※創設期の学パロ、年相応に調子乗ってる大学生
※マダラと付き合ってる夢主が、マダラを怒らせてみたくて扉間と浮気するフリをする話
※マダラの家庭に捏造有り

▽ ▲ ▽


「マダラとのセックスがつまらない」
「お?」
「えっ」
 大学の食堂で担々麺を口に運びながら言い放つと、向かい側に座っている扉間がまず嫌そうな顔をして、次に斜め前に座っている柱間の眼が輝き、隣でオムライスをパクパク食べていたミトがむふっと笑った。わたしも赤唐辛子三倍の担々麺をトレーに乗せているので人のこと言えないが、ミトはオムライスにケチャップをかけすぎだと思うんだ。チキンライスに味ついてるのに。
「ねえ聞いてくれる?なんかね、マダラとね、」
「知りたくない聞きたくない」
「なんぞ、俺は気になる!」
「わたしも気になるさね!」
 古くから剣道の道場を経営している千手家の長男次男だからか、目の前で線対称な表情を浮かべているこの兄弟はしゃべり方が少々古風だ。だがもうそんなことは慣れたし、同じく空手の道場を経営しているうちは家の長男マダラが、これまた同じ古風な喋り方をするのも慣れている。だからこの相談は、セックス中にまるで時代劇のお色気シーンみたいに「オレにそんな真似をしろってのか?」と仰々しい言い方をするのにいい加減愛想が尽きたとか、そういうことじゃない。
 ヒリヒリする舌を冷ますように冷水をごくごく飲んで、ぷはー!とコップをテーブルに置いて、わたしは話し始めた。聞きたくない、と言っていた扉間も、わたしの目の前に座って牛丼を食べているんだから聞かざるを得ないのはまあ哀れなことだ。
「……あのさー、マダラのセックスって凄く普通なの」
「どういうこと?」
「入れて出す、おしまい、みたいな……勿論、どこに出しても恥ずかしくないセックスであるのは事実なんだけど。優しすぎてつまんない」
「どこに出しても恥ずかしくないセックス」
「どこに出してるんぞ……」
「そっちじゃない」
「下手ってことか?」
「わはは!今度からかってやろうぞ!」
「いや、からかうのは勝手だけどあんたまた殴られるよ」
 以前、他愛のないことでマダラを怒らせて剣道vs空手の真剣試合が勃発したことを思い出し半開きの眼でねめつける。あいつのことが大好きなのは分かるけど、マダラはひねくれ者で繊細で面倒くさい男だからあんたみたいな真っすぐなゴリラとは相性悪いんだって。まあ、相性悪いって分かってて今も一緒にいるのは、マダラも柱間のことが気になって気になって、意識しまくってるからだけどさ。
「なんかさぁ〜、いや、下手じゃないと思うよ。ふつうに気持ちいいし、幸せだな〜って思うし……でもなんていうの?こう、やってる最中のノリ?が合わないっていうか。あいつ真面目じゃん」
「どこがだ」
「確かにマダラはあまり遊び心がないやつぞ……」
「兄者!あれ以上ふざけた奴になってみろ、今度こそ割を食うのはオレたちだぞ!」
 扉間は柱間兄者のことが大好きだから、まあこうやって、柱間が犠牲になりそうなきっかけを見つけるや否やいつも速攻で芽を摘もうとする。しかしそんなお茶摘みみたいな仕事が功を奏したことは、残念ながら生まれてこのかた一度もなくて、いつもなんだかんだ柱間はマダラのことばかりかかずらっている。本来なら4歳違いの千手兄弟が同時期に大学に在学しているのも、マダラが高3の夏突然大学浪人を決めて、それを聞いた柱間はマダラの精神状態をとても心配して、合格した大学を蹴って一緒に浪人したからなんだそうだ。
 だそうだ、っていうのは、わたしはこの大学に入ってからマダラと知り合い、付き合うことになったのでそれまでの二人を伝聞でしか知らない。だから今もこうしてマダラのことで何か困ったことや相談があると、いつもこの兄弟+柱間の彼女で友だちのミトに、話を聞いてもらっている。
「わたしは刺激が欲しいの。もっといろんな挑戦したいし、したことないことは全部試してみたい。浮気とか」
「そんな理由で浮気する奴があるか」
「シオンはガバマンだねぇ」
