「あー…やべぇなんだこの第七音素の量。やばい幸せ」
「ちょっと、その発言かなり危ないからやめてよ」

10日もぐっすり眠っていたから、すっかり体が鈍ってる。部屋でごろごろとしている間に地核に突入したようだ。かなりの衝撃でタルタロスが揺れたのを感じた。どこかに掴まってなければならないほどの衝撃だったけど。

地核に入ったことはすぐに分かった。ローレライが地核にいるせいか、第七譜石が地核にあるせいか。地上で感じる第七音素よりも量が多い。さっきまで倒れてたせいか、その光がやけに心地よかった。

「つーか、艦橋行けばよかったんじゃねーの?なんでわざわざ格納庫で待ってなきゃいけねーんだよ」
「僕はあいつらと慣れ合う気はないからね」
「いや、言い過ぎだろ」

あいつらと一緒にいるイオンの身にもなれよ!と、言ってやりたいがリンなら「僕には関係ないしね」とにっこり言いそうだ。さすが被験者イオン様。

俺とリンがいるのは、地核からの脱出のためのアルビオールが置かれている格納庫だ。格納庫の中央に二人して座り込んでルークたちが来るのを待っている。その様子はなんともシュールだけど。

「あーーーっ!!」

随分とまったりしていた時、突然格納庫に幼い声が響いた。耳の奥に響くような高い声に思わず顔を顰めて、リンと同時に格納庫の扉の方へと振り返る。入口の方から緑色の塊が物凄い速さでこちらに突っ込んできた。

「ぐはっ…!」

それは真っ直ぐに俺の方に向かってくると、腹に向かってタックルを噛まして来た。正確に言えば抱きついてきただけなんだけど、その勢いがかなり凄くて後ろに倒れそうになるのをなんとか踏ん張る。

「フローリアン、」

視線を下へずらせば、ぎゅうっと抱きついてくる緑の塊の正体に気付いた。顔を見せないようにか、ぐりぐりとその顔を押しつけてくる。

「うう〜…フレイ〜」

ずずっと鼻を吸う音が聞こえた。声からして、あーこれは泣いてるなぁと察して苦笑する。あの場所からフローリアンも一緒に連れてきていたのかと今になって気付いた。そりゃそうだよな、あそこにフローリアンを放置してくるなんて真似をリンとイオンがするわけない。

「おかえり、フローリアン」

泣きそうな声を聞いて、笑いながらその頭を優しく撫でる。余計にフローリアンが顔を押しつけてきた。おいこら、鼻水を付けるな。

「ごめんフレイ…、まさか髭に捕まるとは思わなくて」
「こういう時くらいちゃんと名前呼んでやろうな?」
「絶対ヤだ」

今のは完全にシリアスなモードだっただろ。苦笑しながら言ってやると、フローリアンが涙を拭って、にっこりと笑顔を作っていた。いつものあの悪戯でも考えているような笑みに調子が戻ったようで安心した。

「感動の再会はいいですけれど、脱出をしないと間に合わなくなりますよ〜?」

気の抜けた、そんな声が聞こえてきた。それに顔を上げるとフローリアンと一緒に格納庫へ入って来たのだろう。放置されてなんとも言えない顔をしているルークたちが目に入った。多分今、こちらに声を掛けてきたのはジェイドだろう。

「…つーか、全然状況把握してねぇんだけど俺。これ、どういう状態?」

地核振動制止作戦の詳細を知ってます、だなんて言うわけにもいかずに。未だに抱きついているフローリアンの頭を撫でながら、訳が分からないという表情を作って首を傾げた。何故か、俺のその仕草を見てルークが顔を顰めていたけれど。

「それはここから出てから説明しますわ!」
「そうね、ここに取り残されるのはごめんだわ。早くアルビオールに乗って脱出しましょう」

ナタリアとティアがそう言って早くアルビオールに乗るように促してくる。うん?前よりもなんだか対応が柔らかくなってる気がするのは気のせいだろうか。シェリダンでヴァンと対峙していたのを見られてるから、敵ではないと思われてるのか…。

