霧の森(1/4)

春香さん達との別れに思いを馳せながら、ゆっくりと目を開く。次の世界に着いたのだろう、さて次はどんな出会いが待っているのか。

「……ん?」
「で。どこなんだ、ここは」

本当にどこなのでしょうか、ここは。
見渡す限り真っ白で、靄のかかった世界が広がっていた。正確には霧が深すぎて先が見えないだけで、並び立つ木々も湖も存在している。目に見える範囲には民家が建っている様子はない。霧が深くて湿気も強く、人が住むには適さない環境のようだ。

「おっきい湖だねぇ、家とかも全然見えてないしね」
「人の気配もないみたいですね、霧も出てますし」
「前回二つの世界ではちょうど町に出ましたけれど、こうして人のいない世界に出ることもあるんですね!」

新しい世界の観察を続けるが、やはり人の気配は少ないようで。現代日本で生活する身としては、ここまで誰もいない世界を見るのは初めてだ。警戒よりも高揚する気持ちが勝り始めた頃、ファイさんがモコナさんへ尋ねる。

「モコナどう?サクラちゃんの羽根の気配するー?」
「強い力は感じる」
「どこから感じる?」
「この中」
「……モコナさん、本気ですか?」

この中と簡単におっしゃいましたが、示された場所は湖ですよ。恐る恐る湖に近寄って指を浸してみれば、なかなかの水温だった。とてもじゃないけれど、私にとって潜水するには冷たすぎる。身震いしそうになるほどだ。人がいないなら人の手に羽根が渡らないから楽だななんて、思っていたけれど楽なんてなかったんだ。

「潜って探せってのかよ」

黒鋼さんのやる気が限界まで削がれた声を前にしても、モコナさんは無情に頷くばかりだ。私も私であの水温を前に、躊躇わずに潜れるかと言われれば頷きがたい。きっと小狼さんなんて、既にそのつもりなのかもしれないけれど。しかし、一番に名乗りあげたのは小狼ではなかった。

「待って、わたしが行きま   す」
「おっと」
「黒鋼さん、ナイスキャッチです!」

声の主はこの世界に来てから沈黙を守っていたサクラ姫。勇敢にも名乗りあげるけれど、眠気の限界が来てしまったようで黒鋼さんの掌を枕に眠ってしまっていた。女の子一人を掌だけで支えるとは、なんと力がモノを言う世界だろう。いやそれよりも、ちゃんと支えてあげてほしい気持ちもある。

「春香ちゃんの所で頑張ってずっと起きてたからねぇ、限界きちゃったんだねぇ」

視線で訴えれば黒鋼さんは渋々という風を装いながらも、きちんとサクラ姫を抱え直して木の根元に寝かせてくれた。すぐさまファイさんが自分のコートを脱ぎ、眠るサクラ姫へと被せてくれる。大人達の連携プレーを前に手持ち無沙汰になってしまった私達年少組は、せめてサクラ姫のために火を起こす準備に走った。

「小狼さーん、薪ってこんなのでいいんですか?」
「はい、大丈夫ですよ」

サクラ姫のために頑張りたい私達二人だったが、実のところ火を起こせるには小狼さんのみという体たらく。現代日本に生きる私にはキャンプでくらいしか、薪を集める経験をしたことがない。それもライターという文明の利器があってこそだ。それに引き換え小狼さんは、火種作りから一人でできてしまうというハイスペックぶり。悔しくならないのは相手が勝ち誇らない小狼さんだったからだろう。

「あの、火の起こし方を教えましょうか…?」
「……本当ですか?!」
「はい、おれでよければ」
「ぜひぜひ!お願いします!」
「立花がんばれー」

結局今回は謙虚な小狼さん先生に教わりながら、私が火を起こすことになった。早く火を起こせるのが一番だろうに、小狼さんは勿論モコナさんも、ファイさんも黒鋼さんも静かに見守ってくれている。ありがとう、皆さん。ありがとう、小狼さん先生。


***

その後無事に焚き火が完成し、暖を取ることができた。落ち着いて話をする状態になったため、ファイさんを中心に今後の方針を決めることになる。

「さて、これからどうしよっかー」
「おれは湖に潜ろうと思います」
「なら湖の探索は小狼君におまかせしようかな、でも無理しちゃ駄目だよー?」
「ええ、休み休み潜るんですよ!小狼さんったら、無茶してばっかりなんですから!」
「…はい、大丈夫です。ありがとうございます」

羽根探し担当潜水隊長には、本人含めて満場一致で小狼さんが就任。無理をしないことをその場の全員と約束してから、潜る準備をすることが許された。それを堺に黒鋼さんは立ち上がり、コートについた泥を払って踵を返す。森が深くなっている方へ向かっているようだ。

「あれー、黒りんどこいくのー?」
「……森の探索だ。ここでじっとしてんのも退屈なんでな」
「あー、いいな、オレも森の探検に行ってみようかな」
「モコナもいくー!」
「探検……」

この森を。物語の中でしか存在しないような霧の深い森を。
そわそわと肩の浮き沈みが激しくなる。目を輝かせてあちらこちらを見渡せば、先が見えなくて興味ばかりが沸き立った。私の気持ちを知ってか知らずか、ファイさんはずいっとこちらへ顔を近づけてくる。

「立花ちゃんはどうしたい?」
「あっ、いえ!私は…サクラ姫の傍についていようかなって……」

小狼さんは湖の中で、黒鋼さん達は森の中。だったらサクラ姫の護衛は誰がするのだろう。そう思えば二の足を踏んでしまう。せめてまだ希望を出していなかった私が残って、サクラ姫の身に何かあった時に対処できればと思ったのだ。我慢の気持ちがあったせいでいつもと異なり、まっすぐとファイさんの目を見て宣言できないでいる。けれど目が合わないのに、合わないからこそファイさんの視線を感じてしまうのは何故だろうか。

「……。うーん、確かにサクラちゃんのことは心配だけど、ほら、本当にこの一帯には生き物の気配がしないしー」
「それに、おれも長い間潜っていられるわけじゃありませんから。こまめにサクラ姫の下へ戻ります」
「………」

周囲の森の安全性はファイさんと黒鋼さんのお墨付き。おまけに小狼さんの言葉の端々から好きにしてくれていい、という意図が伝わってくる。気負いも何もなく伝えられたそれは、本心からくる言葉だと十分に汲み取れる。あとは私が意地を張らずにお言葉に甘えればいいだけ。
でも万が一のことがあったら?私が最後の悪あがきをしようと、口を開く。

「うじうじするくらいならお前も来い」
「ぐえっ」
「はいはい、行くよー」
「ごーごー!」

もしもに備えた私の進言は、襟首を引っ張られる苦しさによって阻まれる。ああ憎らしきセーラー服の後ろの襟の掴みやすさよ。いつもなら味方をしてくれるファイさんも、私の頑固さにとっくの昔に匙を投げていたようだ。こうして私達は湖と森、それぞれの探索班に別れることになったのである。でも、できたら私にも味方がほしかったな。

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