「ミトさん!!その言い方はキツいからやめて、断っておきますがまだ浮気したことないしマダラが二人目だよ……でもわたしってギャンブラーなところあるじゃん?痛い目見てもいいから試してみた〜い!的な」
「自覚があったのか」
「なに扉間、文句ある?」
「何故オレがお前に文句なぞ言わねばならん」
「そういうことなのね。わたしと柱間はねぇ、この前競争したよ!」
 競争、と言ってふふふっと怪しい笑みを浮かべたミトに、耳を近づけて「なになに?」とヒソヒソ声で囁く。味噌カツにかぶりついた柱間が「ん?」と首をかしげる。
「SMに分担して、どっちがイくの我慢できるか競走したの。役割分担はちゃんと交替で……」
 あぁ〜、いいなそういうの……。こういうゲーム性をセックスに求めないタイプの子は結構いるけど、わたしは性欲そこそこあるし好奇心旺盛だからやってみたい!ふむ、最初柱間を見たときは余りに牧歌的というか、この人性欲とかある?そもそも穢れって知ってる?って感じだったけど今思うとめっちゃ肉食系だもんな。羨ましい……。
「で、どっちが勝ったの?」
「わたしさね!!」
 思わず椅子を立ち上がって、さすが!ミトさんさすがです!と叫ぶとミトも立ち上がってどや顔した。可愛い。柱間はミトとの性生活がバレたっていうのに照れなどおくびにも出さずに大口開けて爆笑している。
「お前ら恥はないのか……」
 扉間だけが白い肌を少し朱に染めて周囲を素早く見渡した。こいつ、色白だから恥ずかしがるとすぐ分かる。性格はうざいけど、こういうとこはかわいいよね。
「……今いいことを思いついたぞ」
「………奇遇だね、わたしもだよ」
 わたしは柱間とニヤッと目くばせする。扉間は、『頼むから俺を巻き込まないでくれこっちも首を突っ込むつもりはないから』と言わんばかりにそっけない顔で味噌汁を啜る。



「それでなんでこうなる!」
「なに?ここまで来て”やっぱやめた”は無しだよ」
 白いシーツの上に背中をつけて横たわるわたしを、扉間が見下ろしている。今は水曜日の午後二時、マダラは午前中の授業を終えたらわたしの家に直帰することになっていて、多分そろそろ玄関が開くだろう。そのタイミングを、わたしたちは待っているわけだ。
 思考回路が若干似ている柱間とわたしが思いついた作戦は、わたしが扉間ともセックスしているようなフリをしてマダラの怒りを買う、というものだった。『マダラに嫉妬されたい、もっと求められたい!』とあけすけに叫ぶわたしと、『ここに適役がおる!』と言って扉間の腕を掴んだ柱間の姦計により、まんまと巻き込まれた哀れな弟が今ここにいる。兄の頼みを断れない扉間、まじウケる。
 マダラは今まで、一度も、本当に一度も、わたしに対して怒ったことがない。マダラが怒りを抱く相手は常に男(そして八割が柱間で一割が扉間)であり、女に対しては大体そっけないか、無視するか、優しく接するのが常だった。その優しく接してくれる相手と言うのが、恋人であるわたしだけなので、それがこそばゆくまた嬉しくもある。しかしさすがに毎日、何をやっても怒られず感情的にならない様子を見ていると、わたしだってちょっとからかいたくなるわけだ。
 マダラはとても紳士的で、少し亭主関白で、”男は女を守るもの、女は貞淑であるべき”という二昔前の思想を抱く天然記念物みたいな大学生だ。一体どうして、彼の中の女体がそんな姿に理想づくられたのか分からない。本当は知りたいけれど、まだそこまで親しくないし、なにより彼がたまに見せる物憂げな横顔を見るとおいそれと口を開けなかった。
 これを機に、マダラがどんな反応を示すか試してみたいし、そのときの勢いを借りて気になっていることまで言及してしまおう――そんなズルいことまで考えて、今、扉間の首に手を回している。
「だからってなんでオレだ!兄者にすればよかっただろう!」
「ミトの気持ちを考えなよ…」
「オレの気持ちも考えろ」
 安いけど可愛い、暖色の蛍光灯を遮るようにして扉間が影を落としている。しかし、彼がわたしを押し倒したんじゃなく、わたしが彼の首に両手を回して押し倒させたのだ。もしかして、まさかとは思ってたけどこの人童貞じゃないよね?
