そんなわけでキムラスカの王城へやってきました。王宮へ入る際も門番は俺を見ても全く止めませんでした。それどころか謁見の間まで案内してくれました。…どこまで話を通してるんだファブレ公爵。いやありがたいんだけど。謁見の間の前に控えている護衛の騎士たちから敬礼を受けて、それににっこり最上級笑顔で答えて、扉を開かせる。

「何者だ!」

中から聞えて来たのは樽豚の声だった。うん華麗に無視。華麗に無視して、つかつかと謁見の間にある玉座に近付く。それでも頭を下げようとしたら陛下に止められた。いいのかそれで、っていうか俺を見て“俺”だと分かるキムラスカ上層部万歳。髪の色、黒いんですけどそれでも気付くんですか。


「ルー…あ、いや、フレイか」

ルークって言おうとしましたよね何ほざいてんだテメェ、なんて思いながらにっこり笑って名前を陛下に訂正させる。いや口に出しては言ってないですよ不敬罪。俺のことを知っている陛下を見て、樽豚は大慌て。

んで、どうした急に、なんて言うもんだからとりあえず笑顔張り付けて上層部をぐるりと見回して、その笑顔を崩さないままひとまず上層部から糾弾することにしました。樽豚はあとあと。リンのお楽しみに取っておいてあげたいからな。


「どうしましたじゃありませんよ何考えてんですか陛下。いつマルクトへ宣戦布告なんてもの出したんですか、まさかそこにいる樽豚…失礼、ハム大詠師に言われてのうのうと信じたわけじゃありませんよね、っていうか知ってるのにどうして宣戦布告なんてしてやがるんですかそれ以上にすることがあるでしょう。あぁそれとなんでアクゼリュス行きにナタリアが同行してんですか親善大使一行にはナタリアは加わっていないはずなのに王族2人が殺されたのを理由に宣戦布告ってナタリアも一緒に殺すつもりだったんですか?あーそうだったんですねそのつもりだったんですか。で、ナタリアもルークもいなくなったところで次の王位は誰が継ぐんでしょうねー不思議ですね。あ、もしかしてキムラスカ上層部はひょっとして国の滅亡がお望みですか?

だったら今此処で綺麗さっぱり超振動で消してやろうか」


笑顔で一気に言い切りました。完全に不敬罪がしみ込んでますが、上層部は誰も俺のことを不敬だのなんだの言って捕獲することはないだろうって分かってるし。当然、俺の言葉に慌てたのはファブレ公爵と陛下だ。


「ままままま待てフレイ!わしは宣戦布告なんてものは出してはいない!」
「おっかしいですねー、ピオニー陛下から声明をちゃんと聞いたんですけどー。ついでにマルクトから書簡も送ったんですけどねー俺。届いてないとか言わせませんよー?」
「本当だ!たたたた頼むから落ち着いてくれ!!」

ファブレ公爵が真っ青になって俺の方を見て懇願してきました。あ、こんな父上見た事なんだけど。すっかり人を動かすということを覚えてしまった。誰のせいって、勿論被験者イオンであるリンのせいでなんだけどさ。


まぁとにかく、だ。超振動って言葉が出たせいか控えてる貴族たちも目に見えて慌てだした。当然、俺が誰だか(誰ってレプリカルークって意味で)知っているだろうし、[前]に俺がアクゼリュスへ送り出されたことも、知っているはずだ。そんでもって[髭]を倒したのも俺だって知っている。イコール、俺、物凄く強い。

「じゃあ宣戦布告は何処から出たんでしょうねー」

ねぇ、大詠師ハム、じゃなかった、モース?とにっこり笑って今度はモースへ話しかける。謁見の間にいる者全員の視線を集めたモースは僅かにうろたえていた。いや、出何処が何処だかははっきりと分かってるからいいんだけど、十中八九モースだろうし、あとは大詠師派がキムラスカ内部にもぐりこんでるってところだろう。もしくは[前]を知らない預言肯定派の連中。

