act.7


船の中に案内すれば、説明を他の人たちに任せ、ジェイドは早々に本国と連絡を取ってくると言ってあとにした。それを見ながらルークがひっそりとため息を付いていたことにも気付いていたが、特に何も言わずにそれを見ていた。ホールに入ったところで、チャットとキールが待っていた。他の人たちはどうしたのだろうか、と首を傾げたが、それぞれ別の仕事をしているらしい。

「貴方方がグランマニエの要人ですか?」
「あぁ、俺たちを助けてくれてありがとう」

チャットの質問に答えたルークが、そう感謝の意を示したが。その少し後ろにいたガイが呆れるようなため息を小さく吐いていた。それに首を傾げたのはチャットとキールであり、そのため息を聞いたルークは少し驚いたように振り返った。

「あのなルーク、公式の場じゃないにしても、お前は王族なんだからその口調はないだろ」
「あ、えっと…」

ガイの言葉に思い出したかのように、頬を少し掻いた。その様子からして、普段からそういった口調で話すのが苦手なのだろうな、となんとなく察した。しどろもどろになりながら、再びチャットやアスベルの方に向き直り、どことなく背筋を伸ばして言葉を紡いだ。…それはなんとなくぎこちないものだったが。

「さっきは迷惑をかけて、その…すみませんでした。ありがとう。祖国グランマニエの名にかけて、貴公らの活躍に感謝の意を示させてもらいたく存じます」

しどろもどろな言い方に、小さく笑いを零したのはアスベルだけだった。それに気付いたのはキールだけだろうが。次にはガイから自己紹介をするように促されて、ルークは一息ついてから再び言葉を続けた。

「私はルーク・フォン・ファブレといいます。グランマニエ公爵家の者です。こっちは俺…じゃない、私の従者のガイ・セシル。そして…」
「グランマニエ軍情報課所属、ティア・グランツよ」

ルークたちの自己紹介に加え、アスベルやチャットたちも自己紹介を済ませた。それが終わった頃、偉いと褒められているガイに対して少し困ったように視線を外したルークが頬を掻きながら、遠慮がちに言葉を発した。その様子が少しばかり不思議だったが。

「駄目だ、全然言い慣れねぇや。悪いけど、普通に喋らせてもらってもいいか?」
「うん、俺たちは全然構わないよ」

年も、見る限りはルカやリッドと同じくらいの年代だろう。言いにくそうに話していたルークを思い出して、アスベルがそう言えばチャットもカノンノも頷いていた。それを聞いたルークが、少しだけ照れくさそうに笑っていた。頃合いを見計らって、チャットの隣でそのやりとりを呆然と見ていたキールが口を開いた。ようやく本題に移れる、ということだろう。

「それで、あんたたちを襲ったのは海賊だったのか?」
「いいえ。私たちの船を襲ったのは“ナディ”というテロ団体よ」
「ナディ…?」

不思議そうに繰り返したルカに、視線が集まる。知っているのかというチャットの疑問に答えるかのように、ルカは一度頷いた。全員を見渡したあとで、再び声を上げる。世界樹が生み出す、全ての生命の源であるマナを信仰する宗教団体はかなりの数がある。しかし、その中でもナディはかなり過激だということだ。マナ消費を減らそうと訴えている、環境保護団体と言えば聞こえはいいが、していることは殆どテロとは変わらないという。それを聞いたキールは、少し呆れたように肩を竦めた。

「グランマニエはマナで発展した世界有数のマナ消費国だからな。近年、マナ減少が危惧されていることについては、大学でもよく議論されたものだよ。中には入れ込みすぎて、テロ活動に参加する奴もいたもんさ」
「えぇ、まさしくナディはテロ組織と言えるわ」

その言葉に頷くように、ティアが言葉を重ねた。アスベルにはいまいちついていけない部分もあったが、ナディという組織が大国相手にテロ活動のような運動をしているということだけは理解出来た。これはもう一度勉強した方がいいかもしれない。そう思いながら話を聞いていた。

