どうなるか、なんて知りもしないで


ダン!とシンクはその目の前にある机を叩き付けた。机の向こう側に座っているトリトハイムもただごとではない、とシンクのその様子に首をかしげつつも平常心を保っていたわけだが。何故なら、此処に彼らのストッパーはいないのだから。

「フレイがイオンを連れて先行でグランコクマに向かった!?」

まだ入れ替わりもしてないのに、とシンクが舌打ちをする。早々にダアトへ戻ってきたことが仇になったらしい。フレイはシンクたちがまだしばらく戻らない、と踏んで先にグランコクマへ向かったのだ。しかし、トリトハイムはシンクの入れ替わる、の言葉に目を剥いた。

「シンク謡士、入れ替わるというのは一体…」
「フレイの命令で。アクゼリュスに行くのに身体の弱いイオンは連れて行けない。だから影武者を立てろってね。どうせ大詠師もいないんだし、あの時点では仕方なかった」

そもそもの話だが、そんな障気まみれの町に導師を連れて行くという神経がしれないけど、と呟いたシンクにトリトハイムも最早ため息しか出せなかった。とにかく!と再びシンクがトリトハイムの机を叩く。


「…はぁ。イオンの件はまあいいや。とりあえず、親善大使一行が勘違いして導師を連れ戻しに来る可能性があるから、兵を出して彼らを国へ“丁重にお返し”するから!」

丁重にお返し、というのは体よく押し返すとも言うのでは、とそこにいる誰もが言えなかった。そもそも親善大使一行はまだ国へ帰還していないのか、と絶句するものもいたが。今の段階では何も言えないだろう。


シンクの言う兵を出す、ということは危害を加える、という意味ではない。神託の盾騎士団を貸し出し、そのままキムラスカへとお連れするという意味で言ったのだが。[前]がある以上彼らがそれを振り切って逃げることなど予想出来た。向こうはダアトの実情など知るよしもないのだから。

それでもいい、とシンクは考えていた。要は、今此処に、イオンという導師が不在であることを悟られなければいい。守護役であるアニスだけを此処へ残し、あとはマルクトへでもキムラスカへでも帰ってもらおう、と。

「それで、第六師団の帰還命令はどうなってるの?」
「それなのですが、」

トリトハイムとは別の、もう一人の詠師が進み出た。確か、声を聞く限りそれが女性のものであることは聞き取れた。教団兵ではない、詠師職の女性が1人いたな、とシンクは思い出しながら、その声へと振り返る。困ったような笑みを浮かべているそれを見て、シンクの眉間に皺が寄るのが分かった。

「何処にいるのか、はっきりとしないのです。大詠師やグランツ謡将の独断で飛ばされたことははっきりとしているのですが、公的な書類が何処にも見当たらず…」
「嘘だろ…何やってるんだよあの髭…!」


シンクは思わず項垂れた。髭が誰を指すのか、この時点で聞くまでもないのだが。誰もが分かり切っていることではあるが、苦労がにじみ出るシンクに同情の視線しか浮かばない。

第六師団は、神託の盾騎士団切手の導師派だ。そして、他の師団から恨まれることもしばしばあり、独自の諜報部隊を擁していた。それは、決して他へは悟られない公的な部隊ではなかった。しかし、その諜報部隊が大詠師直下の諜報部よりも優秀であることは確かだった。そりゃあれトップがあれなら下もあれだろう、というのがシンクの個人的見解だが。

第六師団を呼び戻し、髭の傾向を知らせてもらう。そのためには第六師団の諜報部隊は非常に好ましい部隊であることには違いなかったというのに。


「もう…こうなったら最終手段…!」

まさか、と誰もが思った次の瞬間、シンクがいい笑顔で言い放った。当然、そこにいる詠師たちに向かって、だ。神託の盾だけではなく教団的に絶対的な命令であるそれは、ダアトに所属するものならば絶対に無視はできない、そういうものだった。

「導師勅命で第六師団の帰還命令を通達」

導師の勅命。シンクの幾分に低い声で発せられたそれは、今までに数回しか聞いたことのないような言葉に、誰もが慌てた。さすがに、いくらシンクでもそれはまずい、と。…かつて一度だけその名前を使って、神託の盾騎士団の部隊見直しを立て直していた奴がいたが、それはいいのか、と思わずにはいられなかった(言わずもがな、それはフレイであるが)


対外的にどう、という問題でもない。だとしたら、別にいいではないか。そういって笑ったシンクに、確かにそうなので誰も何も言えなくなってしまった。最も、フレイが此処にいればそれ以上の手段を持ちえて探し出すことも考えられたかもしれないが。

トリトハイムが頭を抱えているのを見て、こっちだって泣きたいよ!と叫びたくなるシンクだった。

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