光の柱(2/4)

念の為眠るサクラ姫へ高麗国で作った護符の一枚を持たせてから、私達は森の探索へと繰り出した。森は奥へ行けば行くほど、霧が濃くなっているようで湖のあった場所よりも暗くなっていく。そんな視界の悪さでさえ、私には冒険心をくすぐる一因でしかなかった。しかし、そう思わない人もいるらしい。

「霧、濃くなってきたねぇ」
「うん暗いね」
「かなり遠くまで来たけど、誰にも会わないねぇ。民家もないし」
「こわいな、こわいな」
「大丈夫だよ、そばにいるから」
「…………………」

私は何も聞かなかった、口を挟むべきではない。
必死になって二人よりも足早に森を進む。面白がって冷やかす余裕さえなかった。そばにいる、なんて私には言えっこない。今すぐここから逃げ出して、サクラ姫のもとへ戻りたいくらいだ。それくらい黒鋼さんの態度が、その、正直に申し上げると不気味だったのである。黒鋼さんらしからぬ対応に違和感。しかし声は紛れもなく黒鋼さんのものだ。

「黒鋼うれしい」
「……………ひえ、」
「誰が黒鋼だー!!おまえはモコナだろ!!」
「ですよね!?」
「黒鋼が怒ったー!」

とうとう耐えきれず、私は控えめに呻いた。二人より距離が離れているから、きっと私の声は聞かれなかっただろう。聞かれていても困るから、すたこらさっさと逃げ出そうとする。
そして、黒鋼さんも叫んだ。その大声に驚いて、思わず足を止める。なんだ、なんだモコナさんだったのか。良かった安心したほっとした。一人称黒鋼の黒鋼さんなんて、どこにも存在しなかったんだ。いや、正直疑ってましたよ、黒鋼さんにしてはおかしすぎるって。でもモコナさんだとは思い至らなかったな。

「気色悪いことするな!!それに小娘、騙されてんじゃねえぞ!!」
「だ、だだだだって今の黒鋼さんの声だったじゃないですか!?」
「ああ!?」
「ごめんなさーい!!!」

わあ、過去最高にどすの利いた声、これは相当お怒りだ。けれど、当の本人モコナさんは堂々とした余裕っぷりである。それもファイさんと雑談を楽しんでいるくらいに。

「でも、モコナ、声マネ上手だねぇ。黒みゅうにそっくりだったよぉ」
「モコナの108つの秘密技のひとつなの」
「後、107つは?」
「な、い、しょ」
「モコナったら焦らし上手ー」
「くすぐったーい」
「……き、気が抜けそう」
「一生やってろ」

怒った黒鋼さんを横に、お互いの頬を擦り寄せあう。可愛いけれど、実にハイレベル過ぎるやり取りだ。私もモコナさんの声に騙されるというヘマさえやっていなかったら、あの輪に加わりたかったのだけれど。
羨ましくなって立ち止まって眺めていれば、付き合ってられないと言いたげに溜息をついた黒鋼さんがこちらへやってくる。怒りは収まっている様子だったが、少しだけ気まずくて黙って隣を歩いた。恐る恐る黒鋼さんの表情を覗き込もうと見上げてみれば、無表情に寄った怒り顔。どうしたものかと悩んでいれば、背後から小走りになった足音が聞こえた。

「あの、黒鋼さ、」
「ちっ、…先に行くぞ」
「えっ!?ずるいですよ!!」

見れば置いていかれたことに気づいたファイさんとモコナさんが、こちらへ手を振りながら走ってくるところだった。その様子はまだまだ構い足りないのか、獲物を求めてとてもいい笑顔である。黒鋼さんはそんな彼らに追いつかれたくないからか、小走りに走り始めた。そういえば私もモコナさんに騙されたという、からかうには十分過ぎる口実つきの獲物である。これは巻き込まれると厄介そうな予感がする、そう思い一拍遅れて私は黒鋼さんに続いた。

「あ、黒たん待ってー」
「立花も待ってー」
「待ちませーん!!」

追いつくか追いつかれないか、絶妙な距離感を保った追いかけっこが暫く続く。それを中断させたのは、私達とはまた別の要因だった。霧とはまた別の意味で、私達の視界は白く眩んだ。あまりにも突然の出来事に、私達は一瞬だけ判断が遅れてしまう。それでもすぐに原因は背後にあると分かり、振り返って何が起きたのかを確認した。

「…!」
「何だ!?」

霧のせいで暗かった森の中が、突然目映い光に照らしだされている。まるで湖の方向から光の柱が建っているようにも感じられる。そう、光源は湖のある方角にある。サクラ姫を残してきた場所で何かが起きているんだ。

「…サクラ姫!!」
「あっ、立花!」

気がついたら、弾かれたようにその場を走り出していた。後ろからモコナさんが私を呼んだのが聞こえたし、黒鋼さんの舌打ちも呆気にとられたファイさんの声だって聞こえる。それでも急いで戻らなければ気が済まなかった。



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