小説 | ナノ
 「病院と太陽と約束」

「あ、あの……
紛らわしい連絡は勘弁して下さいって
先生に言っておいて……くれませんか」

「あはは……いつもごめんね。
私達も何度か言ってはみてはいるんだけど」

息を整えつつ、
冬花さんに
姉の担当医への文句を溢す。

仕事中に着信が来て
本当に焦った。

仕事を終えて、
折り返したら、
「ちょっと問題があって
これから来てくれない?」だもんな……。

しかも、
大した問題じゃなかったし。

優しくていい先生なんだけど、
誤解を招く様な言い方をするのが
玉に瑕。

あ、お兄さんと会った翌日ーー、

つまり今日の朝。
案の定、筋肉痛が出ました。

そして、
その痛みにひいひい言いながら
職場からここまで全力疾走したので、


もう私のライフは0よ……。

「でもお姉さんに大事がなくて
良かったわね」

「はい……」

汗だくの私にも
ふふ、と優しく
笑いかけてくれるこの人は、

この病院に勤務している
看護師の冬花さん。

面会の受付の時に
対応してくれる事が多い人で、

こうやって
私が姉の主治医の先生に
振り回された時に慰めてくれる
凄く良い人でもある。

「じゃあこれお返しします」

「はい、お預かりします。
今度は金曜日かしら?」

「はい。」

首にぶら下げていた面会証を外して、
冬花さんに渡す。

「じゃあまた金曜日、宜しくお願いします」

「はい、こちらこそ。
先生には私からもう1度言っておくわね」

冬花さんの優しさに
少し泣きそうになりながら、
一礼をして受付を離れた。

「疲れたな……」

ここまで来たんだし
裏庭の休憩スペースに行って、

作ったクッキーを食べつつ、
昨日買ったルールブック読んでみようかな。

雷門中と月山……なんとか光中との
試合は来週だし、

それ迄に
ルールくらい覚えとかないと。

ルールも知らずに
観戦するって言うのは、

サッカー部の子達にも
チケットをくれた顧問の先生にも
失礼だしね。



「オフサイド……」

えーっと、なになに。

オフサイドが成立する前提として、
攻撃をしている選手が
オフサイドポジションにいる事が
求められる。

オフサイドポジションとは、

1、相手陣地内(攻撃)にいる。

2、ボールより前にいる。

3、守備側が守るゴールラインから
攻撃側の選手の間に
守備側の選手が1人しかいない。

つまり、攻撃側選手が
守備側のゴールラインから
2人目の守備側選手より
ゴールラインに近い位置にいる。

「うん?」

分かるような分からないような。

原則として
オフサイドポジションにいること自体は
反則とはならない。

「ダメだ、分からん」


細かい図解がついてる
ルールブックを買えば良かった。

「初めての人のサッカールールブック」
なんてタイトルだったから
買ったのに、

開けてみたら
図より字の説明の方が多いし。

「はあ……」

「お姉さんサッカーに興味あるの?」

「うん?うん」

「うん」

・・・。


「誰だ貴様!?」

「わ、そんな驚き方されたの初めて!」

「私も初めてだよ!」


この数秒間で起こった事を
落ち着いて
まとめていこう。

まず、肩に
何かが触れた感触がして。

その1秒後くらいに
知らない声がすぐ近くで聞こえた。

そして、ほぼ同時に
問いを投げかけられて
思わず答えた。

ここで
「え?」って思って、
声が聞こえた右隣を見たら

オレンジ髪の謎の少年が
このルールブックを
覗き込んでいた。←イマココ!

