真実の影を感じて


妙な笑いを堪えたアニスは森の前で停止していた。勿論、そこにいるのはアニスだけではなく、ルークやティア、それにナタリアとガイの姿もある。いないのはジェイドだけだ。先にグランコクマへ行き、中へ入る許可をもらっていた。ケテルブルクを経由してグランコクマへと訪れていた。開戦の兆しが見える中、バチカルへ向かうのは危ないということらしい。

「アニス、どうかしたの?」

俯いているアニスの視界にティアが入ってきて、思わず驚いて少しだけ後ずさった。首を傾げたティアに、小さくため息をついた。いや、どうしたの、じゃないでしょ、言いたくはなったがそれ以上何も言わなかった。


なんでもない、とは言った。けれど、導師守護役である自分が導師の元を離れるなんてことはあってはいけないのだ。最もシンクから任務をもらっていても、本来の職務ではない。どう考えても諜報に自分は向かないというのに。
(あぁ、でもこの場合、あたし以上に諜報に向いている人間はいないってこと?)
もはや呆れてため息も出ない。いや今出たけれど。


再びため息を零そうとした時、まさにその瞬間だった。森から悲鳴が聞こえた。ばっと立ち上がったルークとガイを見て、そしてそちらに視線を向けるティアとナタリアを見た。今のは、間違いなく悲鳴だ。

「今のは、悲鳴ですの…?!」
「まさか神託の盾の奇襲か?」
「行くぞ!」

疑問の声を上げたガイとナタリアに呼応するように、ルークが走り出す。1人では危険だ、と叫んだティアも同じようにあとを追って走り始めて行った。慌てたようにルークを追うガイとナタリアの、その後ろ姿を見ながら、アニスは1人でどうして、と呟いた。

これは確実におかしい。当然[前]を鑑みればおかしくはない、けれど。今の神託の盾の情勢から言って、これはありえないモノだった。それに彼らが気付かないのは仕方がない、けれども。


「…だって、そんな…!マルクトとわざわざ外交問題に発展するようなこと、フレイ様がするわけない…!そもそも、イオン様はいないんだから、此処であたしたちを待ち伏せする意味なんて…!」

一体、それが何処にあるというのだ。


遠くでアニスの名前を呼ぶ声が聞えてきた。狼狽で、思わず声に出して呟いていたらしい。それに気付いて自身を叱咤しながらアニスは走り出す。自分の目で何が起きているのかを確認するため、だ。



マルクト兵の姿はいなかった。だから、こそこそと森の中を進むことはせずに、直進で森の中を進んできた。少し開けた場所、見覚えのある場所でアニスは止まった。真っ先に走り出したルークたちを置いて、アニスが1人先頭を走っていたのだが、その場を見てアニスの足が止まる。それを見て、後ろから追いかけてきたガイが同じように止まった。

「…な、イオン様!?」
「イオンだって!?」

アニスの驚いたような声と同じような感覚でガイも叫ぶ。アニスの視界に入ってきたのは、イオンが音叉を片手に、地に手をついていた。淡く、まだ光が残っているそれがダアト式譜術だというのは見て分かった。先程の悲鳴、どうやらマルクト兵のものではなく、神託の盾兵の悲鳴だったことは見てすぐに分かった。

真っ先にイオンに駆け寄って、肩で息をするイオンを支える。そこで、そのイオンが“イオン”で間違いないとアニスは気付いた。だとすると、これが演技でもないことを。

「一体何があったんですの?」

治癒術をイオンにかけながら、ナタリアがそっと問いかけた。それに気付いたように、イオンが視線を向ける。そして、手から音叉が落ちた。アニスが不安そうにイオンを見るが、イオンはふっと小さく笑っていた。


「ヴァンの手下、でしょうか…連れて行かれそうになって、」
「イオン様、ひとまずグランコクマで休みましょう」

説明をしようとしたイオンを遮る。それは、勿論イオンの言葉を聞きたかったのもあるが、此処にいるルークたちには聞かれて困るような話をしたかったからだ。そのアニスの真意を組んだのはイオンだけであって、ルークたちはイオンを心配しているから、という態度にしか取らなかったらしい。だからと言って、それが嘘でもなんでもなく真実でもあるのだが。


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