ノエルとそんな会話を終えた直後、扉をノックする音が聞こえた。それに返事をすると部屋に顔を出したのはアスランだ。後ろからシンクの姿も見える。

「起きましたか」
「起きた。ついでに飯食った」

アスランが先に部屋に入り、それに続く形でシンクとリグレットが部屋に入る。何か作戦会議でもすると思ったのか、ノエルが立ち上がり「自動操縦見てきます!」と慌てて部屋を出て行った。気は利くんだけど、そこまで慌てなくていいのになぁと思わず苦笑してしまう。入れ替わるように部屋に入ってきたアスランは空になっている皿を見て笑っていた。

「美味しかったですか?」
「え?ああ、うん。美味かったけど」
「それはよかった。頑張って作った甲斐がありましたね」
「え、あれアスランが作ったのか?」

……と、そう返事を返してからちらっとシンクとリグレットを見て、なんとなく納得した。あの二人、料理はそこまで上手い方じゃないしな…。俺の視線に気付いたのか物凄く睨まれた。スルーだスルー。

「で、倒れた理由聞かせてくれるんでしょ?」

はぁ、と呆れたようなため息をついて俺を睨むことをやめたシンクが、先程まで俺が眠っていたベッドに腰を下ろす。視線を移すとあと一つしかない椅子をアスランがリグレットに薦めていた。(この部屋、椅子が二つしかなくてその内の一つは俺が座っている)そしてそんな対応をされたことないリグレットは珍しく頬を赤くしていた。たらしかアスラン。ジョゼットが泣くぞ。

「音素意識集…ウンディーネに呼ばれてさ」
「はぁ!?なんでまた急に…」

ローレライという第七音素の意識集合体を知っているせいか、ウンディーネに呼ばれたこと自体にはそれほど驚いてないようだ。普通の人間が聞いたら卒倒するような発言だと思うが。

「ウンディーネ…第四音素の意識集合体か。水の都と呼ばれているくらいだからグランコクマに居てもおかしくはないな」

リグレットがそう告げるとアスランが苦笑していた。恐らくウンディーネの「陛下を気に入った」という発言を思い出してるんだろうけど。シンクはそれを聞いてもどこか納得がいかないようで眉間に皺が寄っている。

「そういう意味じゃないよ!なんでフレイとこいつが呼ばれたのかって話」

こいつ、と指を差すのはアスランのことだ。何が気に食わないんだろうか、と首を傾げているとアスランが少し笑った気がした。そのアスランの笑顔を見て、さらにシンクが不機嫌な顔をする。…なんであんなにシンクは機嫌が悪いのか。あとでリグレットにでも聞いてみよう。

「音素の意識集合体と契約をすることで、フレイの大爆発を回避するとおっしゃっていましたね」
「…大爆発の?…それってローレライ絡んでる?」
「ええ、恐らくは」
「…あの馬鹿もたまには役に立つじゃん」

難しい顔をしていたシンクが、一瞬だけ笑った気がした。しかしローレライを馬鹿呼ばわりとは…さすがに酷い気がする。そこで、ふむ、と椅子に腰かけ何やら考え込んでいたリグレットに気付いた。顔を覗き込むと驚いたように目を見開いて僅かに距離を取る。

「どうした?」
「なんか考え込んでると思って」

素直にそうリグレットに問うと、はぁとリグレットがため息を吐いた。ぐしゃぐしゃと髪を撫でられて、今度目を見開いたのは俺の番だった。

「第四音素に当てられて音素バランス崩したか。倒れた理由は分かった。…とりあえずディストに連絡を入れておくか」
「あ、やべ。あいつに大爆発の回避方法研究させといて放置してたんだっけ」
「私があとで手紙を出しておこう」
「ありがとうリグレット」

ダアトの研究室に置いて来て、そのまま放置していたことをすっかり忘れた。大爆発の回避方法が見つかるまで出てくるな、と無理難題をリンに押し付けられていたディストを思い出す。思えば、あのときのリンと…イオンとアリエッタとシンクはとてつもなく恐ろしかった。ディストが部屋から出てこようものならば、問答無用でダアト式譜術放っていたくらいだから…。

これでディストも自由に動ける。人手が増えるのはいいことだ。あとで他の音素意識集合体の場所を割り出してもらおう。

「ああ、そうだ。フレイ、これを渡しておきますね」
「ん?あー、例の音素の結晶か」
「はい。不純物が混ざっていない第四音素の結晶ですから。…恐らく第四音譜術系統の威力は上がるかと」

なんだかとても不穏な言葉が聞こえた気がしたが、スルーしよう。既に譜術の威力が半端ないことになっているのに、今以上に威力が上がるとか怖すぎる。


アスランが手渡して来たのは水色の宝石が埋め込まれたピアスだった。直接肌に触れる方法で身につけなければいけないらしい。

どうやら軍部で船の手配をする前に、以前からシンクがシェリダンに声を掛けていてアルビオールがこちらに来るように手配していたようで。ノエルが合流出来そうだから、と連絡があったためそれを待っている数時間の間に王宮御用達の研磨士に頼んで作ってもらったようだ。

「リグレット、穴開けてー。自分じゃよく見えねぇ」
「銃しか持ってないがいいか?」
「よくねぇよ!!針くらいどっかにあるだろ!」
「冗談だ」

真顔で譜銃を取り出したリグレットに思わず慌てる。真顔で冗談言われても…。思わず椅子から立ち上がった俺を見てリグレットが笑う。不貞腐れる俺を見ながら荷物を漁っていた。