「ごめんごめん。

クッキー食べながら
眉間に皺寄せてうんうん唸ってたから
気になってさ」

病院服を着たその少年は、
言葉では私に謝りつつも
凄く楽しそうに笑っている。

「何見てるかなって近付いたら、
サッカーのルールブックだったから
つい声かけちゃったんだ」

「サッカー好きなの?」

「ああ、大好きさ!」

あ、この子
本当にサッカーが好きなんだなって
その笑顔を見てすぐに分かった。

だって、
雷門の子達みたいに
笑顔がキラキラしてる。

言葉に例えるなら、


「太陽みたい、」

「え?
僕の名前知ってるの?」

「え?」

・・・。

「あ、僕
雨宮太陽って言うんだ。」

「そんな事ってある!?」


この台詞言うの
ここ最近で何回目だろう。

でも、そっか。

さっきの笑顔もそうだけど、
髪の色が橙色だから

本当に名前がピッ、

「あ、ねえ、
今どこ見てたの?」

「ちょ、ちょっ、
ちょっと?
話を聞こうか太陽君」

私の精一杯のモノローグ(間取り)を
遮るんじゃない。

文章と会話文のバランスって結構大変なんだぞ!
なんて、思ってる間に

太陽君は
ルールブックを見ようと
そのままぐいぐいと距離を詰めてくる。

自由だなこの子。

「オフサイド?」

「うん……」

大好きって事は、
サッカーのルールには詳しいんだろう。

だから、
そんなに不思議そうに尋ねられると、
自分の無知さが
ちょっと恥ずかしかった。

「本当に初心者なんだ私……」

「成る程ね。
どうしてこれを買おうと思ったの?」

「この前、
母校のサッカー部の練習を
見に行ったんだけど、

練習してる時のその子達が
凄く楽しそうだったから……。」

「へーそうなんだ!」

「それと、
全国大会の観戦チケットを
昨日貰ってね。

ルールも分からずに
見に行くのはその子達に失礼かなって」

「ふんふん」

「あ、そうだ。

みんな、
さっきの君みたいな
凄く素敵な笑顔してた。

それを見たら、
なんだかいてもたっても……」

「うんうん!」

「………」

「お姉さん?どうしたの?」


会ったばかりの少年に
何ベラベラと
自分の気持ちを素直に語ってるんだ
私はーーーーッ!!

昨日のヤンキー君とのやりとりと
お兄さんの言葉で
反省したんじゃなかったのか!

バカか!バカだわ!

「ねえ、お姉さん。」
「へ?」

穴があったら入りたい……と
悶えていたら、肩を優しく叩かれた。

「良かったら
僕がルール、教えようか?」

「太陽君が?」

私の熱弁っぷりに
引いてるだろうな、と思っていたので

その提案に
思わず呆けた声が出る。


ゆっくり顔を上げると、

太陽君は
肩に添えている手とは
反対の手の親指を立てて、

さらに綺麗に
ウインクをしていた。

「一瞬、
何処ぞのアイドルかと思っちゃったよ……
って違う!」

「アイドル?
はは、お姉さんって面白いね!」

なんと、人生初おもしれー女判定を
貰ってしまった。

太陽君が
笑い飛ばしてくれる子で良かった。

ヤンキー君だったら、
多分無言で頭叩かれてましたねこれは。

「そうだ。
お姉さん、名前は?」

「私?
あ、まだ名乗ってなかったっけ。

私の名前は、みょうじなまえだよ。」

「なまえお姉さんね。」

「う、うん」

最初から名前の方で呼ばれて、
ちょっとドキッとしてしまった。

今の子の
距離感ってこんな感じなのかな……。

「僕、
今この病院に
検査入院してるんだけど

検査以外の時が
本当に暇でさ。

話してくれる人探してたんだ。」

「あーお姉ちゃんも
言ってたなそんな事。」

「お姉さんが入院してるの?」

「うん。
今日はその面会で来てたの。

というか、呼び出しを食らったというか」

そのお姉ちゃんは
最近は買って貰ったゲームやって
楽しんでるみたいだけど……

今日はなんだかんだ
会えなかったからな〜

体調悪化してないといいな。
ちょっと心配だ。

「え、
なまえお姉さんのお姉さんに
何かあったの!?」

「合ってるんだけど、
ちょっとややこしいね!?」

ずっと聞いてたら、
ゲシュタルト崩壊起こしそう。

「いや、それが先生の早とちりでさ〜
職場から急いで
走ってきたのに〜って」

「え?職場?
……なまえお姉さんって、何歳?」

「ん?21だよ」

年を答えると、
今迄ずっと
ニコニコしていた太陽君の顔が

ピシッ、という音が
聞こえそうなくらい
急に固まった。

「ど、どうしたの?」

「……ごめんなさい!
僕、なまえお姉さんの事
高校生くらいだと思って、
気安い感じで話しちゃった!」

大きく頭を下げる太陽君の姿に
混乱しつつも、

数秒後に
その意味が理解出来た。

「え?ああ、」

「いや、違う。
話してしまいました!」

「えええ、別にいいよ。
私気にする方じゃないから。」

だから、顔を上げて?
と今度は私が肩を叩くと、

太陽君はゆっくりと
顔を上げた。



その表情は
まだ少し不安そうだったけど、

私の顔を見ると、
さっきまでの笑顔に戻ってくれる。

「じゃあ、お言葉に甘えて
このままでいかせて貰うね。」

「うん。
私もその方が気が楽だから」

むしろ、
同じテンションで
話してる私の方が問題な気がって
また思ったけど、

太陽君の嬉しそうな笑顔を見たら
なんだか小さな事の様な気がしてきた。

「それで、どうする?」

「え?」

「ルールの事!」

そうだった。
話が少しずれちゃったけど、

太陽君が
良かったらルールを教えてあげるよって
提案してくれてたんだった。

「うーん、じゃあ
私もお言葉に甘えて……

教えて貰おうかな。」

1人で読んでても、
さっきみたいにまた何度も混乱しそうだし。

こういうのは、
分かってる人に教えて貰うのが
1番だよね。

「あ、でも
私から何も返せるものがないね……」

タダで教えて貰うのは、
流石に年上としてのプライド(?)が……。

「え?
そんなの気にしなくていいのに。

僕とお姉さんの仲でしょ!」

「太陽君
めっちゃぐいぐいくるね……!?」

顔が近い!
これ、側から見たら
結構事案に近いよ!

