俺に(物理的)制裁を加えようとしていたにも関わらず、こっちの状況も考えてか意見を求めてくる姿になんとなくため息を零した。

「とりあえず、ラジエートゲートに向かうか。さすがにルーク一人で降下作業させるには負担がでかすぎるし…」
「ちょっと、それついこの間倒れた奴が言う台詞じゃないと思うんだけど」
「黙れちくしょう」

どことなく険しい表情でリンに指摘された。言われなくたって分かってる。俺の言い分も分かるのか、それでも複雑な思いでもあるのかレネスとアスランが同時にため息を零しているのが見えた。変なところで息が合うんだなあの二人…

「……それじゃあフレイはシンクと一緒にカイツールで待機してなよ。あそこが一番ラジエートゲートに近いだろ」
「いやリン、お前何考えてんの?」

ほんの少しの間考え込むような仕草を見せたリンが有無を言わさない口調で俺に言い放つ。なんだか企んでいそうなその口ぶりに口元が引き攣った。

「フレイが多少休めるようにしようかと思って」
「企んでる内容を言えよ!!それじゃわかんねぇだろ!!」

詰めよって胸倉を掴み揺さぶってみるが「はははは」と笑いを零すだけで、何を企んでいるのか説明はしてくれる様子はない。休めるように、ということはあいつらの足止めでもする気なんだろうか。俺に胸倉を掴まれた状態のまま、リンはレネスとアスランの方へと視線を向ける。

ちょっと待ってくれ、そのコンビは何やら嫌な予感がする。

「カンタビレとアスランさ、こいつについて一緒にカイツール行ってよ。ああ、あとあれ。シンクもつけるから4人でラジエートゲートの方、ヨロシク」
「……おいこら待てっつってんだろ」
「一人で突っ走る気満々のフレイには良い牽制してくれるメンバーだと思わない?」

にこやかに言い放たれた言葉に、ピシリと体が固まる。引き攣った顔と動きが止まったその俺の態度がリンの言っていることを肯定している証拠になるんだけど、引き攣った口元から言葉にならない言葉が漏れる。

「ふむ、フレイの動きを封じるにはいいメンバーだな。シンクが苦労しそうではあるが」
「随分楽観的に言ってくれんじゃねーか…」
「俺には関係ないからな。これを機に無茶をするのをやめることだ」

がしっと頭を掴まれてラルゴに撫でまわされる。…だからその子ども扱いはやめてくれといつも言っているのに。

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