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誰かの、名前を呼ぶ声がした。
「……あす、らん?」 「はい。大丈夫ですか?」
目を開ければ先程まで側にいた人物がそこにいて、少し安心する。どうやら眠っていたようで、支えられていた体を起こす。やっぱり少し眩暈がしたが、気付かないフリをした。
「…大丈夫…、って言いたいけど、だめだ。気持ち悪ぃ…動けない」
立ち上がろうとしたのは、やめた。多分立ち上がってもそのまま倒れてしまいそうな気がしたからだ。アスランが「無理しないでください」というのを聞いて、その言葉に甘えようとその場に座り込む。
そして辺りを見回すと、先程までいた場所と変わりないことに気付いて驚いた。唯一違うところは、誰も人がいないということだ。
「先程、ローレライとおっしゃっていましたよね。何か言われました?」 「え?…俺、そんなこと言ったか?…気分悪くなったあたりから、記憶がない」 「無意識ですか」
はぁ、とアスランが息を零した。俺がローレライ、と言ったからそれ関係だと思ったんだろうけど。でも俺はそんなこと口走った覚えはなくて…意識がはっきりしていなかったから、もしかしたら言ったのかもしれないが。
「これがローレライの愛し子?随分可愛いお顔ね」
その言葉に、顔を上げる。警戒するようにアスランが俺の前に立って剣を抜こうとしていたのが見えた。そのアスラン越しに声を掛けてきた人物を見つめる。透き通るような青いドレスのような服を身にまとった、水色の髪の女性だ。
「貴方が犯人ですか」 「そうね」
アスランの言葉ににっこりと頷いた女性に、その言葉にアスランがさらに警戒する。今にも剣を抜いて斬りかかりそうだな、と他人事のように思った。
「アスラン、」
名前を呼んでそれを制止させる。何がが不服だったのか、ちらっと背後を振り返って俺の姿を確認していた。その手を剣から放すことはなかったけど。
吐き気がしそうなほどの気持ち悪さと、倒れてしまいそうな眩暈を押さえこんで立ち上がる。その俺に慌てたようにアスランが手を差し伸べてきたが、いらないと跳ね返した。少し心配そうにこちらを見てきたが、それに小さく微笑んでから目の前の女性をじっと見つめる。
これが、何であるかは、すぐに気付いた。
「…第四音素の、意識集合体…ウンディーネ」 「よく気がついたわね。正解よ、聖なる焔の光」 「…それ、俺の、なまえじゃない、やめろ」
[前回]も今も、それは俺の名前じゃない。そもそも[前回]は俺には関係ない。そう言ってその女性…第四音素の意識集合体ウンディーネを睨みつけるとその人は優しく微笑んだ。
「そうね。それでフレイ、どうして気がついたの?」 「…馬鹿に、してんのか…過剰な第四音素、お前、俺のこと殺したいのか…まじ気持ち悪いんだけど…」
にこにこと読めない笑顔でこちらに微笑みかけるウンディーネに殺意を抱いた。俺の言葉に「正解よぉ〜」と微笑んでいる。駄目だ、やっぱりこいつ殺そう。
「殺したい…?どういうことですか?」 「俺、レプリカだろ。体は第七音素で構築されてる…、だから、過剰に第四音素に当てられたら、音素バランス崩すんだよ、ただでさえ、最近超振動使いすぎて、…いやなんでもない」
後半の言葉に思い切り睨まれた。それに対しては気付かないフリをしてしれっとするが。アスランの鋭い視線がなくなることはなかった。…しょうがないだろ、こればっかりはルークにだって無理を強いてるわけだし、俺だけ楽するわけにはいかない。
「困っちゃったのよ。ローレライには頼まれていたんだけれど、レプリカである貴方と私は契約できない」 「…ローレライ、契約…?」
そう、と続けてウンディーネは微笑む。こいつがローレライの差し金でここに俺を呼んだということはその言葉だけで分かった。けれど、何でアスランもいるのかが分からない。思わず眉を寄せた俺に、「そんな怖い顔しないで」とウンディーネが微笑んで俺の髪に触れた。頼む触れるな、余計体調が悪くなる。
「そう、大爆発を回避するには貴方と聖なる焔の光が完全同位体という枠から外れなくてはいけない…。もしくは、貴方がレプリカでなくなるか」 「…そんなの不可能、だ。固有音素振動数を故意的に変えようとすれば、音素バランスを崩して、死ぬ。俺がレプリカでなくなるという方法、も…………いや、待てよ、」
吐き気を抑えながら、言葉を紡いでいたのを止めた。その手はいまだに口元に当てられたままだが、吐き気を抑えるためというよりはどちらかというと、思考するためにだ。言葉を止めた俺にアスランが首を傾げる。
「そう、他の音素意識集合体と契約することで、第七音素以外の音素を取り入れる。体内に直接入れるのではなく…ローレライの鍵のように、契約の証を身につけることでその体の周りを他の音素で覆うことが出来るわ」
なるほど、考え付かなかった理論だ。ローレライに言われたからねぇ、とにこやかにしているこのウンディーネがいやに協力的なのが気になったが、そこは気にしていたらしょうがない。
「けれど、直接貴方と契約出来ないの。だって貴方、ローレライの完全同位体で、しかも体を構成しているのは第七音素のみ」 「…ローレライと貴方が契約してるようなもの、ということになってしまいますね」
