幾つかの仮定と少数の現実


開口一番、

「何をしているんですかあなたは!!バカなんですか!?…ああ、そういえばバカでしたね…」

だなんて罵られたら、さすがの俺でも吹き飛ばし効果Maxの烈破掌をディストの顔面にお見舞いしてしまった俺はきっと悪くねぇ。趣味の悪い研究室の荷物を吹き飛ばすほどの勢いで壁に激突し、めり込んでいるディストは完全に気を失っているけど俺は悪くねぇと胸を張って言える。

「いや、フレイが悪いと思うぞ」
「うるせー!わかってるっつーのただの八つ当たりだ!」

ラルゴが呆れた顔でため息を吐きながら壁にめり込んでいるディストを見ている。完全に八つ当たりだという自覚はあるが、ディストの言い方がとてもムカついたので八つ当たりをした俺は悪くない。……はずだ。


ベルケンドでルークと会話したあと、さっさと寝たふりをして一人で抜け出してきた。俺が倒れたことで過保護になっていたリンとイオンとフローリアンとアニスには何も言わずに、一人で抜け出してきた。心配性なあいつらが悪い。…あとで怒られることはもう確定な気がするが。

そんなこんなで船を使えばすぐに追いつかれてしまうから(誰にって、リンたちにもそうだけどルークにも、だ)アリエッタの魔物を使って早々にダアトまで戻ってきた。


…だというのに、誰に聞いたのか俺が倒れたということを知っていたらしいディストに神託の盾本部に着いた途端に捕まって、研究室まで引きずりこまれ冒頭に至るわけだ。

「たく、もう大丈夫だっつーの。ほんとお前ら心配しすぎ」
「それでリンを置いてきたのか…度胸だけはあるな」
「今怒られてる時間がもったいないだけだ」

今頃ベルケンドでは大騒ぎだろうな、ははは。


なんて軽く笑えば「笑いごとでは済まされないぞ…」とラルゴが呆れている。どうせどっかで合流するんだ。さすがに今、シンクに会うのは怖かったからシンクのいると思われる部屋のあたりには一切近づいたりしなかったわけなんだけど。

「ところでディスト、さっさと起きろよ。聞きたいことがあるんだ」

引きずり込まれてすぐ、身体検査はしてもらって異常がないことは分かっていた。元気だと数値的にも示されたのに小言を言われればさすがに八つ当たりもしたくなる。

自分が吹き飛ばしておいて、「起きろ」だなんて随分と理不尽なことを言っている自覚はあるけれど。俺がそんな性格だと知っているせいかディストはぶつぶつ言いながらもめり込んでいる壁からパラパラと残骸を落としながら立ち上がった。さすがはゴキブリ並みの生命力の持ち主。

「理不尽極まりないですよ…本当に誰に似たんだか」

ぶつぶつと文句を言ってるけど、完全に聞こえてるから。誰にって言わなくても分かるだろうに。

「それで?なんですか?」
「リグレットから連絡言ってるかもしんねーけどさ、音素の意識集合体と契約してて。どっかそいつらが現れる場所に心当たりねーかなーと思って」

リグレットが連絡を入れると言っていたから知っているはずだ。その証拠に、ディストの表情が徐々に曇り始める。しばらく俺と見つめ合ったあと(別に見つめたいと思って見ていたわけじゃないんだけど)、あからさまにぎこちない動きで視線を逸らしやがった。

「こ、心当たりですか…。ちょっと、それは、あの、あれですね。各地の音素計測をしてみないとなんとも…」
「知ってるな?」
「いえ、ですから、」
「知ってるなら吐けよ」

顔を逸らして、誤魔化そうとするディストに笑顔で詰め寄る。ただし目は笑ってない。じりじりと詰め寄りながらも笑顔を崩さない俺の表情を見てディストの顔色が悪くなってくる。そばで見ているラルゴは止めに入ろうかどうしようか迷っているようだが、俺の様子からして黙っていることにしたのだろう。特に何も言ってはこなかった。

ディストはついに壁際まで追い詰められてしまい、逃げ場がなくなる。一度後ろの壁に振り返ってから、目の前に迫っている俺の顔を見て疲れたように深くため息を零していた。

「分かりました、分かりましたから離れて下さい」
「最初から言えよ」

ディストの様子に納得して、にこにこと笑顔を崩さないまま離れた。ゴミだかガラクタだか分からない研究の成果をかき分けて、書類の山が積み重なっているソファーの上に腰かけた。もちろん、ソファーの上の書類は全て床に放り投げたが。

