act.9


「へぇ〜貴族様の割には結構戦えるのねぇ」

イリアがホルダーに銃をしまいながら、関心したようにルークの方を向いた。先程までそこに倒れていたキラービーの姿はなかった。蜂のようなその魔物に対して銃を正確に向けられるイリアは腕はいいのだろう。口は悪いが。そんなことを考えながら、ルークは剣を鞘に入れつつも振り返る。今回の依頼は、繁殖しすぎたキラービーの退治だ。あまりに数が多すぎると、この根菌の巣から出て行ってしまうらしい。それと、ついでにキノコ採取だ。

「お前ら程じゃないけどな。趣味程度に剣術やってたくらいだけど」
「ふ〜ん。…ていうかさ、アニスの武器、なんなのそれ」
「トクナガだよ?」
「聞くだけ無駄だイリア。俺も聞いたけど乙女の秘密っつって教えてくれねーんだ」

ぬいぐるみに乗って戦う姿は、何とも言えない不思議さだった。その巨大化するぬいぐるみのせいか、イリアが時々トクナガを目掛けて銃を発砲しそうな場面が何度かあったのも事実だ。正直、アニスはルークの護衛をこっそりとジェイドから言い渡されている。だからこそ、今回の依頼についてきたわけだが。ちなみに普段、動きたがらないイリアはこのメンバーでの回復要員としてアスベルに無理矢理連れてこられていた。仕方ない。

「ていうか!あたしにはアスベルの強さが異常だと思うんだけど!?」
「なに?アニス、呼んだか?」

キノコを採取に、少し離れていたアスベルはアニスの方へと振り返る。その様子に、先程ルークが言ったような台詞をイリアが同じように吐いていた。何を言っても強さの秘訣は教えてくれない、と。アスベルとしては説明のしようがないだけなのだが。キノコを4つ、との依頼だったがアスベルは夕飯にでもするつもりなのか、その倍以上のキノコを袋に詰めていた。勿論、依頼用のキノコは別にして。先程のキラービーの退治でルークが一を相手している間に、アスベルはあっという間に殆どの魔物を倒してしまったのだ。出番がないルークとしては、少しだけ不満そうだったが。正直言えば、アスベルにとっては手応えがない、の一言だけなのだが。言うわけにもいかなかった。

「アスベルがいると樂だな!」

楽観的に考えることにしたらしいルーク。採取で見つけた小麦の入った袋を持ちながら、ルークは何やら楽しそうにそう言った。こういう機会は滅多にないからだろう。そんなルークの態度に、アスベルも自然と笑顔になった。ただ、アニスだけは非常に複雑そうだが。

「……あれ?」
「何?なんかあったわけ?」

首を傾げて、戻る道を指差したアニス。その様子に、キノコを採取していたアスベルも立ち上がる。すっかり慣れてしまっているな、とラムダの声がした。そのラムダの声と被るように、アニスが叫び声を上げた。傍にいたイリアは、あまりの声に耳を塞いでいた。ルークが五月蠅い、と声を上げようとしたのとほぼ同時に、アニスが叫びように戻る道を真っ直ぐ見たあとに、アスベルに振り返る。

「ちょ、ちょっと!なんであんなとろにアルラウネがいるのぉ!?」

アルラウネ、という聞いたことのない名前に狼狽するアニスの視線の先を見た。人のような姿で、頭には何やらサボテンが生えているような気がする距離があり、その正確な姿は確認出来ないが、子供のような姿だったのは確かだ。アニスの狼狽え方を不思議に思ったのか、イリアが首を傾げた。

「何よ、あんなのちょっと色の変わったマンドラゴラでしょ」
「マンドラゴラでも十分強いのに、アレは厄介なんだってぇ…」
「あ、そういえば前に防壁壊されたって報告入ってた気がする。彼奴、ネガティブゲイトとか使う奴だよな?」
「なんでそんなのがこんなところにいるんだ…?」

ネガティブゲイト、と聞いて顔色を変えたのはアスベルだ。大体、魔術(譜術とも言うが)系統を使う魔物はそれなりの知能がある魔物だ。それはそれだけで厄介だというのに、魔術なんて使われたら…。そう考えて、アスベルは振り返る。非常にこのメンツではまずい。何より、今はルークがいる。出来れば遭遇しないように戻りたいのだが、戻り道を占領するかの如く、居座っている。アニスが不安そうにアスベルを見ているのは、ルークを危険にさらすわけにはいかないということなのだろう。それはアスベルにも分かってはいた。しかしまさかこんな粘菌の巣で危ないことになるとは思わなかったのだ。そう思ったからこそ、ジェイドもこの依頼を回してきたのだろうが。

(どうするのだ?)
(…うーん、やるしかないんじゃないか?)
(アスベルが本気を出せばいいだけだろう)
ラムダの最後の言葉は無視することにしたらしい。

「アニス、諦めた方がいいかもしれない」
「えぇ!?」
「何をだ?」
「よし、みんな!やるぞ!」

アスベルが意気込んで、鞘を握った。その様子に一瞬ぽかんとしたイリアとルークは、その意味が分かったのだろう。次には粘菌の巣に響くような悲鳴を上げていた。



「おかえりなさ………って!どうしたの、その傷!」

甲板で洗濯物を干していたファラからの出迎えに、笑顔で答えたのはアスベルだけだった。ファラが驚いたのは、みんなが怪我を負ってボロボロだったからだろう。最も、アスベルだけはそんなに大した怪我はしていなかったのだが。甲板に着いた瞬間に、アニスもルークもイリアも座り込んでしまったのを見て、洗濯物を放り出してファラは三人に駆け寄った。アスベルだけが無事なのを不思議そうに見て、首を傾げていた。ファラからの質問が飛んでくる前に、逃げようとアスベルは足を踏み出した。

「俺のせいー…だよな」
「い、いや…アスベルのせいじゃ…」
「ていうか…逆に、なんで、あんただけ…無事なの…?!」

肩で息をしながら、そう文句を言うイリア。何があったのかをそれだけでは推察出来なかったファラが船内へ向かっていくアスベルの名前を呼んだ。それに振り返らずに、逃げるように「ルビアを呼んでくる!」と走り去ったアスベルの、特に汚れも目立たない白い服をファラは首を傾げて眺めていた。

「…なんで、あいつあんなに強いんだ…?」
「ちゅーか!あんな技あるなら先に出せってーのぉぉぉ!!」

ホールに入ったアスベルの耳に、アニスの叫び声が聞こえてきた。後ろにある扉を見ながら、そんなつもりはなかったんだ、と脳内で言い訳をするが、聞こえているはずもない。だから言っただろうとラムダに言われながらも、本当は本気を出すつもりなどさらさらなかった。ルークが吹き飛ばされて粘菌の中へ突っ込んでいくまでは。単純に言えば、ジェイドに護衛と言われていたのに、それがバレれば確実に何かを言われることが分かったからだ。何か、とは具体的には嫌味なのだが。しばらく一緒にいれば分かる。あのジェイドの嫌味を避けることいは出来ない。早々に悟ったキールとアスベルはなるたけ近付かないようにしていたのだ。あぁ、怒られるかなーと呟きながら、アスベルはルビアを探す為に、船内を歩き始めた。

(それだけを理由に、あの程度の魔物に白夜殲滅剣はないだろう)
「凹んでる時にそんなことを言うな!見られてるの忘れてたんだって」

アスベルが一人で叫んでいる姿をルカに目撃され、後に何かあったの?と不安そうに尋ねられることになるのは、もう数日後の話。


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