※ふんわりセックス
※ダンゾウの家庭に捏造有り

▽ ▲ ▽


 ダンゾウが4歳のとき祖父が、15歳の時に父が殉職し、彼は今まで住んでいた志村一族の立派な平屋を引き払って父親の弟である叔父の家に引っ越した。
 叔父は、眼を悪くして日常生活に支障をきたしていた上、その奥さんも亡くなったので、ダンゾウの父に猫可愛がりされていたそうだ。恐らく、存命だった頃の言い含められていたのだろう、父親の死後叔父さんの世話はダンゾウがすることになった。その叔父さんも第一次忍界大戦で戦死して、ダンゾウは今小さな一軒家に一人暮らしだ。
 ダンゾウの家とわたしの家が反対方向にあることは知っていた。計画的(被)お持ち帰りをまんまと成功させて頭の中はとってもふわふわしていたけれど、彼がブツブツ文句を言いつつ寝室に運ぶ間に少しでも頬を緩めたらその瞬間外に放置されそうだったので、気持ち悪くて今にも吐きそう、という顔を保つことに努めた。
「ダンゾウごめぇん…ありがとねぇ、鍵貸してね」
「…………」
「わたしちょっと寝たら帰るからね!ちゃんと帰るからぁ、だから家の鍵ちょうだい」
「………チッ……」
「ねぇ!ダンゾウの家の鍵だよ!鍵くれないと、玄関あけれないじゃん!帰れないじゃん!」
「ハァ…………」
 わたしをベッドに横たえながら心底嫌そうにため息をつく。そこでやっと、自分がとても頓珍漢なことを連呼していたことに気が付いた。わたしも相当酔ってるみたいだ。
 水が入ったグラスを押し付けられて、「ありがとうございます」と受け取ってごくごく飲む。はぁ冷たくて気持ちいい、大分意識がはっきりしてきた。アイスの前に一回吐いたから気持ち悪さもない。
 ダンゾウに、酔いが冷めていることを気取られないよう注意しながらグラスを返して、さぁてどうやってこっちの布団に呼び込むかと考えていたら、強引に肩を押されてベッドに押し付けられて布団を被せられた。
「寝ろ」
 酔いつぶれた女を家に連れ込んでおいて、何もせずに背中を見せるとはどういうことか。
 バサッと布団を跳ね上げる。廊下の右側から光が漏れている。食器棚を開閉する音が聞こえたので、ダンゾウは隣の部屋――台所らしい――で何かしているらしい。わたしの通された部屋はたぶん来客用の寝室で、ダンゾウの寝室はその隣にあるから、いざとなれば夜這いすればいいが、その前にしっかりアプローチをかけておきたい。
 布団から立ち上がってそっと廊下に出て、光が漏れている部屋に近づくと、引き戸が開いていたのでそっと中に入る。テーブルの上には噛み煙草の缶が所在なさげにポツリと置かれているだけで、他は綺麗に片付いていてる。気配に気づいて振り向いたダンゾウの手には、純米酒とコップ。
「……どうしたの、まだ飲むなんて」
「動けるなら帰れ」
 三白眼でギロッと睨まれて、うっ、と言葉を詰まらせながらも近寄って、勝手に食器棚を開けた。静止の声を無視してコップを出して、ダンゾウが台所に寄りかかりながら酒を傾ける隣に並べる。「お前弱いんだろ、やめろ」と言う彼に、「ダンゾウこそ、いくらこんな日でも飲みすぎじゃん?どうしたの、らしくないね」と言う。ダンゾウはわたしのコップの下から1/3くらいまで注いで瓶のふたを閉める。
 重い大きな純米酒の瓶を、水場の下にしまおうと屈みこんだダンゾウの背中に、後ろから抱き着いた。バタン、と棚が締まった。
 抱いてよ、と言おうか、それともこういうあけすけな台詞を嫌悪する性質だったか、大体ダンゾウに今想い人はいるのか。悶々とした思考はぼんやりと流されて形を留めずばらけていく。酒のせいだ。この年で双方独身である事実からして、想い人云々は考慮する必要がなさそうにも思える。どくどくと、血を送り出す心臓の鼓動だけが耳に響いている。ダンゾウの身体は案外薄くて、骨格が細い。
「……やっぱりお前、もう、寝ろ」
「わからないの?」
「何の話だ」
 声が掠れている。
 ダンゾウは体の力を抜いて私の腕を引き剥がそうとした。酔っていないんだぞと主張するように力を込めると、彼はあっさり諦めて、またため息をつく。