「…誰に口止めされていたか知れば、あなたも真っ青になると思いますが…」
「ん?何か言ったか?」
「いえ、別に」

俺の方を見て、小さく呟いたディストに首を傾げる。問い直してみたところで呆れたように返されてしまったから多分言っても無駄だと思ったんだろう。なんだよ、そこまで言ったなら気になるから言えばいいのに。

「リグレットに言われてすぐに調べてありますよ。見ますか?」
「おー、見たい見たい!さっすがディストー!」

仕事の早いディストに嬉しくなって、差し出された資料を片手に笑う。ディストはどことなく居心地が悪そうだったが、今はそんなこと気にしている場合ではない。もらった資料に目を落としながら、音素の意識集合体がいると思われる場所を頭に叩き込む。

「ウンディーネがグランコクマということは、光の都バチカルには第一音素の意識集合体であるレムがいるでしょうね。あとは恐らくパッセージリングがある近くの可能性がありますね」
「パッセージリング?…ああ、音素濃度高いもんな…」

ザオ遺跡に[前回]音素の結晶ができていたことを思い出す。音素の結晶ができるということはそれだけ固定の音素濃度が高いことを表す。ディストの言っていることは一理ある。

「だとすれば、ザオ遺跡またはメジオラ高原に第二音素意識集合体のノームが、タタル渓谷には第三音素意識集合体のシルフ、…第五音素意識集合体のイフリートはザレッホ火山にいるでしょうね。予測が出来ないのは第六音素意識集合体のシャドウですね…」
「なるほど。しかし恐らく今まで行ったことのあるところにいるのは間違いないだろうな。ラジエートゲートやアブソーブゲートという可能性はないのか?」
「その可能性も否定できませんね。シャドウについては各地の音素計測を行って調べてみないとなんとも…」

ラルゴの言葉にディストは頷く。確かにあの二点、ラジエートゲートとアブソーブゲートはプラネットストームの起点と終着点になっている。そう考えると音素が溜まり易い場所でもあるので意識集合体がそこに存在していても不思議ではない。


けれど、それにしても引っかかるのは光の都バチカルにいるとディストが辺りをつけたレムの居場所についてだ。確かに第一音素の意識集合体、司る属性は光だ。だから光の都にいるというのも、理解できる。

でも、もう一つあるんだ。光の名前がつく場所が。それを考えて自然と表情が険しくなる。

「フレイ、どうかしたのか?」

心配そうにラルゴが顔を覗き込んできた、その声にはっとして顔を上げる。どうやらかなり険しい表情をしていたようだ。「なんでもないよ」と誤魔化して笑うが、不思議そうにラルゴは首を傾げていた。

これ以上考えていると、思考がまずい方向へと沈んでいくような気がした。その考えを振り払うように首を横に振る。そうしてからもう一度もらった資料に目を落とす。

「…ここから近いのはザレッホ火山だな…」

呟いた俺の言葉に、ぎょっとしたようにラルゴとディストが俺に視線を向けてくる。イフリートがいるかどうか、確認のために行ってみたいとは思うが契約者が誰だかわからないと行っても無駄足になってしまう。

特に今の俺の場合、第五音素には過剰に反応してしまう。第五音素の濃度が高いザレッホ火山に行くだけでもかなり負担になるのに、行ってみて無駄足になってしまったらマジでいろいろな人から怒られる気がする。

「ま、まさか行ってみようとか言うんじゃありませんよね?」
「え、」

ディストの言葉に思わず硬直してしまう。俺の考えていたことを的確に言い当ててしまったためかなり居心地が悪い。そして唐突の問い詰めに言葉に言葉を失ってしばらく返事に困ってしまったのもいけなかったのかもしれない。

「………フレイ、」
「いかねぇって!ラルゴそんな顔するな!マジで!」

呆れたような顔をされてしまった。俺が今、第五音素に弱いということを知っているからこその反応だということは痛いほどわかっていたけれど。


なんかそこまで心配されると、とっても反論したくなる。ザレッホ火山くらい余裕で行ける、とか思ってしまうから人間て不思議だ。

「…いや、ちょっとだけ。ちょーっとザレッホ火山の入り口あたりに行ってみるだけ。ほら、今の俺がどこまで行けるのかなと思って」

少しばかり引きつった笑顔を浮かべながらそう捲し立ててみたものの、苦い顔のディストとラルゴは変わらない。

「……行くよな?」

引きつった笑顔のまま、言葉は強く言い放つ。拒否するならば一人で行く、と匂わせたこの言葉に二人が拒否できるはずがないのも分かってていうんだから、俺も大概性格悪いよなぁ…。

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