「……勘違いするな、オレはお前のような色々ユルい女が好きでないだけだ」
「色々ユルい!はは!」
 面白い言葉を吐くものだ。硬派で、バカ騒ぎが嫌いな扉間の口から出たと思うと面白くなってふふっと息を吐き、そのままぐっと腕に力を込めて首にぶら下がって、
「お、い、」
 色の薄い唇に触れようとする。パシッと腕が払われて、二の腕が引っ張られた。
「やめろ、お前はマダラが好きなんだろう」
「好きだよ?」
「じゃあ何故こんなことをする。オレだけではない、兄者にも前――」
 二の腕を掴む彼の手は、まるで子供の手を引く母親みたいにふんわりしていたから、ちょっと腕を振るだけで簡単に振り払えた。そのまま、ぎゅう、と背中に腕を回して抱き着くと、重さに耐えきれずベッドの中に沈む。
「いいじゃん、あんただって棚ぼたでしょ?据え膳据え膳」
「…………………」
 扉間は動かない。
 わたしみたいなユルイ女とは付き合いがなかったから、あれかな?緊張してるのかな?……なんて思ったけど、全くの見当違いのようだ。
 扉間は冷めた眼でふたたび身体を起こすと、今度は有無を言わさぬ力でわたしの手を振りほどいてベッドのふちに座ってしまった。
「えぇ〜……」
 別にガチでやろうってわけじゃないしさぁ、そんな頑なに嫌がらなくてもよくない?わたし今汗臭いかな。え、布団汚い?二日前に洗ったばっかだけど。
 こっちもちょっとムッとなって、同じように上体を起こして壁際にトンと背中をもたれる。むっすりと黙ってしまった扉間は、機嫌の悪そうな、実に不愉快そうな表情で首をこきっと鳴らした。
「扉間さーん、怒ってるんですかぁ〜〜〜?」
 口に両手を当てて『ヤッホー』の形で声をかける。返事はない。
「……マダラは優しいか?」
「え、うん。優しすぎるくらいだよ……」
 突然何を言い出すのかと思って少しびっくりしたけど、怒らせるのいやだからこのまま続けてみよう。扉間がマダラの話題を自主的にふるなんて、珍しい。
「本当にわたしのこと好きなのかなって、分からなくなるんだよね。マダラって……いつもクールで、黙ってて、何か奢ってって頼むと普通に奢ってくれて、セックスのときも気を遣ってくれて…」
「……なら、何の問題もないだろう」
「え、今のでなんでそうなるの。……つまり、何考えてるのか分からないんだよ」
 マダラは。
 ぽつりと呟いた言葉は、静まり返った狭い部屋の中にやけに響いた。額に手を当ててじっと俯いていた扉間は、意味深なため息をついてもう一度ベッドの上に足を乗せる。
 お、やる気になったのか。彼の手が肩を押すままにシーツの上に沈み、再びさっきと同じ体勢になると、逆光になった黒い影が物悲しく笑った気がした。
 今の顔はなんだったんだろう、と思考がそっちに気を取られている間に、彼の分厚い掌が頬から首へ、やんわりと撫でさする。心臓がどきっとした。あれ……感づいてはいたけど、わたし、二股みたいなシチュエーション好きなのかな。
