ルークたちが作戦を開始する前から、港を張っていた。もちろんキムラスカ軍と共に。その中で現れた魔物とヴァンの姿に、やっぱりなと少しだけ肩を落とした。俺の姿が見えるとヴァンはキムラスカ軍を魔物に襲わせ、真っ直ぐに俺の方へと向かってきた。

…そこまでは別によかったんだ。ヴァンなんて大したことねーしははっとか思ってたのは事実だし。


「……随分と卑怯な真似してくれんじゃねぇか」

自分が思っているよりも低い声が出た。こんな低い声が出るとは思わなかった。なんて考えるのは軽い現実逃避だ。

「お前が裏切るのは分かっていたからな。こうする方が効果的だと思ったのだよ」
「裏切るだって?俺はそもそも導師派だ。お前の言うことなんか聞くわけねぇだろバーカ」

剣を握ったまま軽口を返す。イオン(被験者の方)とかなり仲良かった挙句に、第六師団という場所に配属された時点で、俺がヴァンに靡かないことなど分かっていただろうに。それともなんだ、レプリカは作った人に懐くとでも思っているんだろうか。馬鹿にしてる完全に。

「余所見をしていていいのか?」

楽しそうな声が聞こえて、はっとなり振り返る。同時に剣を顔の前で構えていたところにキンっと高い金属音が重なった。振り下ろされた短剣を持っている剣で弾き返すと、攻撃を仕掛けることも出来ずに襲ってくる短剣の斬撃を交わすだけに留まってしまう。

だって、攻撃なんて出来るわけがないんだ。

「くそ…っ、おいフローリアン!お前ふざけんじゃねぇぞここまできて!いい加減正気に戻れ!」

そう、俺のことを攻撃してるのはフローリアンだ。一体どこでヴァンに捕まったのか、アクゼリュス崩落後から姿が見えなかったフローリアンはヴァンの手に堕ちていたようで、催眠状態になっているのか暗示がかけられているのか。その瞳は昏く淀んでいるように見えた。

だからこそタチが悪い。フローリアンがそこまで戦闘に特化していたとは思えないが、そこはさすがあの被験者を持つだけある。短剣の扱いにプラスしてダアト式譜術までぶっ放ってくる始末だ。元々ダアト式譜術はそこまで得意ではないのだから、負担が大きいはずなのに。


「業火よ、焔の檻にて焼き尽くせ」

途端に、第五音素が集まっていくのを感じた。目の前に振り下ろされる短剣から逃げるように距離を開けて、その場に膝をつく。耳に聞こえた詠唱は、間違いなく第五音素系統の術の詠唱だ。

ああ、ちょっと待て、その術はまずい。まじでヤバい。

「くそ…っ、凄烈なる棺に眠れ!」

ここで第二超振動を使うわけにはいかないということはよく分かってる。フローリアンの登場でいつルークたちがここに来るのか、分からないのだ。どれだけの間フローリアンに話しかけているのか、もう分からない。咄嗟に第四音素を集める。音素の結晶体であるピアスが冷気を発しているのか、耳が冷たい。

「イグニートプリズン」
「フリジットコフィン!」

同時に第五譜術と第四譜術が発動する。

ヤバい、と感じたのは俺の術が完成した時だ。正直に言おう、不純物のない濃度の高い音素の結晶体を身に着けているせいで譜術の威力が上がるということをすっかり忘れていた。しかも俺が放ったのは威力が増している第四譜術だ。

爆発するように二つの譜術がぶつかった。俺の術の方が威力が勝っていたようで、辺りに冷気が舞う。

「な…っ!なんだこれは!」

違う声が聞こえてきた。二つの譜術がぶつかったせいで辺りに煙が舞っていた。はっきりしない景色の中、突然聴こえた声がルークの声だということだけが認識出来た。

「…や、べぇ、なんだこれ…」

膝をついた状態で譜術を放ったので、咄嗟に聞こえたルークの声に立ち上がろうと力を入れた瞬間、足から力が抜ける。ふらりと感じた眩暈に抗うことが出来ずにそのまままた膝をついてしまった。倒れないように剣で体を支えているが、どうにもいかない。

「ふむ、なるほど。お前の弱点は第五音素か」
「……んなわけねぇだろ」

ほんとうに、近くからヴァンの声が聞こえる。顔を上げてその姿を探そうとするが、眩暈のせいか景色が歪んでいる。ざわり、と嫌な気配に全身の身の毛が弥立つのを感じた。

「これで終わりだ」

ヴァンの足元には先程フローリアンが放った術のお陰で完成されているFOFがあった。そして、ヴァンの姿をはっきりと見ることは出来なかったけれど、その手に第五音素を集めていることには気付いた。

「殺すには惜しいな。…私の元に堕ちろ」

ヴァンが呟く言葉が耳に入って来た途端、第五音素の波が襲ってきた。ヴァンが術を完成させつつある証拠だ。少し遠くで、焦ったように名前を呼ぶ声が聞こえた。思わず、ひゅっと息を飲んだ瞬間。体に襲い掛かって来た猛烈な吐き気と気持ち悪さに耐えきれずに、手に握っていた剣が力を抜けて地面に落ちる。


そのままぐらりと体が傾いて、意識がブラックアウトした。


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