act.0


草を踏む音が止まる。小さく息を吸い込んで、その場に倒れ込んだ。草の間を擦り抜ける風が頬に当たるのを感じながら、目を閉じる。空に見える青に、海を連想して少しだけ笑った。寝転んだまま背伸びをして、それにつられて少し声も上げた。数秒後、脳内に響いた声に少しだけむくれながら、アスベルは起き上がった。ラントの裏山にある花畑。一人でそこに座って、大きな樹を見上げながら、一人呟いた。

「しょうがないだろ、ソフィはバロニアまでシェリアを迎えに行っただから。俺も行こうとしたら、ちゃんと仕事しろって言われちゃったんだから」

むくれていた理由がそれだった。溜まっているわけではないが、しなければいけない仕事があったもの確かで。少しくらい気分転換をしたかったのもあったが、呆気なく拒否されてしまって。今朝、嬉しそうに出掛けていったソフィを思い出して、一人で小さく笑った。そんなわけであらかた仕事が片付いた昼過ぎに、こうしてアスベルは一人で気分転換に来ていたのだ。…それを咎められたわけだが。



ふわ、と風が舞った。その音にアスベルは木から少し身体を起こし、花畑に視線を下ろした。


「…あれ?今、一瞬…」

どうした、と声が聞こえたと同時に。ぐいっと後ろに引っ張られるような感覚がした。後ろ、と感じておいて首を傾げる。後ろには確か、木しかないはずだ。それにも関わらず強い力で後方へと引っ張られ、

「うわぁ!?」

声を上げるも、そのまま後ろに倒れ込んでしまう。その背中に木に当たった感覚はなかった。倒れ込むどころか、何処かへ落下していくような感覚に目をぎゅっと思わず瞑った。

風が吹き抜ける。花弁が少しだけ舞って、空に高く生えている木が揺れた。そこにはそれだけの風景しかなく、誰の姿もなかった。小さく咲いていたクロソフィの花が、一瞬だけ光ったような気がした。


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