「なっ…!き、貴様!誰に向かって申している!私は…!」
「うぜぇしマジで本当に消していいですか。つか大詠師がなんだよ、テメェなんでキムラスカにばっちり内政干渉してんだっつーの。あれ?つかイオンがいるのにどうして跪かないんだろうな。これダアトへの、曰くローレライ教団への叛逆の意図ありってことで拘束していいのかなこれ」
「何をふざけたことを!どこに導師がいるというのだ!」

顔を真っ赤にして怒り散らす大詠師にキムラスカ上層部が戦慄した。何故かって、俺の傍にいるリンの姿を見て、だ。そのリンは僅かに下を向いて、くつくつと笑っていた。そして、その笑い声はやがて謁見の間に広く広がる大きな笑い声へと変わる。それを聞いてか、さらにモースは顔を真っ赤にして憤怒してきた。

あ、終わったな大詠師。

「ふ…あははははは!!」
「き、貴様!このわしを愚弄するつもりか!!」
「バーカ」

愚弄、と言われて、笑い声を一切消して、リンが呟く。するり、と抜けたのは髪留めだ。その髪留めがコツン、と音を立てて床へ落ちた。それに伴って、リンの髪の色が緑へと戻る。あ、そういえばマルクトはともかく、キムラスカに被験者イオンは生きてますって言うの忘れてた。

「あんたこそ、誰に何を言ってるんだか」
「お、おおおおおおお前は…!!」

リンの顔と、そして隣にいる俺の姿を見てモースの顔色が真っ青になる。当然だろうな、詠師会のたびにダアト式譜術食らってたみたいだし、あんだけ顔色が真っ青になっても、誰も庇えはしない。何人か、若いキムラスカの貴族が視線をそらしていた。…あんだけあくどい笑顔を浮かべる平和の象徴は見たくないだろうに。

「な、何故貴様が生きている!」
「それを知ってどうするつもり?…まぁ導師はイオンに譲ったから、これから僕は好きにするけれど、」

コツン、とリンが一歩モースへと近寄る。それに伴い、モースが一歩下がるが、そこには段差があり、下がるどころか尻もちをついて座り込んでしまった。あーあ、謁見の間で何をやってるんだか。本当は俺も加わりたいところなんだけど、ま、此処はリンに譲ってやるか。この日を楽しみにしてたと言っても過言ではないわけだし。

「導師暗殺未遂と導師への越権行為で階級剥奪、及びダアトからの追放。そんでもって不敬罪ってことでどうかな?」

日の目は二度と拝めません、覚悟しておいてくださいね?そう告げて、綺麗ににっこりと笑う“平和の象徴”を見上げたモースの多大なる悲鳴が王宮内を駆け巡りました。

「…いいんですか、教団のトップがあれで」
「いいんだよ、あれで」
「次期大詠師は恐らくフレイですね」

あ、それ勘弁してください、とアスランに向かって頭を下げていました。…まぁ普通謁見の間で私語とかしてたら殺されるけど、この場合俺だからオッケーってことで!

「ま、まさか貴様かフレイ!!」
「……いや、俺以外に誰がいるんだよって話だけど」

髭が助けるわけがないし、そもそもあの時点で“イオン”と一番仲良かったのは俺のはずだ。だったら見てすぐに気付きそうな気がするんだけど、その辺は金と預言で成り上がりの大詠師だったってことか。最近でもことごとく大詠師派の勢力を削いでるわけなんだけど、それにもさっぱり気付かずにバチカルに入り浸ってるようだし。

「くっ…!そ、そもそも貴様は陛下に謁見出来る立場ではないだろう!?」
「自分のこと棚に上げておいて何ほざいてんの樽」

げし、とリンによりモースに蹴りが入る。バイオレンスだけど最早誰も止められないし、今この場にあいつを止めようとする人間はいないだろう。

…それにしても、おかしいこと言うよなー、俺、一応ローレライ教団の幹部でもあるから、謁見出来ても普通なんだけど。まぁダアトは自治区であって国ではないから、正規の手続きをとってもかなり時間がかかることは認めよう。それに、キムラスカはケセドニア北部戦での恩が一応あるはずだ。だとしたら、そう謁見自体は難しくない。最もこの場合は正規の手続きなんて踏んでないんだけど。

