深淵へといざなうコエ
ちかちかと暗闇のなかで何かが光った。う〜ん、となんとも間抜けな声を口から漏らしながら瞼を何度か動かす。あ、そうだ。どこかで感じたことある光だとは思ったけど、この光は第七音素の光だ。
あー、さっきまで第五音素に晒されていたから、この第七音素の光が心地いい。もうちょっと寝てようかなぁと思った、その次の瞬間。
「いい加減起きろこのバカ!!」 「い…っ!!!?」
頭を重たい何かで殴られた、その衝撃で起き上がる。ずきずきと鈍く痛む頭を抱え込み蹲る。涙が目尻に浮かび、少しだけ歪んだ視界の中で今自分がいるのがベッドの上だということだけが理解出来た。
「…やっと起きた。ほんっと、バカじゃないの」
耳に飛び込んできた声に、聞き覚えがあった。涙を目に浮かべながら痛む頭を抑えたまま声のする方へと視線を向ける。そこには呆れたような、安心したような表情を浮かべたリンが立っていた。…その片手に分厚い本を持ったまま。
「まさかとは思うが、お前それで殴ったんじゃ…」 「これで殴ったに決まってるだろ。何日寝てるつもり?」
肯定されて、リンの手の中にある本をじっと見つめる。何ページあるんだ、と聞きたくなったがその分厚さに聞くのも躊躇われる。そんなもんで殴るなよ、と言いたい。呆れたようにため息を吐きながらその本を後ろに放り投げる。ドサ、とかなり鈍い音が部屋に響いた。
「…あれ、そういやここどこだ?」
そこで改めて、今の現状に目を向けた。知らない…とはいえ、どこか見覚えのある既視感を抱く部屋。室内にはベッドとテーブルとイス、それから本棚と随分簡素だ。
「タルタロスだよ。覚えてないの?」 「タルタロス…?」
なんでそんなところで寝てるんだ、と聞きたいが。じっと睨みつけてくるリンの視線にそれも怖くて出来なかった。仕方ない、自分で考えるか。
最後の記憶はシェリダンでヴァンと対峙していたところで途切れてる。確か、フローリアンが操られて剣を向けて来て…、と。そこまでしか記憶がないことに気付いて思わず苦笑を零した。
「…やべぇ、覚えてない。フローリアンが来たところまでは覚えてんだけど…」 「はぁ…。本当、そんなことなら契約全て終わるまでダアトに引きこもってて欲しいくらいなんだけど」
リンがぽつりと何かを呟いたのが耳に届いた。あまりに小さすぎる言葉に何を言っているのかよく聞き取れなかったけれど、あまりよくない言葉だったに違いない。リンの険しい表情がそれを物語っている。
聞き取れなかった言葉に首を傾げていると、呆れた表情のリンが真っ直ぐに俺を見つめてきた。その視線が若干…いや、かなり怖い。これは確実に怒ってる。
「フローリアンとヴァンに第五音譜術使われて倒れたんだよ」 「……げ。覚えてねぇってことは結構ヤバいじゃんこれ…」
意識がぶっ飛ぶ程の威力だったんだろうか。リンが怒っている理由が分かった気がして思わず顔を顰める。さすがにそこまで影響してくるとは思わなかった。楽観視していたのは認めよう。
「フレイが倒れた後にカンタビレが来てヴァンを引き受けてくれたよ。フレイを連れてタルタロスに乗れってね」 「まじ?いつ戻ってきたんだ…?バチカルには間に合わなかったから来ないかと思ってたのに」
心底嫌そうな顔を表情に浮かべて、苦々しく吐き零す。まさか戻って来れるとは思ってなかったのだ。いや俺が探せっつったんだけど、辺境に飛ばされた挙句に、どこに飛ばされたのか公的書類が全て消滅していたから見つけるのはかなり至難だと思ったんだけど…さすがシンクだな。
…で、つまりレネスは俺が倒れてる場面をばっちり見てるわけだ。これは戻ったら絶対に殺されるやつだ。やばい、物凄く帰りたくなくなってきた。
「ま、せいぜい一人で突っ走ったことを後悔してな。あとでこってりカンタビレに怒られるんだね」 「…で、なーんでリンはここに居るんだよ。メジオラ高原はどうした」
怒られるのはもう決定事項だから、今更リンの言葉に反論したりはしない。それよりこいつ、俺の命令無視しやがったな。本来はこいつが導師だから立場は上なんだけど、今は導師をイオンに譲ってる状態だ。つまり俺の方が階級は上。
「解除済みだよ。だからシンクを問い詰めて作戦を聞き出したってわけ。アイツも心配してたしね」 「……やってくれたな」
つまり、何かあったときのための保険としてリンをルークたち側に入れ、カンタビレを呼んだということだ。それに気付かずに「一人で気楽にやるかー」とシンクの読んだ通りの行動をした俺、と。でもまさか第五音譜術を使われて倒れるだなんてことまでシンクが読んでいたとは思えないけど。
「現状は?」 「……タルタロス出港から9日…いや、もう10日目になるかな。もうすぐアクゼリュスから地核に入るよ」 「いや待てよ。俺、10日も眠ってたことになるのか?」
リンの痛い視線が突き刺さる。これはかなり怒っているけど、俺だってそんなに寝込むほどになるとは思わなかった。頭を抱えてその事実にへこむ。これは迂闊に術を食らったり出来ない。いや、ていうか詠唱をし音素を集めるという行為だけでも十分にヤバい気がする。詠唱が始まった途端に昏倒させるとか、詠唱を止めないとまずいということが判明した。わー、とっても戦いづらい。
「あんまりにも起きないから死霊使いが検査するって言い出してね。そんなことさせるわけにはいかなかったんだけど…背に腹は代えられなかったし」 「はぁ!?まさか頼んだんじゃねーだろうな!」 「そのつもりだったんだけどね。…予想外のことが起こったから、検査はされてないよ。安心していいんだか悪いんだか…」 「はぁ?」
リンが引き攣った表情で零した言葉の意味が分からずに、首を傾げる。それ以上話すつもりはないのか、何を聞いてもリンは「言いたくない」の一点張りだった。いや、それこそ気になるんだが。
気になりはするものの、リンが口を割らないとなると恐らく誰に聞いても無駄だろう。ジェイドに検査されてないという事実だけありがたく貰っておいて、このことは綺麗に忘れよう。
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