「ごめん、お待たせイオン…って。なんだ、フレイ起きてたわけ?」

扉が静かに開く音が聞こえてイオンと同時に振り返る。何やら書類を数枚脇に抱えたシンクがイオンの部屋に踏み入ってくるのが見えた。それと同時に俺の顔が見えると、少しだけ驚いたように目を丸くしている。

確かに、ダアトに着いて速攻「疲れた寝る」と言い放ち、止めるリグレットも振り切って自宅に戻っていた俺がまさか起きてるとは思うまい。

「アニスに叩き起こされた。なんかあったのか?」

間違ったことは言っていない。正確に言えば、まだ寝る前だったけど。「ああ…」とイオンをちらりと見たあと、同情をその顔に浮かべて堪らず苦笑した。アニスに起こされる経緯を何となく察したのだろう。間違ってない。

「そうそう。あいつらが計画してる地核振動停止作戦あるだろ?」

カツカツと靴の音を響かせて近付いてきたシンクは、抱えていた数枚の紙をテーブルの上に乱暴に投げ捨てた。その扱いはどうなんだ、と顔を潜めつつもその一枚を手に取る。……なんとそこには地核振動停止作戦の詳細が事細かに書かれているではないか。わぁびっくり。

正直、[前]は地核振動停止装置がなんちゃらかんちゃらとかわけわからない単語の羅列ばかりで、その原理を一切理解してなかった。だから今のこの知識がある状態での詳細は非常にありがたい。…いや…ありがたいんだけど…。

「…シンク、これどこで手に入れたんだ…?」

読み込めば読み込むほど、表情が険しくなっていくことは言うまでもない。だってぶっちゃけ、いやぶっちゃけなくてもこれは機密事項に匹敵するものだろう。それを簡単にポイっと投げたシンクが信じられない。

「ノエルが喜んで持ってきてくれたけど?」
「……ああ、そうか…なるほど…もう何も言わねぇ…」

何か思うところがあったのか、それともシンクがその作戦の詳細を教えてくれと言ったのかまで分からなかったけど。何を言っても無駄だということが分かったので黙っておく。

そりゃそうだよな、俺が作戦の詳細を[前]の段階で理解出来ていたとも思わないし、そもそもシンクも敵側だったから詳細など知るはずがない。だからこそノエルに頼んで見せてもらったんだろうけど。

「で、ここからが本題ね」

急に態度を変えて話し始めたシンクに、さすがに書類に興味なく菓子を食べ続けていたイオンも顔を上げた。久しぶりに見たシンクの真剣な表情に、何やら嫌な予感がする。今日嫌な予感を感じるには二度目だ。勘弁してくれ。

「あのバカ共、[前回]もスピノザに情報漏らされたくせに、今回も同じ失態したんだよ」
「………………バカですね」

心の底からの深いため息を零したあと、イオンがにこやかに言い放った。「そう言ってやるな、あいつらだって忙しいんだ…多分」という言葉はぐっと飲み込んで、ため息だけを零す。さすがに俺まであいつらを馬鹿呼ばわりしたら可哀想な気がしてだな。

馬鹿じゃねぇのって大声にして言いたいけどな!!


「それで、リグレットとラルゴのところにシェリダンを襲撃するっていう指令が入ったんだって」
「……リグレットとラルゴ?シンクとアリエッタのところには来てねぇのか?」

確かにずっとヴァンのそばにいたのはリグレットとラルゴだったけれど。どうしたってシンクはイオンと入れ換わったり、アリエッタが守護役の任務を受け持ったりだとか、そういうことがあったからヴァンにべったりにさせるわけにもいかなかったわけで。

「信用してないんじゃないですかね?アリエッタもシンクもどちらかと言うと導師寄り…、というか完全にフレイの傘下みたいに思われてるわけですし」
「その派閥ってのそろそろやめて欲しいんだけど…、まぁそれはあるかもな」

ずっと自分のそばにいた者と、相容れない者に肩入れしている者と、どちらに信用を置くかなんて考えるまでもない。だからこそシンクやアリエッタは裏切ったと見なされて指令がこなかったのだろう。

残念ながらリグレットもラルゴもこちら側の人間だけどな!