 色々緩いだなんだと好き勝手言われているが、未だ嘗て二股はしたことないし、嫌なやり方で男を振ったこともない。ちょっと好奇心旺盛で冒険好きなだけで、勿論セックスだってやりまくってるわけじゃなかった。だから、マダラと付き合っている状態で他の男に肌を触られるのも、これが初めてだ。
「……っ…」
 扉間の顔は白い。笑ったり、拗ねたりすると柱間とよく似ているが、普段の澄ました表情はモデルみたいに整っていて、目つきが少し鋭い。その顔から表情が抜け落ちていた。彼は白いツルツルしたシャツの上から身体の線をなぞり、裾の隙間からするりと指を滑り込ませて上までたくしあげる。
 ぼうっとしていた。『フリだよ、フリ』なんて言って笑い飛ばすのも忘れて、彼が、わたしのちょっと脂肪が乗ったお腹にうやうやしく口をつけるのを、熱に浮かされたような心持で眺めていた。
 玄関が開いた。
「っ、」
 反射的に扉間の肩を押した。押した後に、あ、勘違いされるためにやってるんだった、と思い出して、手を引っ込める。でもやはり罪悪感がどっと胸に広がって、ガサガサ音を立てながら多分わたしの好きなファミマのデザートを買ってきてくれたんだろうマダラの、玄関の方を見る勇気がない。ワクワク半分、申し訳ない気持ちが半分……。
 扉間はピクリと手を止めて、一回後ろを振り向いて、何ともなかったように作業を再開した。
 靴を脱いだ音が止んだっきり、音がしない。
「…………」
 え、これどうなんだ。
 ちら、と頭上の扉間を見る。彼はわたしに目もくれず、更に顔を肩口にうずめて首を舐め上げながら足を絡ませてくる。おい、扉間さん……まあこのまま本番突入しちゃうのもアリっちゃありだけど。
 マダラの視線を感じる。部屋に人間が三人がいて、そのうち二人はベッドで睦み合ってるっていうのに誰も声を発しないのは異常な光景だった。わたしは特にモーションを返さないまま、しばらくマダラの出方を伺っていたが、何も言わない、かといって部屋からも出ないことに苛々して、自分から扉間に足を絡ませた。扉間の身体がこわばり、耳元でこくりと唾をのむ音が聞こえる。
「……ハァァ…………」
 深い、低い唸り声のようなため息。マダラのものだ。
 それが聞こえた途端、扉間とわたしはパッチリ目を合わせてしまった。ハイ、もう終わり、終了。扉間は鼻で息をして、後頭部を掻きながら上体を起こした。
「シオンが何かふっかけたんだな」
「そうだ。お前のせいだ、マダラ」
 扉間は淡々と答えてベッドから降りる。
「お前が思ってるよりもそいつはアホだ……わかるか?馬鹿だ。ちゃんと首輪を繋いでおけよ、こっちがいい迷惑だ」
「テメェが俺の女に触ったことに関して許す気はないが、今回ばかりは引いてやる。さっさと帰りやがれこのクソ扉」
「言っておくが、これは兄者の策だ!」
「分かってらそんなこと。あの野郎いっぺんぶん殴ってやる……が、」
 扉間が背中を向けて颯爽と玄関から去っていく。まるでさっきの顔は全て演技で、仕事が終わったとばかりに、あっさりと。これが他の奴とか柱間なら分かるけど、扉間に限って……ってことはさっきのって…。ウソでしょ?
