act.8


グランマニエ所属船ギルドとして、バンエルティア号が動き出してから一週間ほどが経った。ギルドの名前はジェイドが思い付いたという“アドリビトム”の名前を使って活動している。キール曰く、それは古代神官語で自由という意味だそうだ。そんなことを知っているのはキールくらいしかいないだろうが。
お昼の少し前。ちょうど仕事がなかったアスベルがルークと一緒にパニールの手伝いをしようと、食堂へ向かっている途中。差し掛かったホールで何やら話をしているジェイドと、不思議なぬいぐるみを背負ったツインテールの少女が話をしていた。ルークはその少女に見覚えがあったのか、ホールに入るなりその二人を見て驚いていた。

「アニス?」

ルークに呼ばれたアニスは、ジェイドとの話を中断してルークの方を見た。その瞬間にどこか嬉しそうな顔をしたアニスは、「ルーク様〜!」と手を振りながら笑顔を振りまいていた。その様子は相変わらずなのか、少し押されたアスベルを連れてルークはその二人に近付いた。敬語はやめろ、と言われたルークに少しだけ面を喰らっていたが、すぐにルークと呼び治していた。

「えっと、誰だ?」
「ん?あぁ、ジェイドの部下のアニス」
「アニス・タトリンで〜す」

ルークに問いかけたアスベルに、簡単に返した。頬に指を当てて笑うアニスに、こんな子供が軍人か、と呟いていた。それは恐らく、聞こえてはいないだろうが。アスベルもアニスに名乗り、アニスが差し出してきた手を握った。何故かアニスはもの凄く嬉しそうな顔をしている。その理由をアスベルは知らないわけだが。ルークが言うには「金持ちセンサーが反応したんだって」と意味不明の言葉を発していた。首を傾げるアスベルは放置して、ルークはジェイドに向き直る。その間、首を傾げながらだ。

「どうしてアニスがいるんだ?」
「本国からの連絡役で来て貰ったんですよ。すみませんがルーク、しばらくガイとティアを借りてもいいですか?」

借りてもいい、という言い方は二人がルークの護衛として此処にいるからだろう。王族なのだから少しは自覚を持って一人で出歩くな、と言われているみたいだが、どうにも一人で船内を歩いていることがよくある。周りも気を遣っているのか、そうでないのか、誰かしらが最近は隣を歩いているが。今日はそれがたまたまアスベルなだけだった。自覚が足りないのか、それとも王族ではない扱いをされたいのか。恐らくどちらもだろうが。あっさりと「いいよ」と言ったルークに、ジェイドはあからさまにため息を付いた。本来なら不敬だろうが、ルークが許可しているからいいのだろうとぼんやりとアスベルは思った。

「それではお借りしますね。ではアスベル。しばらくの間、ルークの護衛をお願いしますよ」
「え、俺?」
「はい。貴方の剣技、見たところ一般的に騎士団で見られる剣術がいくつかありましたから。…かなり我流が入っているように見えましたが」

バレてるぞ、とラムダの声がした気がした。ジェイドに隠し事は通用しないということなのだろうか。別段隠していたわけでもないのだが。騎士団、と聞いてアスベルは困ったような顔をしていた。騎士学校にいた頃に一般的な流派は習ってはいたが、まさか異世界でも型が同じだとは思わなかったのだろう。ルークとアニスは、アスベルが軍にいたことに驚いているみたいだったが。

「騎士団っていうか…騎士学校にいたことがあるだけで、卒業もしてないんだ」
「十分ですよ。お願い出来ますか?」

他の方々はお子様ばかりですからね〜とそう言って笑ったジェイドに、冗談で言っているわけではないことは分かっていた。どれだけルークをからかっていても、やはり自国の王族だ。どうしても護衛を付けさせたいジェイドを、そんなものは要らないと思っているルークは睨むように見ていた。アスベルの返事を待っているようでもあったが。とは言っても、アスベルには断る理由もなかった。

「…分かった」
「助かります」

まじかよー、とぼやいたルークに、諦めてくださーい☆とアニスはウインク付きで励ましていた。何の励みにもなっていないが。立ち直ったのか、諦めたのか。ルークは肩を落としたまま再びジェイドへと顔を向けた。

「それで、国からの仕事か?」
「えぇ、今此処にいる位置からの方が近いので、こちらから向かうようにと。ナバージュという村でマナではない代替エネルギーが普及し始めているようでして。それの調査ですよ」

ふーん、と相づちを打ったルークだが、自分は連れて行ってもらえないと思ったのだろう。国からの要請ならば、王族であるルークが行くわけにはいかない。ギルドの仕事ならまた話は別だが。本人曰く、社会見学の為にもギルドの仕事をさせてくれ、ということらしい。子供ばかりのせいか、あっさりとその意見が通ったことにアスベルは驚きなのだが。最もキールだけは呆れていたが。

「大国でもない小さな村が代替エネルギーを使ってる、か」
「あ、アスベルもそう思う?どうにもきな臭いよね〜」

アニスが肩を竦めていたのを、アスベルはふと目に入れた。どうやら同じことを考えているらしい。それに、アニスがいうにはナバージュという村はあまりマナが豊富な土地ではないということだ。だからこそ代替エネルギーは普及したのでは、との考えもあるらしいが。そのようなものがそう簡単に見つかるものなのだろうか。だからこそ、グランマニエも調査を出しているのだろうが。

「あ、そういえば大佐ぁ〜、本当にあたしたちも此処で働くんですか?」
「はい。敬愛する皇帝陛下へは、しっかりと微に入り細をうがつが如く懇切丁寧に説明してきましたから、大丈夫ですよ。アニスも頑張って下さいね」
「もぉ…相変わらずなんですからぁー」

こっそりと、アスベルはガイに問いかけた。ジェイドとグランマニエの皇帝陛下との間に何かあったのか、と。ガイは苦笑いしながらも、幼馴染みなんだよなぁ…とぼやいていた。それは何とも大変そうな話である。グランマニエの皇帝陛下がどのような人であるかは、知らないが。ルークのげんなりした顔で、大変なんだなということだけは分かった。



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