出会い(2/9)

その日私は雨の中、はじめて自分が見ている光景を夢と疑い頬を抓った。いやだって、考えて見てほしい。
例えるなら、テレビでしか見たことのない、大好きなアイドルがそこにいた時の気持ちが近いかもしれない。もっと言うなら、夢の中で描いていたヒロインがそこにいたなら。

そんなの決まってる。
泣き出さず、大声を出さず、いかに相手に迷惑をかけないようにするか、必死で感情の渦をやり過ごすしかない。それも、人生で体験したことのないような深刻な空気に包まれた場だったとしたら、尚更。


「サクラを助けてください!」


冒険家のような服を着た男の子が抱えていたのは、私が長年憧れていた"あの少女"だったのだ。彼女は、サクラというのか。
なんて、夢にまで見た彼女の新情報に心躍らせる余裕なんてなかった。何故なら彼女が雨に濡れて、今にも死んでしまいそうなほど青白い顔をしていたからだ。苦しくて、苦しくて、たまらなくなる。胃が捩じ切れてしまっても不思議ではないくらい、辛くて仕方がなかった。
我を忘れて、拳を強く握る。その手が悲しいぐらいあたたかくて彼女に分けてあげたくなるくらい。
雨に濡れる彼女を救いたくて、必死だった。

その他のことが目に入らないくらいに。
これは私の悪い癖だ。何事も一つのことにとらわれてしまう。それを叱ってくれたのは、誰だったっけ。
幼馴染?お世話をしてくれた姉様?それともお母さん?
こんなことさえ思い出せない、私は本当に鶏頭だ。

「そろそろあなたも名乗ったらどう?」
「……あなた、も?」

そう言われて、私ははじめてじっくり周囲を見回した。

いつの間にか私の目の前にいた、謎めいた黒装束の女の人。
呆れた顔をした剣士のような服を着た真っ黒い男の人。
あたたかそうな服を着て、杖を持っている真っ白い男の人。
思ったより、周囲に人がいて、その中でさえたった一人に釘付けになっていた自分が恥ずかしくなった。照れくさくなって、さっきは思い切り引っ張った頬を労るように撫でる。

「立花(リツカ)、といいます。はじめまして!」
「そう。ただの立花、ね。」
「…はい。そうですね、ただの立花です」

ただの、と強調されてしまったことにはちょっとムッとする。
否定はできないのだから、頷くしかないけれど。
私は立花。ただの立花。
本当の名字はあるけれど、私はその名前を名乗ることはとっくの昔に禁じられている。私はお家から除籍された身だ。
ちゃんと務めは果たせる"力"があるにも関わらず。おかげでお家は滅亡の一途をたどるばかりだ。何故だろう。こんなにもやる気に満ちているのに。

私の名前を告げると、相手も名乗ってくれる。
彼女は次元の魔女。魔女、と比喩で呼ばれた人なら見たことがあるが、こうしてホンモノに出会うのは初めてだ。

「では、立花。あなたの番よ、貴方の願いを聞かせてちょうだい」

願いといわれても、困ったな。私の番、ということは他の人はすでに願いを告げてしまっているのだろう。
他の人の願いを私が聞いていなかったせいだけど、私だけ願いを知られるような気分になる。照れくささがぶり返していった。
それにまだ、私には知らないことが多くあった。それを知らずに願いを言うことはできない。まあ旅の恥はかき捨て、というし、知らない場所ならば思い切り恥をかいても構わないだろう。そう、意気込んで口を開いた。

「あの、願いより先にまず、ここはどこなのでしょうか!」



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