「それでラルゴの話だと、ヴァン派の教団兵とレプリカ兵を連れて行くらしい」
「…あのバカ、まだやってたのか…」

どこのフォミクリー使ってんだか。ワイヨン鏡窟のフォミクリーはルークたちが壊してると思うんだけどな。思わず顔を顰めて苦々しく吐き捨ててしまったのは許して欲しい。「アッシュみたいになってますよ」というイオンのツッコミは聞かなかったことにした。

とりあえずはシェリダンの警備を優先的にやらないとだな。さすがにスピノザを逃がしたと分かればルークたちだってそれなりの態勢を取ってくるだろうけど、それがどう影響してくるか分からない。ヴァンがどれだけの兵を連れて行くかも予想できないし、こちらから手を打っておいて損はないだろう。


何より教団兵がキムラスカ領シェリダンを襲撃したとなれば、マジで大惨事だ。主にダアトが。援助一切停止とか開戦とか十分にありうる。そんな恐ろしいことさせられるか。

「シンク、地核振動停止作戦まで何日ある?」
「和平会談があるからあと5日ってところかな」
「5日あれば十分」

口角を上げてにやりと笑う。あくどい顔をしているとよく言われる笑顔だけど、もうそんなの気にしてられるか!和平会談はあいつらに任せて大丈夫だろうし、イオンも行くことだから俺らが口出しするようなことじゃない。和平会談と下準備を行うその5日間でこちらも準備を終わらせたい。

「イオン、アリエッタを呼んでキムラスカと連絡を取らせろ。そのままリンとメジオラ高原に向かわせてダアト式封咒の解除だな」
「リンのこと扱き使いすぎですよ、貴方。よく出来ますねそんなこと」
「うるせー、あいつが首突っ込んできたのが悪い」

イオンが苦笑したその言葉に、少しばかり拗ねたように口を尖らせて答える。本当に巻き込むつもりなんて全くなかったのに、それでもしつこく首を突っ込んできたリンが悪い。だから扱き使われてもアイツは何の文句も言えないはずだ。

リンからそんな文句一度も聞いたことないから、扱き使われているとかは思っていないのかもしれないけど。

「リグレットとラルゴなら適当にシンクが相手してもらって…その間にヴァンを、」
「それなんだけどさ」

六神将二人相手に一人でやれっての?と恨みがましい視線を向けられて苦笑する。本当に殺し合いをするわけでもないのだから、素早さが高いシンクなら二人くらいの足止めは出来るだろうに。出来ると信じてるよ俺は!

「僕らが行くと結構マズイと思うんだよね」
「どういう意味ですか?」

制止を掛けた意味が分からずにイオンが首を傾げる。それを見て俺も同じように首を傾げた。呆れたようにため息を吐いたシンクは、少しだけ空いていたイオンの隣に腰を下ろす。ソファーが小さく軋む音がした

「シェリダンはキムラスカ領でしょ?そこで僕たちとヴァンが戦うのはマズイ。ダアトの内部紛争を他国で、それも武器を振り回しながらやるんだよ?いくらキムラスカ上層部が僕らと同じ境遇でも国民は違うだろ。ダアトが反感を買うのは避けたい」
「あー…なるほどな」

その辺りのことがすっかり失念していた。身内の揉め事なら自国でやれって思うのが当然だよな。だとしたらもう、キムラスカの兵に任せるしかないだろう。さすがにその辺りはルークも考えているだろうし、上層部だって分かっているはずだ。セシル将軍くらい連れてきそうだとは思うけど…。

さすがにあのヴァンを相手にそれだけの対策だと、正直不安だ。かなり不安が残る。仮に教団兵とレプリカ兵だけではなく、魔物まで街に引き入れてしまったら。もう守る手立てがない。

