act.6


調査依頼を終えて、その調査書を自室でまとめていた時だった。報告書類は苦手なんだとぶつぶつ言いながらもそれを書いていた時、途端に船が大きく揺れた。思わず声を上げてしまったが、それ以上に握っていたペンが紙へと走っていた。ほぼ終わっていたその報告書には大きな斜め線が書かれてしまっていた。それを見て、思わずアスベルは顔をしかめて紙を掲げて見せて、わざとらしくため息を吐いた。誰に向かって言うわけでもなく。

「せっかくここまでやったのに…」
(諦めろ)
「お前はやらないからそんなこと言えるんだろ」
(なら、代わるか?)
「いや、いい。戻った時に大変なことになるから」

はぁ、とため息を付きながら、ラムダとくだらないやりとりを繰り返す。既にもう疲れたのだろう。その紙を放り投げて、机に突っ伏した。アスベルが投げた紙が放物線を描いて、真後ろに落ちようとしたとき、慌ただしく自室の扉が開かれた。その音に驚いて、アスベルが振り返る。ちょうどその時、丸められた紙が床に落ちた。肩で息をして尋ねてきたのはカイウスだった。酷く慌てている様子に、先程の揺れと何か関係があるのではないかとアスベルが勘づいた時、カイウスが荒げた声を上げた。

「アスベル、大変だ!」
「何かあったのか?」
「いいから、早く甲板に来てくれ!」

首を傾げたアスベルの腕を引っ張って、そのままカイウスの手で自室から出される。掴んだままカイウスが走り出したものだからアスベルは完全に引っ張られる形になってしまっている。その間にも僅かに船の揺れは続いていて、それだけでも何か非常事態が起こっていることだけは確かだった。



カイウスに連れられて甲板に出たときには、もう既にみんなが集まっていた。縁に集まって一点を見ている。アスベルはカイウスに手を引かれて、船の縁に手を掛けた。乗り出すように、アレと言ってカイウスが指を差した方向には、何やら物騒なことが行われていた。それを見て顔をしかめたアスベルのすぐ横にいたリッドも、嫌そうな顔を浮かべていた。

「船同士が戦ってんのか…一方的だなー」

大砲の撃ち合いが続いているのが見える。煙が上がっているその様子に嫌でも戦いが起きていることが分かる。小さな船がよってたかって大きな船一つを一方的に攻撃しているようにも見えるが。げ、と声が聞こえた方に顔を向ければリッドの向こうで、眉を寄せたイリアがじっと大きな船を見つめていた。この中でも視力は良い方だという。

「ちょっと、大きい船の旗、あれってグランマニエの国旗じゃない?」

グランマニエに少しアスベルは首を傾げた。確か、マナを使って発展した大きな国だ。皇帝を擁する国でその技術力も高いと聞いていた。その国がこんな海上で争っているとなると、敵国同士の海戦ということも考えられる。もう一つは、海賊ということもあるが。そう考えていると、同じことを思ったらしいパニールが隣で慌てているのが分かった。ただ、どうすることも出来ないのも事実なので、みんながこうしてたかって見ているだけだ。
ふと、チャットが双眼鏡を取り出してそれを覗いていたのに気付いた。だいぶグランマニエの船から煙りが上がっている。あれはもう長くも持たないだろう。このまま此処を離脱するか、それとも逃げ出すかだろうな、とアスベルは小さく呟いていた。

「グランマニエの船から脱出用の小舟が…。きっと要人を逃がすためでしょうね」
「逃がすとは言っても、この辺で隠れられる場所はアメールの洞窟くらいだ。この場所から近いから、見つかるのも時間の問題だろうが」

今現れたらしいキールがチャットの言葉を聞きながら、そう呟いていた。アメールの洞窟というと、隠れるにも良い場所だが此処から近すぎて、キールの言う通りに追われているのだとしたらすぐに見つかってしまうだろう。アスベルがどうするかしばらく考えている間に、とっさに出た言葉だろうが、助けようと言ったファラにあからさまにめんどくさそうな顔をリッドとイリアがしていた。この状況でも相変わらずの二人に思わず失笑が零れる。否定の声を上げようとしたリッドを遮って、いつになく意気込んだ様子でチャットが声を上げた。

「これは名を上げるチャンスです!僕たちで救助しましょう!」

やっぱりそうなるのか、とため息を付いたのはキールだった。特に反対する様子もないが、かといって行きたくもないらしい。そのことが決まると即座に船内へと戻っていってしまった。ただ、全員で行って船を開けるわけにもいかないというわけで、四名がアメールの洞窟に向かうことになった。

「分かったから、此処で喧嘩するなよ?俺が行くから。あと、多分回復出来る人がいるといいだろうからルビアも来てくれるか」
「えぇ、もちろんよ!」

言い争いを始めそうな一同を慰めながら、提案したアスベルにすぐにルビアは同意してくれた。それから前衛とフォローが一人ずつということで、回復術も使えるルカとカノンノが一緒に行くことになった。





「あ!ねぇ、あの人たちじゃない?」

ルビアが声を上げ、指を差した方向には二人の人が見えた。松明が燃えているのも確認が出来る。カノンノは別行動をしているために、アスベルとルカとルビアの三人だけだった。人を救出するには少ない人数だよな、と苦笑いしているアスベルなど二人は気付いていないだろう。目にはっきり見える距離に近付いたところで、二人が怪我を負っているのをルビアが確認した。それに、慌てて駆け寄ろうとしていたのも。