「なんであんたがそれ持ってるわけ?ウンディーネとフレイが契約結んだんでしょ?」
「それがですね、レプリカは第七音素で構築されている…ローレライの分身体と言っても過言ではない存在だから直接契約は出来ないらしいんです。だから私がウンディーネと契約をし、音素の結晶化をウンディーネとの契約の証で作り出すという方法に至ったんですよ」
「………なるほどね」

ああ、ほらまたシンクがアスランを睨みつけてる。なんであそこまで敵対心を剥き出しにしているのだろう。アスランはそのシンクの視線をにこにこと受けているし…よく分からない。けれどアスランには何故シンクがそこまで突っかかって来るのかが分かってるんだろう。笑ってるし。

「ご自分が音素の意識集合体と契約出来ないからといってそう拗ねないでください。そんなことしなくともフレイの力にはなれるでしょう?貴方にはダアト式譜術があるんですから」
「…う、うるさいよ!」

にこにことアスランがシンクに向かって言い放つ。その言葉にシンクがほんの僅かに驚いた顔をして、それからすぐに顔を赤くして怒鳴っていた。そんなシンクに「可愛いですねぇ」と笑みを向けるアスラン。…うーん、仲良いんだか悪いんだか。なんて首を傾げた瞬間、ぐいっと耳を引っ張られた。思わず「ぐぇっ!」と変な悲鳴を上げる。

「ほら、開けるぞ」
「乱暴すぎんだよお前!」

どうやら裁縫セットから針を出して来たらしい。俺の返事を待たずにリグレットがぶすっと耳たぶに針を差す。一瞬の痛みに少しだけ顔を顰めるが、針で刺された程度の痛みなら我慢できる。穴が完全に塞がる前に、そこにピアスが通された。

「…いってぇ…」
「外すなよ、塞がってしまうからな」
「分かってるよ」

両方の耳に穴が開けられ、思わず顔を顰める。しかしアスランも何もピアスにしなくてもいいじゃないか。ピアスホール開けてないの知ってるくせに。わざとか、わざとなのか。恨みがましい視線をアスランに送る、が。

「似合っていますよ」

なんて微笑まれたら、返す言葉もない。思わずぽかんと口を開けたままアスランを見て…暫くしてから顔が熱くなる。くそう、この人たらしめ。そんな俺を見て、それから先程のシンクを思い出してかリグレットが何から同情めいた視線を向けてくる。やめろその顔!

「ああ、そうだ。言い忘れていました」
「なんだ?」

アスランがぽん!と手を叩いて、思い出したように声を上げる。その態度に放心状態の俺を放置してリグレットが首を傾げる。その声にはっと我に返る。先程まで笑顔だったアスランの顔が徐々に困ったような表情へ変わるのを見て…嫌な予感がした。

「ウンディーネが言っていたのですが、全ての意識集合体と契約を終えるまで…その、契約した音素と相反する音素濃度が高い場所で…体調を崩すことがあるかもしれない、と」

その言葉に、それもそうだろうなぁと妙な納得をしてしまった。今の俺の状態、体は第七音素で構築されていて、その周りを第四音素が覆っているという状態だ。他の音素を受け付けにくくなっている。これでも第七音素だけだったら、それこそ過剰な量でなければ体調を崩したりはしないんだろうけど。

「…ちょっと待って」

何故か、妙な納得をしていた俺に対してシンクが神妙な顔をしていた。そんな顔をする理由が分からなくて思わず首を傾げる。「どうした」と問いかけると、さらにシンクが険しい顔をしていた。

「……それ、場所だけじゃなくて…今のフレイの状態だと第四音譜術系統以外の譜術から受けるダメージ割合が大きくなってるってことにもなるんじゃないの?」
「…一理ありますね」

シンクの言葉に、僅かに考え込んだあと、アスランが頷く。二人の視線が同時に俺に向いて、何故か居た堪れなくなる。思わずリグレットに助けを求めるように視線を送るが、そのリグレットは「諦めろ」としか言わなかった。

「…フレイ!あんた暫く戦闘禁止!」
「いやいやいや、ロニール雪山とか主に第四音譜術使う魔物しかいねぇんだから大丈夫だろ!心配性すぎるだろお前ら!」

びしっと俺を指差したシンクが高らかに宣言するが、到底受け入れられるものではなかった。大体魔物が使う譜術なんかたかが知れている。それにルークたちと戦うこともないだろうし、早々かなり高難易度の譜術を使う者と戦う機会などない。

「その後に行くザレッホ火山は我々だけでいくので、フレイはダアトでお留守番ですね」
「俺が行かないで誰がパッセージリング起動させるんだよ!行くからな!」

アスランからのその言葉にも即座に否定をする。…確かに、今の状態でザレッホ火山に足を踏み入れればかなりまずいだろう。下手したらパッセージリングに辿り着くまでに倒れる可能性がある。パッセージリングの場所まで行けばそこは第七音素が溢れてるだろうし、体調は良くなるはずだ。俺を運んでもらう要因でラルゴを連れて行こう。そしてこいつらは置いて行こう。


なんて今後の算段を立てているを俺を見て、リグレットがため息を零していた。まさかこの話をリグレットが事細かに手紙に書いて、奴らに送りつけるなんてこの時は予想もしていなかったのである。

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