「モースよ!我が息子を愚弄するな!」
「ひっ…!?」

あ、父上が怒った。リンに踏みつけられたまま、父上であるファブレ公爵に怒鳴られてすっかり委縮してしまった成り上がり大詠師。まぁあいつに為政者としての素質があるとは全くを持って思っていなかったわけだけど。


しかしなぁ…それにしても、息子って。キムラスカが俺のこと認知しちゃったよ。ナタリアとルークに俺の存在をバラさないってのが条件だった気がするんだけどな。たまに帰ってくるって言っちゃったし、まぁそれくらいはいいか。王位継承権は棄てさせてもらうけど。

「名乗る気なんてさらさらなかったし、戻ってくる気もさらさらないし、ていうかいつの間にそんな話になってたんだよとは思ってるけど、お前の為に教えてやるよ」
「その代わり、貴方の地位はフレイに与えますからね」
「……イオン、勘弁してくれ」

この場でリンをイオン、と言ったのはモースにプレッシャーを与える為なわけなんだけど。リンがイオンに名前をやるって言ってたから、もうこれ以降あいつをイオンって呼ぶことはないんだろうけど。[前]の記憶がイオンになかったら、それはまた話は違うことになっていたのかもしれない。まぁ[前]の記憶がある以上、俺にとったらイオンはイオンなわけで、(まぁでも導師はどっち、と聞かれたらリンって言うんだろうけど)


ふわり、と髪が舞った。まさか髪の色を元に戻す日がくるとは思わなかったんだけどなぁ…。集まる視線と言ったら居心地の悪いことこの上ない。黒髪から、朱金色に変わった長い髪が視界に映って、小さくため息をつきたくなった。最近、どうにも忘れてた色だ。

とりあえず現実逃避はあと。視線を上げると、俺の髪の色と瞳の色を見てか、モースがさらに顔色を悪くしているのが見えた。うん、仕方ないよな。ていうか黒髪と翡翠の瞳の時点でも十分怪しいと思わないんだろうか。


キムラスカ上層部が[戻って]きてすぐ、俺が本物のナタリアではないかという噂が一部で流れていたことは、あとで知ったんだけど。今は亡き王妃は黒髪だったんだし、ありえないことではないんだけど…。つーか、俺、男だし違うだろ。まぁ[戻って]きて記憶のある上訴部は預言が絶対ではないと知っていたからか、そんな噂があったわけで。

つまり、色から見ても少なからずキムラスカの貴族ではないか、なんて考えは分かりそうなもんだけど。元々考える頭は持ってなかったんだろうか、可哀想な奴。


「ファブレ公爵家第二子、フレイ・ルーク・フォン・ファブレ…以後、お見知りおきを?あ、王位継承権も家柄を継ぐつもりもないけれど」

にっこり笑った俺を見て、そしてモースが慄いた。同時にリンからの蹴りがもう一発入る。それを視界で捉えながら、父上が「ルーク!まだそんなことを言っているのか!」なんて言っているのが聞えるが無視無視。

「…と、一応家元はそうなってるわけだけど、今はフレイ・ルーティス響将ってことで。大詠師モース、導師暗殺未遂と導師への越権行為で貴方の身柄を確保させていただきます」

にっこりと笑って、アリエッタがこの俺が寝ている間でダアトから呼び寄せた神託の盾兵が謁見の間に入ってくる。御前お騒がせしますねー、と笑顔のリンに陛下たちは何も言えないのを知っている。神託の盾兵たちがあっさりとモースを捕縛すると、最後にうさはらしとばかりにリンがモースの背中に蹴りを入れながら、

「さようなら、哀れな預言の操り人形」

なんて言っていたその台詞を聞いて、モースは気を失いました。…可哀想に、さすがの俺でも同情するよ、リンってば容赦ないからな…。イオンや俺と違って。


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