走って見上げて息を呑んで


港に足を踏み入れた瞬間、見えたのは術を放つフローリアンと同じように術を放つフレイの姿だった。けれどそれを認識したときには二つの術がぶつかったところで、粉塵が辺りを舞いロクに状況が判別できない。

ジェイドが第三音素を使い風を起こして粉塵を吹き飛ばしたあと、ヴァンと対峙するフレイの姿が見えてリンの顔から血の気が引いた。ヴァンが使おうとしている術が、第五音素を使ったものだったからだ。

「フレイ!」

慌てたように名前を叫ぶが、遅かった。その言葉が耳に届いたのかどうか定かではなく、フレイの体が傾く。その手から剣が滑り落ちて体が地面に倒れる。それが完全に地面に倒れ込む前に、リンの横を紅い何かが通りすぎていった。

「断罪の剣よ、七光の輝きをもちて降り注げ」

リンの横を走り抜けて行ったルークが、フレイに振り下ろそうとしていたヴァンの剣を己の剣で受け止めていた。それと同時に、どこか懐かしい声がリンの耳に入ってくる。状況が掴めずに慌てて港の入口の方へと振り向けば、長い間見ていなかった顔がそこにあった。

「プリズムソード」

冷たい声で容赦なくヴァンに術を放つ。唐突に現れた上級譜術にヴァンもルークから剣を引くとその手から第五音素を霧散させ、その場を飛び退く。もう少し遅ければ譜術はヴァンを直撃していただろう。ルークとフレイからも、リンたちからも距離を取ったヴァンは忌々しそうに顔を顰めていた。

「酷いじゃないか、ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ。私の可愛い弟を苛めるだなんて」

にやり、とその表情に笑みを浮かべてその人物が港の入口から足音を響かせながら集団へと近付いてきた。見覚えのあるその姿にリンは驚いて目を丸くしているが、隣にいるイオンはそれが誰だか分かっていないのだろう。不思議そうに首を傾げていた。

「…カンタビレか。辺境へ異動になったのでは?」

忌々しそうにヴァンがそう吐き捨てた。リンからイオンへの導師の仕事を引き継ぐ、ほんの少しの空白期間。その期間に勝手にヴァンとモースが導師派で邪魔だと判断したカンタビレを辺境へ左遷していたのだ。その事実にあとから気付いたリンがシンクにやつ当たりしたのは懐かしい思い出だ。

「あんたが勝手に左遷したんだろう。…<導師勅命>を受けて先日ダアト勤務に戻ったよ」
「…え?」

イオンがきょとんと首を傾げているのが見えた。そんな命令を出した覚えがイオンにはないのだろう。けれど、リンにはそれがどういう意味なのかすぐに理解した。カンタビレのことを知っていて、必要だと呼び戻した人物。なおかつ導師勅命だなんて真似が出来るのは、シンク一人だけだ。

「あんたの相手は私だよ。可愛い弟に手ぇ出してくれて…たっぷりお返ししてやるよ」

ニヤリと悪い笑みを浮かべながら、するりと腰に差されている剣を抜いた。ちらりと背後に倒れるフレイの姿を見たカンタビレは、そのまま冷たく鋭い視線を真っ直ぐにヴァンに向ける。

「あんたたち、早く行きな」
「待って、けれど!」
「安心しな。アイツに頼まれてここに来ただけだ。その愚弟を連れてさっさと行け」

ヴァンはリンが被験者イオンだということを知らない。焦るように声を張り上げたリンに、正体が気付かれないような口調でカンタビレが返す。この場にフレイを残して行くことが正しいことではないことは分かっていたけれど。どうしてもフレイをルークたちと行動させるのは不安があった。

リンが言い淀む間にも事態は進展していく。フレイが意識がない間に連れて帰りたいヴァンはすぐさま動き出した。当然のようにカンタビレがそれを阻止したことで、二つの剣が交わる音が響く。忌々しそうに吐き捨てたヴァンの舌打ちが耳に響いた。

「リン!行きますよ!」

イオンが咄嗟にリンの手を引く。そのまま引きずるようにしてタルタロスへと駆け出した。カンタビレから視線を逸らすと、倒れたフレイはガイが抱えるようにして連れているのが見える。ぐったりとしていてその表情は見えない。

「……っ、ああもう!自分で走れる!」

苛々したその感情をどこにぶつけたらいいのやら。リンが想定していたよりもヴァンはフレイにこだわっている。それはここにいるルークもそうなのだろうけど。長く傍にいたが何も知らない自分よりも、シンクが立てた策の方が有利に働いてるその事実にさらに苛々してしまって。

繋がれていたイオンの手を弾き返して走る。そんなリンの感情を読み取ったのか、イオンが小さく苦笑していたのが見えてしまって。リンが「笑うな」と理不尽にイオンの頭を叩いていた。


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