 まだ信じられなくて、わたしは神妙な顔で強めに締められたアパートのドアを見つめていた。
「まずはお前だシオン」
 ガン、と頭が揺すぶられて、かくんと首がむち打ちのように揺れた。振動する視界。マダラが瞳を赤茶色に染めてわたしを見下ろしている。
 胸倉を掴まないでよシャツが伸びる、と言おうとして、彼が掴んでいるのが首だってことに気付いた。首を片手で持てるほど、手、大きかったんだ。
 怖い。
「げほっ、カハッ、ケン、」
 気道が苦しくなって胸を丸めながら息を吐く。マダラの怒りを感じて心臓がばくばくした。
「それで……どういうつもりだ?」
「ご、ごめん……バレてたんだね」
「バレてた?」
 左側の首筋が痛くて、頬がヒリヒリ痛む。遅れてやっと、マダラに平手打ちを食らったのだと気づいた。
 マダラはベッドの上に膝乗りになってシャツを一気に脱ぎ、放り投げると、浅く息を繰り返しながら緩慢な動作でわたしの顔の両側に手をつく。
「あの、わたし、違うの。……ごめんなさい。扉間と二股かけてたんじゃなくて、ただマダラにもっと……」
「あれを浮気以外になんて言うんだ?」
「あの〜〜……はい…えっと、」
 恐らくマダラはちゃんと気付いている。扉間がわたしに誘われて仕方なくこの策とやらに巻き込まれたことと、これが痴話喧嘩に収まるような事件であることに。ただ、気付いていることと怒りを収めることは別物だってことだろう。
「執着してほしかった。わたしのしてることって別に他の女の子でもできるし……マダラに、わたしじゃないとダメだって言って欲しかった。そういう態度が見てみたかったです……ごめんなさい」
 マダラの手が頬に伸びる。ビクッと硬直して、唇が震える。
 ……マダラが手をあげたのは初めてだ。今まで、例えわたしが悪いような喧嘩の最中でも、セックスのときも、マダラは一度として力任せな行為に出たことがなかった。口で何かぼやくことはあっても、怒ったり、ましてや暴力なんて。
 それほどマダラを怒らせてしまったのだということが恐ろしく、また、優しい人がキレると怖いっていう定番のルールに則ってマダラも豹変するんじゃないかと思うとこの後が怖くて仕方がない。
 好奇心に従って生きてきた。それで失敗することも沢山あったし、そのお陰で楽しめたこともあったけれど、ああ今回のは完全なる失敗だ。
「アイツとはヤったのか?」
「してないよ……触ったのだって今日が初めてで、」
「俺に対する文句はそれだけか?」
 マダラの掌がゆっくり頬を撫で降りて、顎に指が差し掛かったところでギリ、と力が籠る。痛い。
「ごめん、ごめん」
「質問に答えろ」
「ごめんなさい」
「言いたい事はそれだけかって聞いてんだ」
「っ……」
 涙が出そうになって、つい癖で笑みを浮かべた。わたしは泣きそうになると笑ってしまう癖があって、それをマダラの前で出したのは初めてだったので、更に彼を怒らせたらしい。
「質問に答えろ!他に何を隠してる?!」
「ッ」
 怒鳴り声が耳の奥をつんざいた。
 肩が跳ね上がり、堪える間もなく涙が盛り上がって見る見る間に零れ落ちる。こんなところで泣いて誤魔化す女と思われたくなくて、一生懸命涙を止めようとしたが、一度泣き出してしまうと止む気配はなく、顎をかくかく震わせてしゃくりあげる。
 マダラは……少し、驚いていた。眉をひそめて戸惑い、火傷したような素早さで顎から手を離す。
「ごめんなさい、ごめん、本当に……っ!ほんとに、ちょっとマダラに妬いて欲しくて、それだけで、……っ」
「…………」
「かっ、からかってみただけなの……っ!嫉妬してくれるかなって、怒るかなって、思って、ごめんなさい、ごめん、っ、嫌いにならないでぇ……!」
「……………」
「………それでっ……あと、あわよくば無理矢理っぽいシチュエーションに憧れてました」