「マナの大量消費を非難するあまり、文明そのものを後退させようとしてる連中だからな」
「それはまた極端な話だなぁ」
「確かにそうね…。マナ減少は確かに深刻な問題だけれど、それと文明を後退させるのとは話が違うと思う」

カノンノがアスベルを覗くように同意した。文明を後退させることが、必ずしもいいことではない。此処までの文明が発達しているのなら、マナとは別のエネルギーの開発に着手すればいいだけの話だ。実際、グランマニエではそういった研究も進められている、とティアが続けた。アスベルたちがティアの話を聞き入っていたせいか、いつの間にかホールの入って来る音に気付かなかったらしい。後ろで僅かな機械音が鳴った後、ティアの言葉を告ぐように、ルークたちの後ろから別の人物がホールに姿を現した。

「そんなわけで、近隣諸国に理解と協力を得る為にルークが親善大使となり、各国を遊説して廻っていたところだったのですよ」
「あ、ジェイド」

聞こえた声に、ルークが振り返る。先程本国と連絡を取る、といって一旦此処から離れていったジェイドだった。どうだったんだ?と首を傾げたガイに、曖昧というよりも、胡散臭い笑みを浮かべたジェイドに、何かに気付いたのだろう。ガイが僅かに後ずさった。が、その後ろにはティアがいた為、あまり意味はなかったが。いきなり現れたジェイドに対して、キールが訝しげに眉をひそめているのが分かった。

「あんたは?」
「申し遅れました。私はグランマニエ国軍大佐、ジェイド・カーティスと申します」

その胡散臭い笑みを浮かべたまま、そう言って少し頭を下げたジェイド。ジェイドを含め、ルークたち四人を見渡して、状況を理解したチャットが腕を組んで少し考え始めていた。ふと、どうしてジェイドは本国から入ったはずの連絡事項を今此処で言わないのだろうか、とアスベルは思っていた。胡散臭い笑みといい、何かを企んでいそうな雰囲気ではあったが、チャットが分かりました、と口にした以上、言葉を発する機会が少し遠のいてしまった。

「落ち着くまであなた方を匿いましょう」
「おや、それは助かりますね」

にっこりと笑ったジェイドに、「あ」と呟いたのはルークだった。付き合いが長いのだろうか、その雰囲気に嫌なものを感じたのだろう。一歩前に出たジェイドに代わって、ルークは一歩後ろに下がり、ガイとティアの間に収まった。その様子をカノンノは首を傾げて見ていたが、問いかける前にジェイドの口が開かれた。

「それでは私からも提案です。これからこの船にはグランマニエの所属船ギルドとして働いて頂くのはいかがでしょうか」
「はぁあぁ!?何を言っているんですか?!」
「おや?この船は無所属の不明船ですよね?海賊と疑われてもおかしくないのですがねぇ。まぁ貴方やそちらの学生さんたちが海賊だとおっしゃるなら、拘束しなければいけませんが」
「えぇ!?ぼ、僕は海賊じゃないし…」
「そうだな。それにグランマニエの所属ギルドの方が依頼も増えるだろう」
「ちょ、ちょっと!船長は僕ですよ!?」

あぁ、最初からこのつもりだったのか。そう苦笑いするアスベルとは正反対に、困ったようにチャットたちをはらはらしながら見守っているカノンノ。まさかとは思ったけれど、この船が国籍無しの船だとはアスベルも思いもしなかったのだ。チャットは海賊を目指しているのだろうが、ルカやキールはただの学生だ。それが海賊として捕まったというわけにもいかないのだろう。ジェイドの案に乗る気でいる。
ふと、そのジェイドの後ろの集団、ルークたちに目をやった。何やら一枚の紙によってたかってため息を付いている姿が見えて、アスベルは不審に思いながらもルークたちに近寄った。それに真っ先に気付いたのはルークで、即座に済まなそうな顔を浮かべていた。

