加速する舞台の上で
地核振動停止作戦、数時間前。
「なぁジョゼット」 「何でしょう、フレイ様」 「着替えていいか?」 「駄目です」 「せめてもう少し動きやすい服、」 「駄目です」 「いやもうちょっと普通の服でよくね?!」
シェリダンの宿の一角、そんなやりとりを繰り広げていた。俺の目の前にいるのは女傑と言われたジョゼット・セシル将軍だ。アリエッタからの手紙を受け取ったインゴベルト陛下とファブレ公爵が、それはもう喜んで兵をシェリダンへ送って来た。それもかなりの数。
なんで喜んだかって?そりゃ「前線の指揮はフレイ・ルーク・フォン・ファブレがやるそうなので公爵は来なくていいですよ☆」と導師の印が押された書簡が届いたからなのだそうだけど。…確実に書いたのはイオンじゃなくてリンだと思う。もう諦めたけど。
青を基調とした、皺ひとつない礼服に眉を寄せる。確かに、教団服では話にならないからとファブレ公爵…父上に服も送ってくれと言った覚えはあるけれども。なんで礼服なんだ。軍服でいいっつーの。…ああ、でも軍属じゃないからと気を効かせてくれたんだろうか。
いや、違うな。絶対着せたかっただけだ。
「ああ、そうだ。ジョゼット」 「なんでしょう」
もうこの服を脱ぐことは諦めた。その腰にはローレライの鍵ではなく、いつぞや闘技場でゲットしたソウルクラッシュが差さっている。疲れたように息を吐いて、それから部屋に備え付けられているベッドに腰掛けた。
「兵は基本的には住民の安全確保。白光騎士団は恐らく魔物も襲ってくるだろうからそれの対応。…あと一つ、お前、絶対俺の命令聞けよ」 「公爵から片時もおそばを離れるなと仰せつかっておりますので、お応えできない場合があります」 「じゃあ連れて行かない。置いて行く。この話はこれで終わりださっさと帰れ」
ごろん、と不貞寝するようにベッドに寝転がる。それ以降一切話を聞こうとしない俺のその態度に慌てたのはジョゼットだ。こういう頭が固い奴には何を言っても無駄なんだ。だったら折れるのを待つしかない。
正直、ルークたちがもうタルタロスに乗り地核へ向かってしまうタイミングであれば別にかまわないんだ、ジョゼットが近くにいても。けれどそうじゃなくて、仮にルークたちと鉢合わせてしまった場合が非常にまずい。俺の正体がバレる可能性がある。
…別に、バレてしまってもかまわないんだけどさ。
「フレイ様!」 「リグレットとラルゴが来る。あの二人はこちら側の人間だけど、ヴァンに不審がられるわけにはいかない。事情を知ってるジョゼットに二人の相手をしてもらいたいんだ」
ベッドに寝転んだまま、慌てたジョゼットが近寄って来た気配を感じたので、ぎりぎり聞きとれるような声音で小さく呟いた。ぴたり、とジョゼットの動きが止まったのを見て、聴こえたのだろうと判断して言葉を続ける。
「ヴァンは俺が何とかする。今回の目的は俺が怪我をしないことじゃなくて、ルークたちがこの地核振動を停止させることだ。死ぬ気などない。俺を誰だと思ってる」
死ぬ気も怪我をする気も毛頭ない。そもそもヴァンに後れをとるはずがない。最も状況にもよるんだけれど。
俺の言葉に何か思うことがあるのか、ジョゼットはそれっきり黙ってしまった。その様子を少し不審に思って思わずごろんと寝返りを打って振り返る。すると、真っ直ぐにこちらを見据えてくる瞳と視線がぶつかった。
「承知いたしました」
表情は真剣で、そこに笑みなどない。けれどその真っ直ぐな瞳の中に嬉しそうに微笑む気配が見え隠れしていて、思わずベッドに寝転がったままくすりと笑った。
「お前、そこまでかしこまらなくてもいいのに」
アスランを見習え、とはさすがに言えなかった。あのくらいフレンドリーでもいいんだろうけど、あれはマルクトの土地柄なんだろうか…。一瞬アスランのように接してくるジョゼットを思い浮かべて鳥肌が立ってしまった。
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