「……あ゛ぁ゛?」
「ゴメンナサイッ」
 ヒクヒク下瞼を痙攣させながら、マダラがドスの効いた声を出す。どばどば流れる涙を手で拭って涙を堪えようと息を堪えていたら、長いため息をついてマダラがごろんと横に転がった。
 空手で鍛え上げられた身体は、脂肪が少なくて筋肉量も調整されて引き締まっている。だが、大学生に入って道場へ足が遠のき、ほどよく肉がついてとても触り心地が良い。マダラのそういう、見た目的なオプションも結構すきだった。
 マダラは、狭いベッドに仰向けにせせこましく収まると、「おいもうちょっとそっち寄れよ」と呟いてわたしの身体に腕を巻き付ける。
「……まだ怒ってる?」
「ふざけんなよ」
「うっ」
 両手で顔を覆う。マダラは、ぐっと腕に力を込めてわたしの身体を胸元に近寄せた。太くて重い二の腕がずっしりと肩にのしかかって、後頭部を撫でつける。
「……これ好き」
「なに?」
「だから………この体勢」
 大きな身体に包まれると幸せな気持ちになって、いつも彼の胸に額を押し当ててにこにこしてた。現金なもので、自然と涙は止まって、鼻をすすりながら額をぐりぐり押し付ける。
「結局……浮気はしてないのかよ」
「うん。マダラが大好き。でもちょっとセックスが物足りない」
「ハァ?欲求不満ってことか」
「ハイ……それを相談したら、こうなって、ああなって…」
 マダラの指が髪を梳く。その手つきから怒りは感じられない。一度泣き止んだら段々と苦しくなってきて、心臓が握りつぶされるような苦い味が、骨の下で疼いている。
「……無理矢理っぽいシチュエーションがなんとかっつったな」
「あ……うん、そう。はしたなくてごめん………文句ってほどじゃないけどさ、マダラって淡白じゃん。するときも、いつも丁寧でゆっくりで……いいんだけど、嬉しいけど、でもわたしで満足してるのかなーとか、今は取り敢えず彼女欲しくて付き合ってるだけで、本命が現れたらそっちに行っちゃうのかなーとか、心配になっちゃったんだ……」
「……なんだそりゃ。そんな理由かよ…」
 もう一度長いため息が漏れた。
 ふと、さっき見た扉間の表情が脳裏に蘇る。今はそんなこと考えているときではないけど、あの顔って絶対なんかわたしに思うところあったよね。どういう意味だったんだろう。
「俺の家は父子家庭だった。イズナが3歳のときお袋が死んで、それからずっとイズナの世話は俺がしてた」
 唐突に話が始まって、わたしは頷き続きを促した。彼の腕の中にすっぽりと包まれていると、まるでそこだけ羊水の中にいるように全ての刺激がまろやかで、温かくて、不思議な心地がする。
「親父は家庭を顧みない奴で、厳しくて、美学を優先するタイプで、お袋を大事にしてなかった。だから死んだんだと俺は今でも思ってる。親父とはいつも喧嘩ぱっかしてて、でもそいつも俺が高1のとき死んで、高3の夏にイズナが事故って入院して……すげぇ金がかかった。俺の学力じゃ国立大いけねぇし、素行も悪かったから元々高卒で就職しようと思ってたけど、それじゃ金が溜まるまで時間がかかるってことにやっと気づいた」
「イズナ君はどうなったの?確か今、高校生だって……」
「危なかったけど助かったぜ。後遺症もないし、元気に高校行ってる」
「そっか……」
「とにかく俺は金を稼げる仕事に就きたかったんだよ。だから……金借りて一年浪人した」
 そういうことだったんだ。
 涙は乾いていて、ただ胸の中にキリキリと差し込むような辛さだけが広がった。マダラの家庭が何かしら大変だってことは知ってたけど、そんなことがあったとは……。なんかすごく偉いなコイツ。わたしの家、多分年収800万程度だし命の危機に直面したこともないし、そんな苦労とは無縁だったよ。
「お金ってどこで借りたの?国?」