「なんか…ごめん」
「海賊として捕まるよりもマシだろ。それに国籍無しだとは思わなかった…」

ぽつりと最後に呟いた言葉は、どうやらルークには聞こえなかったらしい。首を傾げたルークに、何でもないとアスベルは返した。その時に、ルークの持っていた紙に目が行った。何をそんなに複雑そうにそれを見ているのだろう、と思ったからだ。
その紙に書かれていたのは、無所属船バンエルティア号をグランマニエ皇国所属船として認めるという認可の書類だった。それに気付いたアスベルは、弾かれたように顔を上げてルークの方を見やった。困ったように後ろ頭を掻きながら、ルークは視線を泳がせた。その先にはジェイドがいたのは、確かだが。

「は、はは…マジごめん。ジェイドって、あぁいう奴なんだ。無所属船に俺が乗ってるわけにもいかないし、こんなに早く認可が下りるとも思わなかったから…。どうせ断られはしないだろうからって、先に本国に連絡してたんだ」
「まぁあの調子じゃ丸め込まれるのも時間の問題みたいだしなぁ」
「そういえばアスベル、この船って子供ばっかりなのか?」

あの調子、と言われて何やらジェイドと揉めるチャットを見やったアスベルを、不思議そうにガイが見ていた。その質問に答えはしなかったものの、アスベルの苦笑いする姿で気付いたのだろう。何とも言えない表情になっていた。ギルドとは言っても、殆ど外部からの依頼などなかったに等しい。知り合いや身内からの依頼ばかりで、はたしてギルドと言えたかどうかも怪しかったのが、これにより本格化することは目に見えている。だからこそ、止めはしなかったのだが。最も止めたところで丸め込まれるのは、もう分かっていた。

「それにしても、ギルドの発足人は誰で申請したのかしら」
「ジェイドじゃないのか?」
「軍人はギルド発足は出来ないことになっているの」

ティアの言葉に、少し目を丸くしたがすぐに気付いた。ギルドを私物化されてクーデターでも起こされたら困る、ということなのだろうか。違うにしても、間違ってはいないだろう。ジェイドが発足人でないとなると…。自然と答えを導き出したアスベルとガイは、ルークを見ていた。王族で、公爵家。二人に見つめられたルークは少し戸惑いはしているものの、少し考えるように俯いて、すぐに気付いたらしい。嫌そうな顔を浮かべて、ジェイドの背中を睨んでいた。

「………ジェイドの奴、代理人で俺の名前使ってギルド発足申請出したな…」
「まぁギルドが有名になればファブレ家にも有益になるから、いいんじゃないのか?」
「そういう問題か!?」

ガイの苦笑いに詰め寄っていくルーク。そのいつになく真剣なルークに、ガイが一歩二歩下がった。両親に迷惑をかけるわけにはいかない、とルークがそう言いながらガイに詰め寄っていく。ガイに問い詰めたところで意味は無いのは分かってはいるが、ジェイドには勝てないと分かっているから、ただの憂さはらしだろう。その様子を見てため息をついているティアに向かって、アスベルは不思議そうな顔を浮かべて尋ねた。

「…なぁ、ルークって王族なんだろ?あんなに親しくしてていいもの、なのか…?」
「……本来は駄目なのだろうけれど…。苦手なんですって、彼」

お堅いのが苦手な彼が、渋るガイやティアに普通に公の場以外は普通にしてくれ、と言ってきたらしい。およそ王族らしからぬ態度だが、威張り散らさないことも大切だよな、と友人であり、王である彼を思い浮かべて、アスベルは小さく笑っていた。それでも、いつもこの調子なのは困るのだけれど、と頬に手を当ててため息を付くティアに、アスベルは苦笑いをする以外の反応は返せなかった。


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