「どうすっかな…」

難しい顔をして考え込み始めてしまった俺に、視界の隅でイオンがかなり呆れた表情を浮かべているのが見えてしまった。しょうがねぇだろ、なんとかしたいもんはなんとかしたいんだ。

さすがに5日間で人々を避難させるのは無理があるし、教団兵が襲ってくるからと避難誘導を教団に所属してる俺らが言っても全く説得力がない。さて、どうするべきか。頭を捻っていた俺に、シンクがニヤリと嫌な笑みを浮かべながら俺を見据えた。

「いい案が一つだけあるんだけど。…どう?乗る気ある?」
「………内容によるだろ。大体、お前らがそんなこと言うときってロクなことねぇんだよ…」

シンク然り、イオン然り。元を辿れば被験者様であるリン然り、だ。その嫌な笑い方がこいつら揃いもそろって被験者に似やがった。被験者とレプリカという関係なんだから、似てるのは当たり前なんだけど。俺とルークを思い浮かべると、やっぱりこいつらの方が似ている気がする。それも嫌なとこばかり。


俺が心底嫌そうな顔をしているのが見えるのだろう。シンクが楽しそうに笑みを浮かべている。そんなシンクの態度にイオンも同じように首を傾げていて、俺とシンクを交互に見て目を瞬かせている。

「フレイがキムラスカ兵を先導してヴァンを足止めすればいいのさ。…ファブレ公爵家子息、フレイ・ルーク・フォン・ファブレとしてね」

ピシッ

そんな音を立てて、と言っても過言ではないだろう。それくらいの衝撃で俺の体が硬直した。表情は引き攣ったまま、ぴくぴくと僅かに頬が痙攣している。

「…あ、あの、シンク?どういう意味ですか?」

俺が固まってしまって全く動かないのを心配したのだろう。シンクの言った言葉の意味なんて分かるに決まっているのに、戸惑いながらイオンがシンクに向き直っている。それ以上の詳細を聞こうとするな、俺の精神がえぐられる。

「言葉の意味そのままだけど?教団兵として動くには今回の件は悪すぎる。けど、キムラスカ軍だけにヴァンたちが止められると思う?」
「…それは正直なところ、思いません。音素の意識集合体と契約したというフリングス将軍がいれば、また話は別なのでしょうが…彼はマルクト兵ですし」

その考え自体は、俺も同意だ。キムラスカ軍にヴァンを止められるとも思わないし、アスランを呼ぶわけにもいかない。そればかりは同意なんだけど。釈然としない。


険しい表情を浮かべたまま、微動だにせずにイオンとシンクのやりとりを聞いている。その表情が徐々に変わっていくが、どこが変わったって視線が鋭くなり眉間に皺が寄ったところくらいかもしれないが。

「だったらフレイがキムラスカ軍に与すれば問題は解決だろ?リグレットとラルゴなんかこっちを攻撃する気ないんだから、キムラスカに任せて話し合いでもすればいい。問題のヴァンはフレイが捕まえればいい話だろう?」

どや顔で「どう?僕すごいいいこと思い付いたと思わない?」と無邪気に問いかけてくる瞳に思わず肩を落として項垂れる。リンに聞かれたら大爆笑されること間違いない。そしてひょっとしなくても首を突っ込みに来るだろう。絶対、確実に。

「くそ…マジかよ…」

考えれば考えるほど、それ以外の案が思い浮かばない。俺の呟きが前向きな、肯定的な意味を含んでいると気付いたのだろう。シンクがさらにいい笑顔を浮かべているのが視界に映った。その笑顔をキッと睨みつけたものの、シンクはどこ吹く風で楽しそうに笑っているだけだった。

「えーっと、フレイ、ご愁傷様です…?」
「本当にな。ルークたちにバレないようにしねぇと…」

イオンが同情めいた視線を送ってきた。それに応えながらも、ほんの少しのやる気すらも出て来ない。無気力って恐ろしい。


ああ、ちくしょう。名乗りたくねーなー。


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