「生活保護じゃそこまで金でねーよ。柱間の家」
 えっ……そうなんだ。
 そうか、それで柱間はマダラが大学に進学することを知って、受験勉強に付き合ったのか。それでもきっと国立大に受かることはできなくてこの大学に来たと……。
「まあ、んな話はいいんだよ。俺は……」
「…………」
 ぬくい、温かい腕の中から顔を出して、俯きながらボソボソ喋っているマダラと目を合わせた。彼の瞳は光の加減でときたま赤みがかって見えるが、今はどこまでも澄んだ黒い眼がぼんやりと開いている。
「俺は、女には優しくしたい………よわいから」
 無表情の中に、掬いがたい儚さがある。まるで、女はすぐに死ぬからと本気で思っているようにすら感じる眼差しだ。
 さっきの扉間のいかんともしがたい表情がもう一度蘇り、今度こそ胸がつかえた。あの皮肉っぽい笑みと物悲しそうな顔は……あれは、わたしなんかではなくマダラを憐れんでいたのだ。こんなバカ女を好きになるなんてマダラも女運悪いなとか、あんだけ苦労して生きてるのにまともな彼女すらいないなんて哀れなヤツとか……いや分からないけど、でもきっと、そうだ。
 マダラは右頬に掌を当てて、「叩いて悪かった」と、またボソボソ呟いた。
「いいよ。全然痛くないよ」
 目の縁がじんと熱くなって、また涙が出そうになったけどもう自分の涙なんてどうでもいい。ぎゅう、と渾身の力でマダラの身体を抱きしめて、今度はわたしが背伸びしてマダラの頭を抱え込む。
 男はおっぱいが好きだって、聞いたことあるからね。マダラだってきっと、亡くなったお母さんのこと思い出して安心するはずだ。わたしの胸Cカップだけど……こんな胸でよかったらあなたを守ってあげたい。
「なんかお前……やっぱりアホだろ。扉間の言う通りだぜ…」
「えっ、違う?今の、おっぱいの出番じゃなかった?」
「いやおっぱいは嬉しいけど……柔らかいし…」
 慎ましい谷間の中でもぞもぞ声が籠る。マダラはまた何やらため息をつき、ぼやいて、わたしの腰を優しく引き寄せてぎゅう、と身体を押し付ける。
 僅かに身じろぎを繰り返すので、マダラがまだ何か言おうとしているのが感じられた。でも、もう十分だ。もう十分分かったよマダラ。
 結局、わたしはマダラのことを何も知らなかったのだ。柱間も扉間も、わたしのために相談に乗ったんじゃなくマダラの為だったから乗った……例えその相手がわたしみたいなクズだったとしても、マダラが愛している女だと思ったから。あの食堂でわたしの話を聞いたときの、扉間の苦々しい表情が思い出されて、目を瞑る。優しすぎてつまらない、だって…。柱間の屈託のない笑顔すら心を締め付ける。
「マダラ……わたし、」
 花弁が散るように、ふっと台詞が口をついた。
 好きだよ、とは言えなかった。わたしみたいな人、マダラには釣り合わない。好きだなんて言えない……でも、好きだよ。狂おしいほど大好きだよ、マダラ。
「マダラのこともっと知りたい。それで、わたしがマダラを幸せにするからね。一生懸命働いて、いっぱいお金稼ぐから」
「……オレがヒモみてぇじゃねーか」
「いいじゃん、ヒモで」
 ふふっと笑う。目尻に溜まっていた雫が転がり落ちる。
 マダラは腕の中で、あったけぇ、と呟いた。


やさしいゆりかご

このあと扉間に謝ったついでに、「扉間ってわたしのこと好きなの?」って一応確認したらうんざりした顔をされた夢主であった。夢主はマダラのことが好きだけど、やっぱりわたしなんか釣り合わないなって思ってモヤモヤしてるし、マダラはマダラで、無理矢理っぽいシチュエーションってなんだ…?SM?縛ればいいのか?って考えてる。学パロまろやか仕立て。

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