「酔いすぎだ……だから嫌だったんだ。介抱なんて…クソ、」
 ダンゾウは扉間先生の前では猫を被っているかもしれないが、それ以外の、例えばわたしやヒルゼンのような気の置けない人間の前ではすぐ毒づくし、ガラの悪さを出す。彼の舌打ちは、それがわたしに対する心の距離をそのまま表しているように感じて、とても耳障りのよいものだった。
「ダンゾウ、」
 今夜でそれが最後になるかもしれない。彼はもう、二度と、わたしの前で素を出してくれなくなるかもしれない。
 そう思ったからこそなかなか踏み出せなかったが、今となってはもう全てが遅く、彼は道を歩み始めている。わたしが行動しまいがしようが関係のない、決して交わらず完璧に断絶した道が、彼の前には見えている。
 それならばもう、どうなったって構わないじゃないかと、わたしはゆっくり腕を解いて彼の腕を引っ張った。
「抱いてよ」
 オイルランプの橙色とは反対側の、台所の南側から差し込む朧な月明かりが、情けない二人を青白く浮かび上がらせる。
 ダンゾウは、なかなかお目にかかれないようなぎょっとした表情で、わたしを見ている。こいつ頭大丈夫か?なんて思ってるに違いないと思ったし、彼がそういう軽いテンションならよかったのになあと思ったけれど、きっともうそういう年頃は通り過ぎてしまった。
 もっと早くに行動すれば良かった。
 彼が遠くに行くと決まる前に、金色の風が吹きすさぶ青空の下で、全てがやさしかった十代の頃に。
 ダンゾウは視線を横に逸らして、額に皺を寄せて眉を顰めてしばらく固まっていた。彼の腕を引っ張っていた手からゆっくりと布が引き抜かれて、指先を掠める。そしてしばらく黙っていたが、彼は何も言わずにコップに注がれた酒を喉を鳴らして飲み干すと、わたしの二の腕を引っ張って客間に戻った。
 しんと静まり返った夜の中に、行燈がゆらめいている。布団の前で腕を離されて、「寝ろ」と軽く身体を押されて、これはやってくれるのかそれともダメなのか、考えながらおずおずと腰を下ろすと、彼は左手に持ってきていたらしい酒瓶を直接煽った。
「ちょっと、一気に飲みすぎだよ」
 そんなに強くないでしょうに、と半ば呆れそうになったが、彼は酒を膨んだ口をそのままわたしに押し付けた。
 口の中に酒の強い匂いが充満する。咄嗟のことだったし、肩を掴まれていて頭を逸らせなかったこともあって、酒はするすると喉を滑り降りていく。慌てて咳き込んで、カッと熱く焼ける喉と胃の刺激に涙を浮かべて、何か言葉を出す前にもう一度唇が押し付けられた。
 彼が持っていた酒はとても質の良い純米酒だったが、かなり度数が強いようだ。さっきはふざけてコップを並べはしたが、先ほどの店でしこたま飲んだからもう飲みたくない。
「ちょ、と、やだ、」
 頭を捩じって逃れる。ダンゾウはわたしの腰の上に跨って、酒をラッパ飲みしながら薄目を開けて見下ろしている。
「お酒はもう飲めないってば……!」
 瓶の口を無理矢理近づけられて、背中を倒して逃れようとすると、酒が布団に零れた。「勝手に酔いつぶれた癖に、家を汚すな」とかすれた声で囁かれる。暗闇の中、行燈に照らされた瞳が白く光っている。
「う、ぐ、」
 背中から倒れそうになったところを後ろ手で突っ張って、仕方なくその瓶の口を銜え流し込まれる酒を飲んだ。まるで水のように一気に流れ込んで、喉が焼けて苦しい。瓶の口が離れるのと同時にがっくりと肘が折れる。ううう、とお腹のあたりを抱えて、身体を捻り横に手をつく。
 ぶり返してきた熱と、早鐘のように鳴り響く鼓動が頭の中で増幅する。あついし、苦しいし、苦しいし、あついし、きもちわるい。肩をぐいと引っ張られ仰向けにひっくり返されると、胃の内容物が競りあがってきて反射的に身体を起こした。
「う、うぅ、ダンゾウ、酷いよ、はぁ、…」
 わたしの身体の上で座ってるダンゾウの胸にもたれかかって、胃の中であばれるものと苦しさに耐えていたら、ふとダンゾウの皮膚も真っ赤に染まっていることに気付いた。畳に転がっている一升瓶は空っぽ。ダンゾウ全部飲んじゃったのか。
「吐きそうか?」
「ん、……うぅ、…わからな………」
 頭がぐわんぐわんする。吐き気は収まってきたが、そのうち吐くに決まってる。わたしの顔も熱いし、ダンゾウの身体も熱い。まるで睨みつけるような目つきのままもう一度押し倒され、着物の合わせが解かれる。
「いやだぁ」
 このままやるなんて嫌だ。これじゃ、明日の朝忘れちゃうかもしれないじゃん。酷いよ、これひどすぎるよ。ダンゾウが、酒でも飲まなきゃやってらんねぇっていうなら、そりゃ仕方ないけど、わたしの方まで酔わせなくたっていいじゃん。
 しかしそうは思ったものの、彼のがさがさした無骨な指が、わたしの皮膚で覆われた脂肪と筋肉の間に埋め込まれ、掴み、抱き合うことを許されているのはこの世のものとは思えないほど幸せだった。呼吸が苦しく、暴れる心臓が辛かったが我慢できる。頭まで痛くなってきて碌に身体を動かせないのをいいことに、彼はやりたいように貪って愛撫する。
 こんなに酒が入っててちゃんと勃つのか?と、頭の隅っこで思いながら、彼が息を荒くしながら心臓の上に口づけるのを眺める。意識が飛びそうだ。
「ダンゾウ……」
 呼びかけると、彼が顔をあげる。包帯で巻かれた片側の眼も見たくて、そこに手を伸ばしたがパシッと振り払われる。
 彼のもしゃもしゃした黒髪を適当にひっつかんで、ぐぐ、と引っ張ると彼は凄く迷惑そうな顔をしながら身を乗り出した。わたしと見つめ合いたくないらしい。ぐっと上身体を持ち上げて口を吸おうとしたが、力が入らずにへたれこむ。
 ダンゾウは顔の横に腕をついてそっぽを向いていたが、ぎゅうと抱きしめると観念したように唇を押し付けてきた。一回離して、わたしの前髪をかき分けて、梳いて、今度は深く絡ませる。舌が熱い。
 口吸いのせいで興奮してきたのか、食いつくように歯で舌を挟んで甘噛みしながら早急に股の間に手が滑り込んできた。自分の快感を拾うことだけを考えることにしたんだろう、彼らしい合理的判断だ。その判断は正しいよ、わたしは何されたって嬉しいんだからね。
 下着をずらして、陰部に指を差し入れて十分濡れていることを確認だけすると、「うつ伏せになれ」と言う。ぐらりと揺れる頭を抱えながらゆっくり身体を動かして、彼の手も借りてうつ伏せになる。
 その後はもう意識が散漫として覚えていない。している最中、背骨の突起をやたら齧られたような気がするし、肩口を噛まれて、痛いけど気持ちよかった。うう、ううう、とうめき声なのか嬌声なのか分からない声が出ていたかもしれない。何か、言ってはいけないことを口走ってしまったかどうか覚えていないのが心許ない。ダンゾウはわたしがきもちいいかどうかに少しも配慮しなかったが、「吐き気はないか」とだけ聞いてきたので、布団の心配なのかわたしの心配なのか分からないなぁとぼんやり考えていた。



 ススキがさらさらと音を立てて擦れている。風の音がして、ふと目を覚ますと行燈の火は消えていた。
 身体が泥のように重く、着物がざらざらする。体液がこびりついているのかと思いきや、腕を上げてずり落ちてきた着物は紺色で、見たことのない粗い縫い目が凹凸の影を作っている。ダンゾウがやったのか。
 ぐる、と寝返りを打つと、ダンゾウが隣に布団を敷いて寝ていた。その向こうに中途半端に空いた襖の隙間から、夜が見える。
 てっきり自分の寝室に行ってしまうのかと思っていたから、嬉しくて、これ幸いとその中に潜り込むと「なんだよ、」と不機嫌そうな声があがった。
「もう寝ろよ……寝かせてくれ」
 里から見える山脈のように険しく眉間に皺をよせて、眼を薄く開いて、ぐったりとため息をつく。
「着替えさせてくれて、ありがと」
「お前が終わった途端吐くからだ」
「そうか……申し訳ない」
 心なしか口の中がべたべたするのはそのせいか。無理矢理酒を飲ませてきたのはダンゾウだから、吐いたまま放置するのは道理が通らないなどと律儀なことを考えたのだろうと察しがついた。今日は色々と迷惑をかけてしまって、悪かったなぁと思いつつ、彼の背中にひっついてその匂いを思いっきり吸い込んだ。
「ダンゾウ、今好きな人いるの?」
「………」
 障子の隙間から朧月が見えている。この傾きからして、草木も眠る丑三つ時か。
「結婚しようよ」
「お前、まだ酔ってんのか。いい加減にしろ」
「わからないの?」
 さっきと同じ言葉を重ねるとさすがのダンゾウも黙り込む。本気かどうか、本当に”分からない”のか?いい加減にしろはこっちだバカ。
「ねぇ、どうしてもと心に決めた人がいるの?いるなら、今更わたしとなんてしないよね。もう熱に浮かされるような年でもあるまいし、ダンゾウ、そういうタイプじゃないって知ってるよ。それならわたしと結婚したっていいじゃない。根の最高責任者になったら結婚もできないの?」
 一気にまくしたてる。ダンゾウ、今どんな顔してるんだろう。
「お前は、俺のことを、何も、わかってない」
「それはダンゾウが何も言わないからでしょ」
「根がどういう組織か、お前も知ってるはずだ。帰属を捨てて、余計な情に惑わされない人材を育てるのが根の最大の掟だ!」
「だからダンゾウも大切な人を作らないってこと?」
「……うぬぼれるな」
 はぁ、と深いため息。
「お前、なんだっていきなりこんなこと言い出したんだ」
「いきなりじゃない。ダンゾウのことはずっと前から…………好きだった」
 熱い涙が滲み出て、彼の唐草色の寝間着に押し付ける。一度漏らしてしまうと、押し殺していたものが全て、糸がほつれるように次から次へと溢れて止まらない。
「わざわざ、業を集めるようなことをしなくてもいいじゃない。どうして日の当たる場所から土の中に隠れてしまうの?」
「俺が!」
 ドン、と胸元を突き飛ばされた。
 彼がわたしの身体の上に覆いかぶさっている。月夜を背にして、彼の細い三白眼だけが深い皺を刻んで鬱屈した感情をギラギラと湛えている。
「俺が日の当たる場所にいたことなんか一度もない!!俺に、日の光が届いたことなんかない、一度も!」
「………ッ」
 彼の顔に浮かんでいるのは紛れもない嫌悪だった。誰に対する、なんの嫌悪なのか分からない。ぎゅう、と胸元の布を握りしめて喉を圧迫する。かける言葉が見つからない。
 日の当たる場所、と簡単に言葉を放ってしまったことを悔いた。彼にとっての日が何を意味するのか、考えもせずに、”忍は、ただでさえ人の恨みを集める仕事なのに、それをもっと集中させるようなことを進んでする必要はない”という意味で言っただけだ。だが、それが間違いだった。
 ダンゾウにとっての日の光は、ついこの間完全についえたのだ。”扉間先生”は死に、火影の椅子はヒルゼンに渡った。木の葉の隙間からたまに零れる光だけを追いかけて生きてきたダンゾウにとって、この世界はずっと前から、陰に覆われている。
 どうせ届かないのなら、いっそ全くの光が届かない闇の中に潜ってしまいたいのだろうか。
「木の葉という大木を、地から支える根を作る。それが俺の役目だ――俺に”その時”がくるまでの、道だ」
「……」
 ダンゾウは子どものころから、”自己犠牲が忍の本分だ!”が口癖で、まるで強迫観念であるように繰り返していた。父と祖父の死にざまを、誇らしげに語る彼に、わたしは”凄いね”と相槌を打ったものだ。しかし、相槌を打ちながらも、彼が自己犠牲に走って里の礎になってしまう日が来るのを恐れていた。
 忍の歴史で、自己犠牲が本分という概念が一貫して取られるようになったのは、木の葉が発足してからだ。木の葉の里という大勢が暮らす平和を守るために、忍はいつしか里の為に命を捧げることこそを崇高な理念として掲げるようになった。千手柱間はかつての友を殺し、千手扉間は選び抜いた弟子を全員生かし、共に支え合って次の時代を担ってもらうために囮になった。
「ダンゾウは………ヒルゼンさんに対抗したいだけじゃない」
「ッ!」
 ぎり、と着物を掴む手が強くなる。眼の粘膜が薄っすらと朱に染まる。
「ヒルゼンさんが火影に指名されたのが悔しくて!自駒を増やして、有事に備えてあの人に対抗できるだけの勢力を蓄えておきたいんでしょう!」
「俺は、アイツにできないことをやってるだけだ!!本来、お前ごときの忍に口出しできることじゃねぇんだよ!」
「っ、かっ、ぐ、」
 着物を掴んでいた手がいつのまにか喉元を強く、布団に押し付けている。気道が潰されて息が出来ず、俎上の魚のように胸を反らして痙攣する。
 手が緩んだときになんとか咳き込み息を吸うと、ダンゾウは目の端を赤くしながら肩で息をしていた。涙が溢れて、両手で顔を覆う。
「二代目様が憎い……」
 ダンゾウをこんな風にした、千手扉間が憎い。ダンゾウの手の中には今、多くの憎しみの種が握られている。彼は木の葉の為と言いながらどんな仕事にも手を染めていくだろう、碌な死に方はしないに決まってる。彼が日の目を見ることは一生なく、土の中で死ぬのだ。
 忍界は確かに平和になった。幸せな一生を望めるような社会ができつつある中で、泥を啜り血を浴びる任務についている人間もまた、いることは確かだ。そういう人間が必要だってことも分かってる。でもそれが何故ダンゾウなのか!
 ダンゾウは、信じられないものを見るような目でわたしを見下ろしていたが、徐々にその表情から感情が抜け落ちていき、冷静に戻った。
「お前もうちはの連中と同じなんだな。一族や、身内のことしか考えない、愚かで自己中心的な忌むべき存在!」
「うちはの連中?!」
 がばっ、と背中を起こしてダンゾウの首元に掴みかかる。彼は抵抗せず、冷え冷えとした瞳を細めている。
「今日、よりによって今日それを言うの!カガミさんが死んだっていうのに!!」
「俺はカガミにうちは一族の今後を任されている」
「それなら余計に!」
「うちはが里に仇なすことがあれば、奴らの名声は潰え、残るのは逆賊という汚名のみだ。カガミはうちはに誇りを抱いていた。だからこそ一族を監視し、里との協調の道を模索していた」
 薄麦色の瞳が狂気に歪む。
 彼は嘲るような口ぶりで小さく囁く。
「誇りを守ってやるとも。カガミの為にも、里の為にも」
 もうどれが正しいのか分からない。ダンゾウの言い分にも一理どころか、五分くらいは正しい。ヒルゼンが根の発足を認めた理由も、ダンゾウの言い分に抗えぬ真理を見たからだろう。
 彼の瞳の奥が揺れている。憎しみや、嫉妬や、諦観の中に恐れが見えて、わたしはとうとう嗚咽を漏らして泣き出した。彼に突き飛ばされるかもしれないと思いながら肩口に頭を押し付ける。
 怖いんだ。
 本当は死にたくないのに、ダンゾウを形作る全ての人が自己犠牲を強いている。彼はそれに自覚的であるからこそ、自分を逃げ道のない土の中に追い込もうとしているのだ。強がりな彼のことは、いつも手さぐりで、恋慕の色眼鏡が邪魔をしてなかなか本当の姿を掴めなかったが、どうしてかその認識だけは確信をもってしまった。
「愛する人に幸せになって欲しいと思うことの、何がおかしいの。何が愚かなの」
 とめどなく流れる涙が、唐草色の着物に吸い込まれていく。
 ダンゾウは黙ったままわたしの背中に掌を当てる。夜は静かに更けていく。わたしにできることはもう何もないという事実が、化け物のように闇の中からじっと見つめている。うっそりと笑う闇に打ちのめされ身体を震わせると、彼の右側の包帯がハラリと解けた。
 急激な眠気の中に落ちていく。あたたかな腕に抱かれたまま、意識が半濁として指の隙間から零れ落ちていく。
「ヒルゼン……お前がいっていたのって、こういうことなのか」
 最後の言葉は聞き取れず、その夜は永遠に失われる。

失われた夜

最後まで片想いなダンゾウ夢でした。自己犠牲は忍の本分!って言いながら臆病者だと自覚しているところがめちゃんこ可愛いと思うし、ヒルゼンいないと途端にクソになる老害なところが好きです。ダンゾウさん煙草吸わないのに噛み煙草置いてっちゃうしヒルゼンホント……思わせぶりな彼女かよ…。

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