納得が言ったように頷いたアスランは、何かに気付いているようだ。けれどその表情の意味が俺には分からなくて、首を傾げる。…気持ち悪さが相まって、思考能力が低下しているようだ。
「そうそう。だから貴方を呼んだのよ。アスラン・フリングス」
名指ししながらウンディーネはアスランを指差してにこやかに笑った。その笑みをアスランもにこやかに受け取っているが…、どこか寒々しいそのやりとりに思わず悪寒を感じた。なんだ、この気味悪さ。こいつら似た者同士なんじゃないか。
「…何故、私を?」 「私、ここが居心地いいのよ。前は嫌いだったけれどね。ピオニーとかいう男がここに来てから、ここの水は綺麗になったわ。だから協力してあげようという気になったのよ」
随分上から目線だったが、まぁ音素意識集合体ならしょうがない。思考能力が鈍っているせいか、半分くらい理解出来なかったけれど…、要するに、レプリカとは契約が出来ないからこの場所に一番由縁のあるアスランを契約者に選んだ、ということか?あのウンディーネの言い方だとピオニー陛下と契約したかったって聞こえるぞ…。
「なるほど。それで、私とあなたが契約するにはどのようにすればいいんですか?」 「…おいアスラン、正気か?まじか?」
こいつ、マジでウンディーネと契約する気だ。気持ち悪さをなくそうと片手は口元に当てたままアスランを見る。俺の言葉に驚いたように目を見開いて、けれど俺と視線が合うとアスランは優しく微笑んだ。
「ええ、本気ですとも。それで貴方が消えなくなるのなら、喜んで」 「………心配性め」 「何とでも言ってくださってかまいませんよ。七歳の子を保護するのは当たり前じゃないですか」 「それ言うな頼むから」
にこにこと読めない表情でそう告げるアスランに最早ため息しか出ない。このお人好しめ。くそう、ここまで巻き込む気じゃなかったのに…いや、とは言ってもアスランが[戻ってきて]最初に会ったときから…コイツ巻き込まれる気満々だったな。そういえばそうだった。
ため息を一つ吐いて、…そろそろ気持ち悪さも限界だ。そういえばバタバタしてて忘れてたけど、まともに飯食ってない気がする。。吐きそうだけど吐くものが何もない。
「本当なら力を試すために試練を課すのだけれど…」
ウンディーネがそう言うと、ちらっと座りこむ俺を見た。…力を試すための試練、ということは恐らく戦えってことだ。音素の意識集合体と、俺とアスランの二人で戦えって?それは別にかまわないんだけど、俺の今の状況見て言ってくれるか。という思いを込めてウンディーネを睨みつける。
「…無理そうね」
にっこり、と音がつきそうなほど綺麗な笑顔で笑ったウンディーネに此度二回目の殺意を抱いたことは言うまでもない。
「ま、貴方たちの実力はよく知っているもの。試練はなしにしておいてあげるわ」 「当然だろ…俺の現状見ろよ…」
睨み付けるが、ウンディーネは全く気にしてない。こいつまじで俺の為に契約結ぶ気あんの?アスランが「まぁまぁ」と俺を宥めるが残念ながらウンディーネに対する殺意は消えない。
「特別に試練は免除してあげるわね。それと契約の証なんだけれど、私、貴方としか契約結べないから契約の証はフレイには上げられないわ」
貴方、とウンディーネが指差すのはアスランだ。そう言ってたな、と納得しかけたところで、ふと首を傾げる。いや、そもそも契約の証を身につけて他音素で覆うって話しじゃなかったのか?吐き気も相まって思わずいつも以上に険しい表情になっていた。アスランに「アッシュそっくりですよ」って言われて割と本気で殴ろうと思った。
「そんな怖い顔しないで?貴方が私が上げた契約の証を使って、音素の結晶体を作ればいいのよ。それを加工して身につけてね」 「………随分丸投げですね」 「しょうがないじゃない。それ以外方法がないもの」
さすがにアスランも呆れたようだ。そんなアスランにウンディーネが少し怒っている。機嫌が悪いようだ。まぁウンディーネもローレライに頼まれてこんなことしてるんだし、そりゃ契約対象者に呆れられたら機嫌悪くもなるか。
「…んなことより、早くしてくれ…、意識ぶっ飛ぶ…」
ぽつりと呟いた言葉に、さすがに気付いたらしい。アスランが顔色を悪くしてるのが見えた。いや違うアスランお前は悪くない。悪いのはそこにいる音素意識集合体だ。気持ち悪さがそろそろ限界に来ている。これ以上この第四音素が過剰にある場所にいたら、おかしくなってしまいそうだ。
「そうね、限界が近そうだし…元の世界へ戻してあげるわ。戻る頃には貴方の手元に契約の証があるはずだから、早めに作ってあげるのよ?」 「承知しました」
ウンディーネの言葉にアスランが頷く。元の世界、って言ってるからここは別次元なんだろうか。ぼんやりとそんなことを考えてみるけど、イマイチふわふわしてて落ちつかない。そろそろ意識がぶっ飛びそうだ。
「あ、やべ、…だめだ、限界…」
さすがの俺でもこれ以上は耐えられない。「あらあら」とのんきなウンディーネの声と焦ったようなアスランの声が聞こえてきたが、それに返事をするより早く、ぷつりと糸が切れたように意識が途切れた。
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