なんとも言えない表情を浮かべている俺を見て、呆れたようなため息が聞こえてきた。恐らく眉間に深く谷を作っているルークのため息だろうが。

「大丈夫ですよ、フレイ。ほら、行きましょう?」

見かねたイオンが俺の傍まで駆け寄り、手を握ってきた。いつになく心配そうな表情で、随分と心配をかけたんだなぁと今更ながらに苦笑する。

ま、確かに俺だって地核には取り残されたくはないのでイオンのその申し出に首を縦に振って頷いた。いつになく素直な俺の態度に何か思うことでもあるのか、ジェイドが顔を顰めているのが視界の隅に映った。

「ならほら、早く行こうぜ」

こっち、とアルビオールの方へとガイが先頭に立ってみんなを誘導している。真っ先に駆け出したのはアルビオールの操縦士のノエルだった。ノエルは俺の横を通り過ぎるときに目を合わせてにっこりと笑て、アルビオールへと乗り込んで行った。なんだ、その意味ありげな笑顔は。

そのあとに続いてティア、ナタリアと続いて走りながらフローリアンがアルビオールへと駆け寄って行く姿を見る。足を動かそうとするけれど、どうしてか足はその場から動かずにいる。

「フレイ様?」
「ん?」
「行きますよ?」

アニスが心配そうに下から顔を覗き込んできた。それに「ああ…」となんとも気の抜けた返事を返すと、その声に続いて動くわけでもなく格納庫から見える地核の様子をじっと見つめた。アニスが俺の様子を不審がっているが、先にイオンが歩き始めたのを見て慌てて追いかけていった。

「…なぁルーク」
「なんださっきから。気色悪い」
「黙れぶっ飛ばすぞ」

イオンとアニスが通りすぎて行ったのを見計らった頃に後ろから近付いてきたルークに声を掛ける。気色悪い、とは随分酷いことを言われているが様子がおかしいことを指摘されてる。もしかして心配されてる?それこそなんだか気持ち悪い。うん、というか気色悪い?なんだろうなんか居心地が悪い。

「…なんか変じゃないか?」
「お前の態度の方がよほど変だ」
「違う、なんだこの感じ…。前に、どこかで…」
「フレイ?」

呆れたように返すルークを無視して、一人で思考に更け込む。その様子に違和感を覚えたのかルークが名前を呼ぶ声が聞こえたが、それも無視。

地核をぼうっと見つめるとキラキラと光る記憶粒子の波が見えた。それとは別に、違う光の流れが見えた気がした。倒れてここで目覚める前に瞼の裏で見えた第七音素の光と酷く酷似していた、それ。

「第七譜石…、違う。あの気配は…」

ローレライ、だ。



その名前を誰にも聞かれないように小さく呟いていたのは、無意識なのかもしれない。俺自身は口から出したつもりはなかったのだけれど、すぐ近くにいたルークが目を丸くしているのが見える。口を滑らした、と思ったのはその時だ。

「お前…っ!」

ルークが丸くしていた目を見開いたかと思えば、その目は鋭く細められていて。真っ直ぐに射抜くように痛いほどの怒りを込めた視線を送って来た。それに気付かないふりをしてアルビオールに向かって歩き出そうとルークに背中を向けた。

「待て!」

がし、と肩を掴まれて無理に方向を転換させられそうになる。それを何とか踏ん張ろうと足に力を入れたが、それも叶わなかった。


ふらり、と。唐突に眩暈を感じて。何もなければ踏ん張れただろうが、ルークに肩を掴まれて方向転換をさせられそうになっていたその状況では踏ん張ることも出来ずに体が傾く。ぽすん、と間抜けな音を立ててルークの肩にぶつかった。

「わ、るい…意識が、」
「は?ちょ…っ、おい、フレイ!」

顔を上げた瞬間にとてつもなく嫌そうなルークの顔が見えたが、それどころではなかった。軽く謝って、意識が飛びそうなことだけを伝えるがそれ以上のことは伝えられそうにない。おい、俺は病弱なんかじゃねぇぞ。なんだって最近こんなにも倒れることが多いんだ、くそ。内心で舌打ちを零しながら愚痴を漏らしていたけれど、それは実際に口に出ることはなかった。


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