ビター[高校生/忍足片思い]

終わったとばかり思っていたのは、私だけかもしれない。


ビター



2月14日も過ぎ、教室は平然を取り戻していた。
14日を過ぎれば特に予定もなく、2月は他の月より早く過ぎ行く。
14日と言えば、教室はテニス部の部員のせいでごった返していた。
毎年恒例でこれで3年目であり、氷帝学園を出る私にとっては、関係のなくなる話である。

「おはようさん。お嬢さん眉間にシワ寄っとるで。」

隣の席の主である、侑士が来たらしく朝の挨拶をしてきた。
一言余分だけど。

「あ、侑士おはよう。ちょっとね。」

「可愛い顔にシワ寄せたらあかんで。」

「お世辞がうまいなー。だから、侑士はモテるのねー。」

「そこ関係あらへんやろ。」

ペシッと数学のノートで叩かれた。
『可愛い』とかサラッと出す侑士って何者さ。
侑士は数学のノートを机の上に置き、身体をこちらに向かせた。

「ねえ、お兄さん。」

「なんや、お嬢さん」

「バレンタインのお返しって全部返すの?」

そう聞くと、豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をした。
そして、眼鏡を掛け直した。

「そら返してあげた方がええんやろうけど、なんせ相手がわからへんでな。」

「つまり返してないの?」

「せやな。返したことないわ。」

「そんなもんか。」

「そんなもんやで。」

そう言うと侑士は、「申し訳ないとは思ってるんやで。」と付け足した。

「まあ、今年はそれまでに卒業しちゃうしね。」

卒業式は3月9日だ。
残念ながら14日の前に卒業してしまう。

「それに、本命には貰ったことないしな。」

「あ、そうなんだ。ってか好きな子とかいるんだ!」

「そらいちを居るわ。」

侑士は少し寂しそうな顔をした。
侑士に好きな子がいるなんて、3年間一緒にいて始めて知った。
どんな子だろう。
きっと侑士のことだから、すごい綺麗な人か年上の人?
そんな人がきっと似合う。

「青春だねー。」

男友達の中では、親友に値する彼の桃色話しを聞いて、嬉しい気持ちと寂しい気持ちが混ざった。
もし、侑士に彼女が出来たらきっと今までみたいにワイワイする時間は減るだろうし、侑士のことだから彼女に尽くすだろう。
甘酸っぱい気持ちでいっぱいになってしまった。

「貰ったことないけどな。って何度言わせんのや。」

侑士はそう言うと、また数学のノートで叩いてきた。
侑士が眼鏡を掛け直して、聞いてきた。

「今、冥子には居らへんのか?」

さすが、よく知っている。
『今』という前置きが鬱陶しいぐらいに。

「居たらバレンタインあげてる。」

「それもそやな。」

3年間、別に好きな人が全くいなかった訳ではない。
やっぱ好きだった人は居た。
まあバレンタインはあげなかったけど。
だいたい、バレンタインにあげないといけない決まりはないし、今流行りの逆チョコなんてのもありだと思う。
とか、受け身の体質である自分に少し嫌気がする。

「せやったら14日にチョコレート欲しいな。」

「は?なんで?」

「逆ホワイデーってのもええやろ?」

「侑士にあげても見返りないから嫌だよ。」

「ほんま3年間で返しが上手なったなー。」

「おおきに。」

使いもしない大阪弁を使ってみた。
私は、もうすぐ鳴りそうなチャイムを前に数学の用意をした。

「せやけど、ほんまに14日待っとるで。」

そう言われ、「はあ?」と侑士の方を見て言ったら真面目な顔をしていた。
こんな顔を見たのは、テニスをしている時ぐらいで言葉が出なかった。
チャイムが丁度鳴ったお陰で助かったが、あの真面目な顔を忘れることが出来なかった。朝のHRが過ぎ、数学の授業が始まる頃にはいつもの侑士に戻っていた。

2014.03.13

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