act.1


何処までも落ちていく感覚に、おかしいと感じて目を開ける。確か、あの場所は下に海があったはずだ。落ちたとすれば、いずれは海にたどり着くはずなのだが…。そう思い、目を開ければ、やっぱりだった。見なければよかった、と一人呟けば目に映ったのは高い空だった。苦笑いをして、そこで気付いた。

周りに何もないことに。それにぎょっと目を見開く。先程まで裏山にいたはずだ。落ちたとすれば、木が絶対に見えるはずだ。かつて落ちた経験から。しかしそこには高い空しか見えない。それに、もう一つ。空の色が違う。エフィネアの空は羅針盤があるせいか、空を海が覆っている状態だ。そのせいか、空の蒼が少しだけ濃い。しかし、見える空の色はいつも見ている空よりも少しだけ色が薄い。


「どういうこ…!?」

声を上げて、失敗したと思ったのはその直後だ。派手な音を立てて、水の中へと落下した。派手に水しぶきを上げて、水面に突っ込んだ。声を上げたせいか、海水を飲んでしまい少しだけ咽せた。水面から顔を上げて、水を払うように頭を振った。海の中から見える世界に、辺りを見回す。本当に海だけだ。そして、その海の少し向こう。世界の何処からでも見えるほどに大きな樹がアスベルの目に映った。

「…なぁ、あんな樹、エフィネアにあったか?」
(さぁ、な。我は知らぬが)
「だよな」

ラムダの声に同意するように、頷いた。ため息を零そうとしたアスベルは、不意に声が聞こえて振り返った。少し驚いて声をあげてしまったが。

振り返った先には、何やら不思議な模様を模した大きな船のようなものがあったのだ。船、なのか?と首を傾げていたら、上からまた先程の声が降ってきた。声の高さからいって、女の子の声で。

「あのー!大丈夫ですかー?!」

不意に顔を上げた。その先には、ピンクの髪を上で高く結っている女の子が高く手を振って心配そうに声を上げていた。その女の子の隣で、見慣れない生物が小さな羽根をつけて浮いているのが見えて、苦笑いのように顔を引きつらせた。


(…あの生き物、なんだ?)
(………食えそうだな)
(やめろ!)



最近、ラムダの性格が分からない。がくり、と肩を落としながらアスベルは、その女の子に大丈夫だと手を振った。今助けるから、という声に助かったと、空を仰いだ。どうしてこんなことになったのか。それに、あの時。アスベルが感じた、後ろに引っ張られるような感覚。あの正体は何だったのだろうか。そう思えば、本当に助かったのか、それだけが少し不安だった。



助けて貰い、甲板に上がったアスベルは服の裾を絞った。腰につけていた剣は何故か濡れていなかったのが不思議だが。さすが原素の剣、と内心で呟く。不思議な形をした船を見ていたら、はい、と視界に白いタオルが手渡された。顔を軽く上げれば、先程助けてくれた女の子がタオルを差し出していた。それをお礼を言って受け取ると、女の子は不思議そうに首を傾げていた。


「それにしても、どうして空から降ってきたんですか?」
「……え?」

髪を拭いていたアスベルの動きがぴたりと止まった。空、と言われて上を見上げる。何処までもまっさらな蒼い空で、あの崖がない場所で、まさか崖から落ちました、とも言えずにアスベルは苦笑いを零していた。その態度に、女の子は首をまた一つ傾げた。

「…俺もよく分からないんだよ。ところで此処は一体…」
「カノンノ」


疑問を言葉にしようとしたところ、誰かに遮られた。カノンノと呼ばれた彼女と一緒に振り返ると、船内から男の子が出てきた。剣をつけていることから剣士なのだろう。その男の子はアスベルを特に気にするわけでもなく、右手に立てた親指を自身の後ろ、船内の方を指してカノンノの方を見ていた。

「チャットが呼んでるぜ」
「あぁ!そうだった」
「んで、さっきの人は無事だったのか?」
「うん、大丈夫みたい」

チャットって誰だ、とアスベルが首を傾げる。タオルを頭に乗せたままの体勢でいると、カノンノがアスベルの方へと向き直った。笑顔の彼女にどうしたのだろうとラムダに問いかけるが、知るわけないと言われてしまう。その苦笑いが顔に出ていなければいい、と思った。


「私、カノンノ・イアハートって言います!」
「俺はリッドな」

先まで出入り口の前に立っていた男の子がいつの間にかカノンノの少し後ろに立っていた。そういうことか、と納得したアスベルは頭に乗せていたタオルを左手に取った。二人に笑顔を見せながら、考えはあとに回すことにした。

「俺はアスベル・ラント。助けてくれてありがとう」



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