飛び越えた海上の空


「あー、ちくしょう寒い。マジで寒い」
「前の服装よりもマシなんだから少しは黙りなよ」

アルビオールをケテルブルクの近くに停めて、そこからロニール雪山まで歩く。[前回]のことを考えるとロニール雪山に来るのはだいぶ後になるんだけど、グランコクマからここが近いっつーことと、あとから来るには距離的に少しめんどくさくなる。というわけでグランコクマからロニール雪山に直行することにしたのだ。

「ていうか、本当に頼むから無茶しないでよ?あんたが倒れたらどうしようもないんだから」
「だーから大丈夫だっつってんだろ。心配しすぎだって」

防寒用のマントを握りしめながら雪道を歩く。相変わらず隣を歩いているシンクの小言がとてもうるさいので聞き流してるんだけど。ウンディーネの一件を聞いてから、こいつらはこればっかりしか言わない。ここにアリエッタがいないだけまだマシかもしれないけど。

「……ほんっと、自覚しないとあとで怒られるからね」
「ん?なんか言ったか?」

隣を歩いていたシンクが、かなり小さな声で何かを呟いていた。その呟きが正確に耳まで届かなくて、不思議に思い問いかける。けれどシンクは「何でもないよ」と呆れたように首を横に振るだけでスタスタと先へと歩いて行ってしまった。

「ったく、なんだってーの」

小言ばっかり言いやがって。心配されてるのは分かるが、どうにも過保護すぎる気がする。俺の気のせい?

「フレイ、着きましたよ?」
「あー、ごめんごめん。今行く」

寒さに嫌気がして少し歩く速度が落ちていたらしい。前方からアスランの呼ぶ声が聞こえて来て、それに反応し足を動かす。雪に隠れるようにしてダアト式封咒が仕掛けられているその扉を見つめる。

「あとここと、解除してないのはどこだ?」
「メジオラ高原だけではないか?」
「あー…あそこか」

すっかり忘れてた。あそこにいつ行くんだっけなー、と記憶を探りながらローレライの鍵を手に取り出す。ダアト式封咒を解除しようと剣を振って、扉の封印を解除した。


解除したところで、剣を握ったままピタリと動きを止める。メジオラ高原の記憶を探っていたところだったんだけど、不意に思い出したことがあった。そういえば、ロニール雪山ってもう一つ封印を施されているところがあったような気がする。

「フレイ?やっぱり体調悪い?」

封印を解除したまま、一歩も動かなくなった俺を不審に思ったのかシンクが視界に入ってくる。仮面のないその顔が視界に映って、はっと意識が浮上した。

「……なぁ」
「は?なに?どうしたのさ」

シンクの問いかけに答えるわけでもなく、そんな俺の態度にシンクの眉間に皺が寄ったのが見えた。そんな怖い顔しなくてもいいじゃねーかよ。

「……レベル100超えの天才術士倒しに行こうぜっつったら怒るか?」

顔を見ないようにそう呟いた瞬間、その場に沈黙が落ちた。


何のことを言っているかと言われれば、このロニール雪山に封印されているはずのレプリカ・ネビリムのことだ。[前回]確か、いくつかの武器を集めて封印を解いて…物凄く苦戦しながら倒した記憶がある。今の俺たちが持ってる技術があれば、彼女も助けられるんじゃねーかなーと思うわけだ。

だって彼女は音素の結合が上手くいかなくて、いくつかの音素が欠落してしまったから暴走したわけだ。現に俺が今、音素の意識集合体たちの力を借りてこれから音素を補っていこうとしている。だから同じ原理で彼女も助けられるはず…なわけなんだけど。

「ダメに決まってるでしょ。フレイって実は馬鹿?」

案の定、物凄く冷たい視線をしたシンクに一刀両断されてしまった。いや、反対されるとしたらシンクだろうなとは思ったけど、これは取りつく島もない…。普段なら少しは話を聞いてくれるはずのシンクが、目を細めて眉間に皺を寄せて俺を睨みつけてくる。怖いんですけど?

「い、いや、ちょっと言ってみただけで…」

これはしょうがない。時間が空いてから一人で来た方が早いかもしれない。六神将の他の誰かを誘ったところで、絶対反対されるに決まってる。シンクのこの表情からそれだけは分かる。引き攣った笑みを浮かべている俺を見て、リグレットがあからさまにため息を零していた。

「とか言って、あとで一人で来ようとか思っているんじゃないだろうな?」
「そんなわけねーだろ!!」
「フレイがムキになるときは図星の時ですよね」
「……もうやだこいつら…」

リグレットに言い当てられ、強く言い返したところでアスランににこやかに返される。本当にこいつらタチが悪い。もっと素直に生きたらいいのに、なんでここにはツンデレと確信犯しかいねーんだ…。

言い当てられた時点で、既に一人で突っ込むという選択肢は消えた。リンにバレたら超怖いし。諦めて剣をしまってため息を零す。残念。

「…別に、今がダメって言ってるだけでしょ。フレイの体調が落ちついたら別に付き合ってあげてもいいけど」

俺が残念そうにため息を零したのが引っかかったんだろうか。シンクがぽつりとこちらにも聞こえるような声で呟いていた。それに驚いて後ろを振り返る。目が合ったシンクが「何さ、」と視線を逸らしているのが見えたけど、あれは恥ずかしがってるだけだろうなぁ。

「素直じゃねーの」
「フレイに言われたくないね」

ひでーな、少なくともシンクよりは素直だと思います。そんなことを言ったところで反論されるのは分かってるから、苦笑だけ返してお礼を返した。


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