「ルビア、下がれ!」
「え?…きゃあ!!」

駆け出したルビアの襟を掴み、後ろへアスベルが投げた。ルカの横で尻餅を着いているルビアが文句の一つでも言おうとアスベルを見上げた時、金髪の青年と剣を交えるアスベルの姿を見て、ルビアが驚いたような声を上げていた。
それはまぁ警戒するよな、と一人零したアスベルに返事を返したのはラムダだけだった。ギリギリと剣が重なって鳴る音が静かな洞窟に響いた。今まで追われていたのだ、急に現れたアスベルたちに警戒するのも無理はない、が。確認もしないうちにそう警戒心を剥き出しにするのもいかがなものだろうか。アスベルが相当に強いことに気付いたのか、剣を引き離して距離を取ったのは青年の方だった。その青年の後ろにいる赤毛の少年が、彼をガイと呼んでいたからきっとガイという名前なんだろう。この状況でものんびりと辺りをアスベルは見ていた。
さて、どうするか。警戒心剥き出しで話を聞いてもらえる状況ではないことも確かだが、このままではこちらが怪我させられてしまう。早いところ、カノンノが戻ってくれば早いのだが。

「ま、待って下さい!貴方たちがグランマニエの要人ですよね?」
「もう追ってきたのか…。だが、ルークを渡すわけにはいかない!」

全く聞くつもりはないらしい。ルカの質問を聞き流し、再び剣を構えたガイはアスベルに向かって剣先を少し下げた。その技に見覚えのあったアスベルはそれを左へと避けた。確か、アスベルの弟が使っていた虎牙破斬という技だった気がする。見覚えのあった行動だからこそ、それを避けられたのであって。まさか綺麗に避けられるとは思わなかったのだろう。そのガイの一瞬の隙に抜き身の剣を振り上げ、その剣先へと落とす。高い金属音に剣が弾かれ、ガイの持っていた剣は壁際まで吹き飛んでいった。その隙に、鞘で腹部を強打し少し距離を空けた。封神雀華をモロに喰らったガイはその場に膝を着いた。

「うわぁ…アスベルってば容赦ない…」
「い、いや!?手加減したんだけどな…」
「あれで手加減って、アスベルったらどれだけ強いのよ」

半ば呆れるようなルビアの声に軽い笑いを零していたら、二人は不審に思ったのだろう。首を傾げていた。ルークと呼ばれた彼は膝を着いて荒い息をするガイに駆け寄っていた。見る限り、ルークも相当な傷を負っているのが見えた。その様子を見ながら、アスベルがルビアに声を掛ける。それだけで気付いたのだろう。刺激しない程度に距離を保ったルビアがナースの詠唱を始める。ほぼ魔術が完成した頃に、背後から足音が聞こえてルカと二人で振り返る。

「あ、いた!みんな、無事?」
「僕らは無事だよ。もう1人は見つかったんだ」

うん、と頷いたカノンノの後ろには茶髪の長い髪の女性と男性の軍人が立っていた。アメールの洞窟で会った眼鏡の男性軍人の方、ジェイドは怪我をしている様子のガイに呆れたようにため息を零していた。ルビアの魔術であらかたの怪我が治った二人は立ち上がり、アスベルたちを呆然と見ていた。

「ガイが早とちりするなんて、珍しいですねぇ」
「あ、あれ?ジェイド、とティア?」

ルークが不思議そうに二人を見比べて、それからアスベルを見た。いまいち状況が掴めてないのだろう。最初に会ったジェイドが言っていた、“やんごとなき身分の方”というのは恐らくルークのことだろうが、この様子からではとてもそれが想像出来なかった。アスベルの身近にいた王族という者がリチャードだったこともあるのだろうか。とは言っても、昔からの馴染みのせいかあまりそういった意識はないが。

「二人とも、怪我は?」
「さっき治してもらったから…ところで、こいつら追っ手じゃないのか?」
「私たちを保護して下さるギルドの方々よ」

ティアの少し呆れたような声音を聞いた途端に、済まなそうな顔をして少し頭を下げたルークとガイ。あの状況では仕方なかったからな、とアスベルが苦笑いしたあとに二人、正確には吹き飛ばしてしまったガイを見た。剣はルカが回収してガイに渡したみたいだが。ルビアが最初に渡そうとしたが、思い切り拒否されてしまったからだ。原因が分からないせいかルビアが凄く落ち込んでいる。

「ってことなんだけど、蹴り飛ばしてごめん」
「いや…俺もいきなり斬りつけて悪かった。お嬢さんも、ごめん」
「え?いえ、私は大丈夫ですよ」

ルビアに向き直って、再度謝り治したガイに逆にルビアが恐縮してしまった。ルカはどうやらルークの話を聞いてるみたいで。この場合、責任者に話をした方がよさそうだな、とアスベルはジェイドに向き直った。また同じことを考えていたようなジェイドもアスベルの方を向いていたが。アスベルが口を開く前に、ジェイドの方から言葉が出たが。

「貴方が保護者でいいんですか?」
「ほご…!いや、まぁ…そう、なるかな。とりあえず船まで案内します。そこでお話を伺ってもよろしいでしょうか」
「えぇ、ではお願いします」

久々に大人の人間にあったかもしれない。ふとそう思ったアスベルは、今更ながら周りに子供しかいなかったんだなぁと実感していた。ジェイドもそれに気付いたからこそ、アスベルの方へと話し掛けたのかもしれないが。


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