きっかけ(3/9)

「本当に何も聞いていなかったのね。ここは日本。勿論あなたのいた日本とはまた違った日本で、この場所は願いを叶えるミセよ」
「ええ、本当になんにも。なるほど…。そうだったんですね…気づかなかった…」

違う日本とはまた、面妖な。
なら、ここでは世界の命運をかけた戦いが行われていないということだろうか。せめてこの日本にはバラバラに崩れた町並みもない平和な世界であってほしい、とひっそり願ってしまっていた。
私の隣では、日本、という言葉に黒い人が反応してちらりと視線をくれている。笑いかければ、嫌そうな顔をされてしまった。

「いつの間にそんな不思議な場所に来ちゃってたんでしょう…」
「…そんなんで大丈夫かよ」
「大丈夫ですって!少し待ってください、…あ!ほら!ちゃんと思い出してきましたよ!」

黒い人にバカを見る目で見られながら、私は必死に考える。
白い人は応援してくれるから、ちょっとだけ嬉しかった。
そうだ。思い出してきた。突然足元にぽっかりと空いた穴に落ちたんだった。そして、何かを掴んだ。ぐらりと揺れた足場に気を取られたことだけは、はっきり覚えている。そして、直前に起こったことも。


―― 私は殺されかけたのだ。


私を殺そうとしたあの人と対峙した時。
冷たくて優しい目が、私を見下ろし笑っていたことだけは良く覚えている。その人は、絶大な存在感を有しながらも、誰かの望む存在になれるのだという。だから、油断してしまったのだ。また会えるとは思ってもみなかった人の姿が、目の前にあってそれで。
その人は私に何かを、言っていたような?

「んー?あれ、何ですっけ。色々あった衝撃ってやつですかね。記憶がぽーんとどっかにいっちゃったみたいです」
「なんだか大変だったんだねぇ」
「ええ、そうなんですよー、相手が強くってー」
「……本当に大丈夫かよ、そこの白いのの方がまだマシだな」
「えー、ひどいなあ」
「本当、ひどいですよねえ」
「勝手にやってろ!」

男の子の心配そうな眼差しがあったかい。白い人の空気も生暖かい。
冷たいのは黒い人ばっかりだ。まあ、この人も本当の意味で冷たいわけじゃないけれど。
それにしてもこの白い人、なんだかとっても波長が合う気がする。
初めて会った気がしないぞ、マブダチになれる予感だ。私が白い人との友好を深めていると、魔女さんは私の手を指さした。

「なら、その手の中にあるもののことも忘れてしまったのかしら」
「はい?手の中?」

そういえば、さっきからやけにあたたかいものを持っていたような。
恐る恐る開いてみれば、何やら視線が痛い。
特に彼女を抱えている男の子の目が強く刺さる。
何故だろう、と首を傾げれば面白がった魔女が話してくれる。
彼女、サクラ姫の飛び散った記憶の羽根の話を。
壮大な内容だ。ひとりの女の子が背負っていい話ではないように思える。皆さん、若いのに大変なものを背負ってばっかりだ。
今や遠い世界の人になってしまった戦友達の顔を思い出して切なくなる。そして彼女の命が危機に晒されていることも、無性に悲しかった。

「それが飛び散った羽根の一枚よ。サクラ姫の記憶のカケラ。」
「これが!?」

なんとまあ、自覚して見てみれば確かに並々ならぬ魔力と生命の波動を感じた。もしかしたら、足元に穴が空いたのもこの羽根のせいなのかもしれない。突飛な発想だったけれど、それができてしまえそうなほど、この羽根の力は強い。

そんなものを、私は今、"手にしてしまっている"。

言いようのない万能感を感じてしまっていた。
この羽根さえあれば、何でもできると勘違いをしてしまうほどに。
なるほど、これは毒だ。サクラ姫以外が持つには、毒でしかない。
ちょっとだけ、手にしていることが怖くなってしまったことは私だけのヒミツだ。


-7-




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