いや、確実に事案だよ!

私は本当に警察のお世話には、

「そうかなぁ、
僕はさっきのなまえお姉さんの言葉の方が
積極的だったと思うけど」

「へ?」

積極的な言葉?
そんな事、私言ったっけ?

「《まるで太陽みたい》、とか

《さっきの君みたいな
凄く素敵な笑顔》〜とか、」

「ああああ!!!
勘弁して!!
全力疾走したから、疲れてて
言っちゃっただけで普段はそんな事、」

あれ?
前に松風君に似た様な事を言った気が。

いやどう考えても気のせいですね。
ウン、キットソウダ〜

「え?
僕は嬉しかったよ。
なんというか、胸に響いた」

「……太陽君、
本当アイドルの素質あると思うよ……」

太陽君は
こっちの反応が間違っていたと思うくらい
けろっとした顔で
そんな言葉をこぼした。

最近の子は
末恐ろしいな……!!

「はは、僕は
アイドルより
サッカー選手になりたいなあ。」

あれ、
今の反応を見て
ちょっと思ったけど

太陽君って松風君に似てる?

「あ、これでいいよ。」

「ギャッ、」

なんて考えて
ぼんやりしてたら、

太陽君が身を乗り出して、

左端に置いていた
タッパーからクッキーを一枚取った。

「太陽君あの、
さっきから近い近い近い」

「あ、美味しい」

「う〜〜んと、
お姉さんの話を
少し聞いてくれると嬉しいな〜」

「え?聞いてるよ」

「嘘つけ!
クッキーバリバリ食べながら言われても
全然説得力ないよ!

ほら、これだと
私本当に
警察のお世話になっちゃうから、ね?」

病院で事案逮捕とか
1番笑えない。

裏庭に私達以外の人が
いなくて本当に良かった。

「うん。レッスン料は
このクッキーでいいよ。」

さっきから
太陽君が自由過ぎるけど、
なんかもう……何でもいいです……。

憎めないってこの事だなあ。

「なまえお姉さんは、
病院に来る日は決まってるの?」

「うん。
火曜と金曜で、
面会が終わるのは大体4時くらいかな?」

「火曜日と金曜日の4時ね。
分かった!

っと、流石に僕
病室に戻らないと。」

「私ももう帰るよ」

タッパーの蓋を閉じて、
リュックにしまう。

「じゃあ、えっと、
宜しくお願いします……?」

「うん、任せといて!」

小さく一礼をすると、

太陽君はまたアイドルウインクをして
ぐっ、と親指を立てる。

「じゃあ、次は……金曜日か。

また金曜日にね!なまえお姉さん!」

「うん、またね。
太陽君。」

太陽君とはロビーで別れた。

「ふう、」

まさか
こんな事になるとは思わなかったな。

ヤンキー君に会ってからというものの、
偶然からの出会いが多い気がする。

「でも、嫌じゃないな」

手の中のルールブックを
一度強く握って、病院を出た。

全国大会開幕まで
後少し。




・・・





「面白いお姉さんだったなぁ」

貴様、なんて
生まれて初めて言われた。

後《アイドルに向いてる》
って言葉も。

僕の何処を見て
そう思ったのか、
次会った時に聞いてみよう。


「ふふっ、」

あわあわしてたけど、
目はしっかりした人だった。

僕の事を患者扱いしないし、
それに。

《太陽みたい》

《みんな、さっきの君みたいな
凄く素敵な笑顔してた。》

とか、

多分普通の人が聞いたら
恥ずかしくなる様な言葉を
真っ直ぐに言うんだもんなあ。

でも、僕はそうは思わなかった。
逆に凄く嬉しかった。

ああ、僕は
サッカーが大好きだって
改めて自覚したし、

少し安心した。

「……弱気になってた、のかな」

ここに入院してから、
担当の看護師さんと
お見舞いにくるチームメイト、家族
くらいとしか話してない。

だから、
なまえお姉さんとの会話は
新鮮で、楽しかった。

凄く気が楽で、
サッカーの事を話してても
胸が締め付けられる様な気持ちには
ならなかったけど。


「でも、胸の奥がジリジリする」

まるで、炎天下の太陽の光を
浴びた後みたいな
小さな痛み。

「うーん」

考えても
それの正体は分からなくて、

少しモヤモヤしながら、
またベットに横になる。

けど、これで
楽しみが一つ増えた。

なまえお姉さん
サッカー好きになってくれるといいな。

いや、絶対なってくれる。

サッカー部の練習見て
ルールブック買ったくらいだし。

「……そうしたら、
僕の試合も見に来てくれないかな」

目を閉じてる内に
眠気が戻ってきた。

いつもみたいに抵抗せずに

そのまま
微睡みに身を委ねる。

早く、金曜日に
ならない、かなーーー。








prevnext

back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -