※ダンゾウ25歳、夢主はダンゾウの幼馴染で24歳、扉間死去ヒルゼン三代目内定みたいな時期
※捏造多々有り

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 うちはカガミの葬式は、その功績にそぐわぬ質素でささやかなものだった。
 うちは一族と里上層部の板挟みになり、はらわたをすり潰すような苦境に耐え、双方の関係を取り持つことに心を砕き奔走した人生は、あっけなく幕を下ろした。彼の働きで木の葉は内戦を免れたと言っても過言ではなかったが、その苦労は殆どの民に明かされることはなかった。真実を知っている人間だけが、今、黒い帯になって白菊を携え参列している。
 カガミという男は、浪費を好まず、調和的で、謙虚な忍だったので、身内と数少ない仲間が集い粛々と進められたそれに恐らく何の文句もないだろう。死後49日間は霊魂がこの世を彷徨っているという言い伝えが本当ならば、読経の最中棺桶の周りを漂っては、少し不謹慎で面白おかしい表情を浮かべて、残された者たちを見守っているに違いない。メガネを曇らせるホムラや、豚の角煮みたいにプルプル震えるトリフや、二代目の勅命を受けた次の里長が拳を震わせてどうにか笑みを浮かべようと懸命に努力しているのを眺めて、我が同胞をどうかよろしく頼みます、と優しく笑ったかもしれない。
 二代目火影護衛小隊に選抜されたのは、嘗て千手兄弟が里に集った一族の中からめいめい1人ずつ選びだした6人の子供たちであった。その子供たちも今や25歳、良い大人である。
 志村ダンゾウという男もまた、厳しくも自由に育てられた彼ら護衛小隊の一人だった。他の同期たちの中で、一番自尊心の高く、恐らく最も師に影響を受けた結果、見事にのびのびと鬱屈した男。
「今夜、一緒に飲まない?」
 涙の一滴も浮かべずにひえびえとした面持ちで帰路につく彼を呼び止める。ちら、と視線をよこす薄麦色の瞳は、まるで他人を見るような目でわたしを一瞥する。いつの間に右目を怪我したのか、顔の片側には包帯が巻かれている。
「酒で昔話に花を咲かせたいなら、この後の食事会に行けばいいだろう」
「ダンゾウと飲みたいんだよ」
「なんで俺と」
 心底不思議がっている声色だったが、そのときばかりは昔の幼馴染に戻れた気がした。わたしと彼の一族は居住区が隣同士で、ダンゾウの家とわたしの家が丁度その国境だったので、昔は幼馴染だったのだ。
 他人になったつもりなんてないのに、彼はわたしをもう、仲間だと思ってはいないようだ。知っていた。でも今を逃したら今度こそ、彼は光の届かない闇の中に落ちて、永遠に分かたれてしまうような予感があった。



 あと一年早く生まれていれば彼と苦楽を共にできたのにと、できたかもしれないのにという想いを、もう何度噛みしめたか分からない。
 雲隠れとの同盟締結が予想外の形で頓挫したという知らせが里に舞い込んできたとき、帰還した木の葉師団の中に二代目火影の姿はなかった。自らが囮となり、次の時代を牽引する若い忍たちを生かしたのだと誰もが理解したが、その際どのようなやり取りがあったのか詳しく知ることはできなかったし、それでダンゾウにどのような変化が――或いは決定的な裁定が下されたのか分からなかった。
 ただ、ヒルゼンが三代目に内定したことと、その後ダンゾウとヒルゼンの仲が急激に冷えていったこと、そして二代目が瀕死の様態で帰還して何かやり残した仕事があったかのように数日間生き続けた後フッと亡くなって、更にうちはカガミが病で倒れるという一連の出来事が立て続けに起きた。怒涛の勢いで新時代が迫っているということだけが、確かな感触として生々しく掌に収まっており、なにもかもに追いつく猶予を与えずに、わたしを追い抜いて行った。
「ダンゾウは火影を諦めたらしいな」
「諦めたんじゃないだろう、無駄な悪あがきを辞めただけだ。誰がどうひいき目に見ても、三代目はヒルゼンだろう」
 茶屋で耳にする彼の噂はあまりいいものではなく、わたしは心配になってなんどもコンタクトを取ろうとしたが、彼はなかなか捕まらなかった。二代目の寵を競って意識してはいたが、あんなに仲良しだったヒルゼンと、どうして争うことになったのか。三代目内定が決定したときに何があって、あなたの大好きな扉間先生に何を言われたのか、知りたくてたまらなかった。しかし、ヒルゼンは兎も角の護衛小隊の面々とはあまり面識もなく、当然ツテもなかったので、ダンゾウに直接聞けるような都合が出来ることを心の中で待ち望んですらいた。カガミさんが亡くなったことに対する悲しみとは別に、今日を心待ちにしていたのである。
 出会いは秋、青空の下金色の風に吹かれてやってきた。
 わたしが物心ついた頃には既に我が一族は木の葉に参画した後であったが、両親と三人の姉兄が何かしらの理由で家を空けていると、なかなか外に出て他の一族の子どもと関わることが出来なかった。子どもらと遊ぶには”通り”の向こうの空き地に行かねばならなかったのだが、千手とうちはという、有名な二大勢力や他にも名の知れた忍一族が行き来する”通り”に出るのはとても恐ろしく、家の裏に流れる小河とその向かい側になだらかに連なる丘に引っ込んでしまった。草花を踏んで地面に座って、いつもむしゃくしゃしていた。
 幼いわたしは非情にガサツで、無機物や植物に対する愛がとんと足りていなかったので、道端に生えている草花を片っ端からブチブチ抜いて遊んでいたが、彼がそれを止めた。
「せっかく緑を増やしてるのに、抜くなよ」
 顎のバッテン傷が面白いな、と思いながら、わたし「なんで?」って聞いたよね。
「なんでって……忍は無駄なことをしない」
「無駄じゃないもん。暇だから抜いてるだけ」
「……じゃあ、せめて一本にしろよ。道が汚れるだろ」
 可愛げのない、愛嬌のない様子で、彼は一本だけタンポポを手折った。彼がどうして草花を大事にしようとするのか、そのときは分からなかったが、多分千手兄弟に何か言われたのだろうと今では推測できる。森の千手兄弟は、生きとし生けるものすべてに愛を注ぐ。彼もまた同じように、愛を注がれて、愛を分け与えようとする子供だった。
「ほら」
 ふぅ、と風を吹かすと、白い綿毛がポワポワ飛んでいく。見慣れた光景だ。
「つまんない」
「我慢しろよ。……草花だって生きてるんだぞ、」
 まるで誰かの受け売りのような言いぐさで、彼は綿毛を全部吹き飛ばすと茎をその辺に放り投げた。
 青空に、白い毛がくるくる回りながら飛んでいく。やっぱり普通だ。わたしは口をとがらせて、手あたり次第に草をむしってポイポイ放り投げる。彼は、「はぁ」とため息をついて、タンポポが連なる道端に対して直角になるように立ちふさがる。
 彼は再び息を吸い、少しおおきく胸を膨らませると、一気に吐き出した。
「うわぁ」
 川沿いの一本道に沿って生えていたタンポポが、いっせいに綿毛を散らす。
 つむじ風が吹いたように、一瞬で丸裸になったタンポポが面白くて、わたしは元気になった。通りに出られないわたしに声をかけてくれたのは確かにやさしさだったから、嬉しくて、恥ずかしかった。
 それからというもの、わたしはそのお兄ちゃんを見かけると必ず声をかけて、風を吹いてくれとお願いして付きまとうようになった。
 わたしの中のダンゾウは、そうやって始まっている。
 彼がどれだけその内心を燻らせ、極端な思想へと突っ走って、生臭いにおいを纏わせるようになっていたとしても、わたしのダンゾウは金色の風が吹きすさぶ青空の下にいる。



「根、とかいうのを作るらしいね」
「……誰から聞いた」
「噂になってたよ。暗部育成部門だっけ?」
「そうだ」
 酒が飲める歳になってからはめっきり会わなくなっていたが、案外普通に話せるものだ。彼は葬式のために少し身なりを正していたが、相変わらずボサボサした黒髪と、必要最低限の洒落っ気もない質素なふるまいは健在で、なんだかとても懐かしい。
 小料理屋の片隅で、2人席に向かい合って座って、ヒジキの煮物やカレイの煮つけ、レンコンの山葵和えなんかを箸でつまんでいると、さみしさがざわざわと胸を騒がせた。
 噂は本当なんだろうか。
「その……根ってやつ、かなり厳しいルールを課して特別な子どもを育てるみたいだけど」
「………………」
「そうなの?」
 やんわりと、白餡で包むような言い方をしたからか、彼の眉根には深い亀裂が入った。ダンゾウは甘いものが嫌いだ。
「何が言いたいんだ」
「いや、随分と、こう……」
「里の隅々まで日和見な思想が広がったら、木の葉は終わりだ。そうならないために、重要な任務には二重三重で保険をかける。その為の”犠牲”だ」
 おちょこを舐めて、ちら、と瞼をあげる。
 ダンゾウは下戸なイメージがあったけど、顔色を見る限りまだ結構いけそうだ。つまりそこまで酔ってるわけじゃない。ダンゾウは、自分の手で里の為に犠牲になる子供を選び育てると、本気で言っているのだ。
