パッセージリングが起動しているのを見て、ティアがうろたえた。ユリア式封咒は、ユリアの血筋であることを証明しなければ解けないものだ。やはり、此処にヴァンが来たのだと誰もが気付いた。最もそれは間違いではあるのだが。


「…まぁ好都合というものでしょうか。ルーク、超振動の制御は出来ますね?」
「あぁ、問題はない。どうすればいい?」

プロテクタが掛っていることは知っているので、素直にジェイドの言うことに従ったルークはパッセージリングの前に立つ。両手を翳して、パッセージリングへ向かって手を伸ばす。そこから発せられる光が次々に文字を刻んでいく。その様子を、アニスはただ見上げていた。これでシュレーの丘は降下する。一応、一つ任務は終わった。

あとはイオンと共にダアトへ戻るタイミングだ、と思っていたところで、イオンに話しかけようとその姿を探す、が。いつの間にかイオンは傍にいなく、ティアと一緒になって制御盤を凝視していた。それに、アニスはぎょっとなり、慌てて傍へ寄った。


「これが制御盤かしら…」
「みたいですね。使用者ログとかないんでしょうか」

貴方知っているでしょう、とイオンの白々しい態度を見てアニスがそっと溜息をついた。ファン、と機械音らしい音が鳴り、制御盤が光を放った。ほぼ同時にルークの方も終わったらしい。第七音素の流れが途中で切れたのがアニスに僅かに分かった。

「…解除コード、とは一体なんでしょう」

横からナタリアが覗いていた。イオンが触れた際に出た文字に、ナタリアが首を傾げたのだ。それに気付いたルークとジェイドも制御盤の方へと歩く。ジェイドは、あらかた謡将が仕掛けたものでしょう。と言いながらティアと場所を代わり、制御盤の前にジェイドが立った。少し考えた仕草を見せて、そこの文字に目を滑らせる。


「…何か刻んでありますね。〈預言を覆す為に、必要な劇薬の名を刻め〉…ですか」
「ヴァンの野郎の仕業か」
「以前リグレットが言ってましたわね、劇薬と、そのようなことを」

あ、とアニスが小さく呟いた。それは誰にも聞えなかっただろうが。その言葉に、聞きおぼえがあったのだ。勿論[前]のことではない。今になってからだ。しかし、それを何処で聞いて、答えが何だったのか、思い出せない。
イオンを見て見れば、何やら複雑そうな顔をしていた。これを仕掛けたのはフレイであるが、その答えが分からずに不機嫌になっている、ということだろう。


「だとすれば…〈レプリカ〉、かしら」
「入れてみたらどうだ」

ルークに促され、そのつもりですよ、とジェイドが頷いて、その四文字を打ち込んでいく。何かが違う、と首を捻ってアニスは記憶を呼び覚ましていた。いつだっただろうか、まさかフレイが自分の名前を入れるわけないだろう。

あ、とアニスが再び小さく声を上げた時、パッセージリングが大きく動いた。降下を始めたのもそうだが、もう一つ、パッセージリングの前に浮き出ていた各セフィロトの図が浮かんで、そして消えたのだ。パッセージリング自体は機能は動いている。鳴り響くような警告音が鳴って、ナタリアの肩がはねた。


「ど、どうしたのです!?」
「〈エラーナンバー5、第三セフィロトに侵入者あり、プロテクト作動〉…ですか」
「え?え?なに、どうしたの?」

そこで初めて、アニスは声を上げた。確かに、今は思ったことを声に出しただけだ。本当に今何が起こったのか理解していない。鳴り響いた警告音は静かに消え去ったが、残った静寂の方は大きい。

「どうやら解除に失敗したみたいですねぇ〜」

ジェイドがそう明るく言っているが、その言葉に驚いたように声を上げたのはティアとナタリアだ。何か思うところでもあるのか、ルークは少し難しそうな顔をしていたが、眉間を寄せた見慣れた顔だ。

「それでは、一体〈劇薬〉とはなんのことなのでしょうか…」

首を傾げながら、それでも思ったことを口にしたナタリアに誰も答えなかった。わかるはずがないのに、とイオンもアニスもため息をついた。このまま此処にいても埒が明かない。アニスが一同をぐるりと見渡して、片手をあげた。


「…あのぉ〜、終わったんだったらひとまずバチカルへ戻りませんか?」
「そうですね。このことはあとで考えましょう。まずは戦争を止めることが先ですね」

そうだと思うなら最初からシュレーの丘なんか寄らないでバチカルに行けよ、とアニスが内心で悪態をつく。あっちに行ったりこっちに行ったり、ふらふらといつになったら国に帰るんだろうか、とずっと思っていた。


さっさと帰ってもらわないと困る。こっちだって、ダアトに早く戻りたいのだ。そうでなくても大量に残っているであろうイオンたちの書類を思い浮かべて、アニスは遠い目をしてため息を再び吐いた。


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