「ねーぇもう帰ろうよシンクー」

その言葉は、どちらに向けて放たれたものなのか、気付いたのはアニスしかいない。当然のように、いるはずもないシンクという言葉に全員が一斉に振り返る。そこにいるのは、リンとイオンのはずだ。…しかし、“リン”の姿をしているシンクが腹を抱えて笑っていた。

「ふっ…ははははは!ほんっとうに気付かなかったんだね!」

ぐい、と髪留めを引っ張った。それによって譜業がなくなり、髪の色は緑に戻る。髪留めをポケットに突っ込み髪を掻き上げた。服は、神託の盾の団服には違いなかったが、間違いなくその印象が六神将のシンクであると誰の目にも明らかだった。戸惑っているように見える“イオン”に、白々しい、とアニスが呟く。言うつもりもないが。


「…いつ、入れ替わったのですか」
「いつ?一回しかないだろ」

ジェイドの言葉に軽く返した。それも、至極嫌そうに。曰く、バチカル以降リンには別任務があったんだとか。それは言わずもがなイオンの役割ではあるが、それを気付かせるようなことはしない。それをすれば、ダアトぐるみだということがバレてしまう。しかし、今はヴァンのしでかしたこと、としておくのが一番手っ取り早いのだから。そうして笑ったシンクは“イオン”の片腕を引っ張った。


「悪いけど、茶番はここまでだ」

本来ならグランコクマまで一緒に先行するはずだった。しかし、それにいつまでも耐えられない。此処でフローリアンたちに出くわしたのだから、とシンクは身を引くことを決めた。どうせ彼らはダアトへ来るだろう。その時に、リンとイオンで入れ替わればいい。


しかし、ダアトに戻った時、イオンがフレイとアリエッタと共にグランコクマへ向かったと聞くのはもう少しあとの話になるが。


「おー、シンクかっこいいなぁ」
「言っておくけど、あんたも会話が長すぎるんだよ。もっと早く打ち切ってもらわないと、こっちの身にもなってよね」
「うーわーご立腹。謝っておけフローリアン」
「僕のせい!?」

ぐる、と顔を一回転させてアッシュへと振り返るフローリアン。そんな、“イオン”を掴んでいるシンクと、フローリアンとアッシュに囲まれている面々は武器を手に、攻撃の体勢を見せた。アニスだけは驚いたような表情を取り繕っているが。うまいなー、と、事情を知るものならば感嘆しているだろう。


普通なら、此処で叩きのめしてもなんら問題はない。それは、アッシュがアッシュでなかったらの場合だ。しかし、今はそういうわけにもいかない。それを分かっていたのか、一歩下がったフローリアンと立ち替わるようにアッシュが一歩前へ出た。

「お前らが俺に何を期待してるか知らないけどな、俺はお前らなんざ知らねーから」

ふっと、笑ってそう告げた。それに対して、痛ましそうに顔を歪めているのはティアだ。当然だろうな、とアニスは思った。そして、フローリアンとシンクが何をしようとしてるのか、それすらもなんとなく想像がついた。


「まぁ、お前らが色々気付いたところで、もう遅いけどな」

あの人が悟られるようなことは絶対にしない。最後にそう小さく呟いた言葉は誰にも届かなかった。シンクとフローリアンが同時に発動させたダアト式譜術(“イオン”も一枚噛んでいるのだけれど、それに気付いたのはアニスだけだ)。それによって、そこにいたはずの4人の姿は、いつの間にかなくなってしまっていた。


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