 ヒルゼンはそれを許容したのか。
 里の為に、必要に応じて残酷で卑劣な任務を強要しそれに絶対に逆らわず従う教育を、子供に施す。闇を作り出す。そんな、気がおかしくなりそうな組織の長をこのダンゾウに一任すると、”ダンゾウを最も良く知っている筈のヒルゼンが”許容したのだ。
「じゃあ、ダンゾウはもうずっと”ソレ”だけをするのね。担当上忍になったり、アカデミーで教えたり、普通に任務をこなしたり……」
「しない」
「そうなんだ。残念だね……」
 くい、と御猪口を傾けて最後の一滴まで飲み干して、ダンゾウは熱い息を吐く。わたしは新しく熱燗を頼み、イカの塩辛を放り込みながら項垂れる。
「……ねえ、わたしダンゾウと任務に出たかったよ」
「は?……お前とオレじゃあまり相性がいいとは言えねぇな。風遁使いは同じ班に2人もいらない」
「それはそうだけど……。……ねえ、」
「なんだ」
 ”な”に力が籠る。
 三白眼がぎろりとわたしを睨んだところで、熱燗のおかわりが来た。徳利を傾けると、彼は無言でおちょこを差し出す。
「……わたしも根に入れるの?」
 彼の右手がぴくと震えた。
「お前は根に向かない」
「どうして?」
「根では今まで帰属していた全てを捨てさせる。名前も、親も、友も……完全に忘れさて任務の為だけの忍を育てる」
「そ、」
 ヒュッと息を呑んだ。しゃっくりなのか、彼の言葉に胃が驚いて息の仕方を忘れてしまったのか分からないが、わたしはそこでついつい出さないように気を付けていた表情を浮かべてしまった。
「そんなの、むりだよ。……任務にあたる人が可哀相」
「フッ……だから子供を使うんだ。まだ自我が育ち切っていない、何物にも染まる子どもをな」
「ちょっと待って、待って……そこまでする必要あるの?」
「むしろ何故、この必要性に気付かない?……まあ、お前もアイツと同じ甘ったれだったか」
 ダンゾウは、こちらを憐れむように目を細めて、酷薄に口角をあげる。
 おまえみたいなやつが。
 音にならない言葉が小さく呟かれた気がした。そのとき確かに、ダンゾウはわたしのことを軽蔑し、忍として不合格だと烙印を押したのが分かった。おまえみたいなやつがいるから里が弛む。危うくなる。他里に付け入られる。
 言いたい事がないわけではなかったが、「ダンゾウの言い分は分かるけどさ、」と続けてカブのお新香を一切れ食べると、こちらが続きを言う前に、「分かって欲しくなどない。お前に分かるはずもない」とダンゾウが言葉を重ねる。
 ダンゾウはもう、わたしに理解してほしいと思っていないようだ。昔は、扉間先生の良さや素晴らしさについて、顔を熱くさせながら語り掛けてきてくれたのに。わたしのことを嫌いになったわけじゃないのは分かっている、誰だって嫌いなヤツと葬式の後飲みに行ったりしない。それでも、嫌われてないだけ喜ぶべき、なんて思えるほど謙虚じゃなかった。
 通路を挟んで右側では、わたしたちの入店より遅く店に入った日向一族の三人連れが楽しげに酒を飲んでいたが、その彼らも帰り支度をして隣を通り過ぎていく。テーブルに並んだ皿は殆どが空になっていて、そろそろいい時間だと感じたが、熱燗がまだ残っている。自分の胃は既にいっぱいいっぱいで、これ以上アルコールを入れたくなくて手を伸ばせずにいたら、ダンゾウが残りを全部飲んでくれた。わたしも結構強いんだけどなぁ、大体、こいつ下戸に見えるんだけどなぁ、と思いながらまじまじと彼の顔を見つめていたら、「日本酒には強いんだ」と言う。
「アイス食べたい」
 あいすくりーむ、という食べ物は、最近里に入ってきた他国の氷菓子だ。この店でも去年からメニューに載り始めて、それが非常に美味であるという話は女友だちから聞いていた。ダンゾウは、お冷2つとアイスを一つ頼んだ。
「ダンゾウってお酒強いんだねぇ〜すごいねぇ〜」
「…………」
「わたしの二倍以上飲んでるけど、本当に平気なの?」
「俺は平気だ。……それより、お前顔真っ赤だぞ」
「あいす楽しみ!」
「介抱したりしないからな、絶対だからな」
 両手で頬を包み込む。ああ、かなり酔ってしまった。アイスを食べてから吐くのと、アイスを食べる前に吐くのとどっちがいいかなぁ、なんてぼーっと考えていたら気持ち悪くなってトイレに直行した。吐いた。

(二へ続く)
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