残された少女達(9/12)

苦しげに思いを吐き出す春香さんを、サクラ姫はそっと抱き留めた。その優しさがより悔しさを募らせるのか、春香さんの表情は前髪に隠れて見えなってしまう。それでもサクラ姫は真摯に言葉をかけ続けた。

「……小狼君達は春香のことを弱いから、連れて行きたくないわけじゃないと思うの…きっと、春香にこれ以上迷惑をかけられないから」
「……私は小狼達に迷惑なんてかけられてない、そんなこと気にしないんだ。ただ母さんの仇を取りたくて…それとも、仇をとりたいと願うことは、そんなにいけないことか」
「わからない…でも、わたしは春香が人を殺してしまうのは、とても悲しいことだと思う」

私がいない間にサクラ姫と春香さんは、決して多くはないが言葉を交わしあったのだろう。そこには二人の信頼が垣間見える。二人の会話に割って入ることは躊躇われたけれど、思わず言葉が口についた。

「無意味かどうか、決めるのは自分です。でも、もし、亡くなったのがあなたのお母さんではなく、あなただったとして。貴方の仇を打とうとお母さんが苦しんでいたら、どうします?」
「…!…それは、……。…悲しくなる。優しい母さんがそんな風になってしまったら申し訳ない……」
「でしょう?サクラ姫の言いたい"悲しい"は、きっとそういう意味です」
「……」

サクラ姫が小さく頷いてくれたことで、春香さんは俯いていた顔を上げる。サクラ姫が悲しむ顔をしていないか、心配そうに頬を両の掌で挟んだ。その時やっと春香さんの引き結ばれた唇が緩み、サクラ姫と笑いあう。これで安心だろうか、と肩をおろしてから冗談めかして私は隠していた本心を告げた。

「でも、少なくとも私個人としてはアリだと思ってますよ」
「……立花さん」
「わー!ごめんなさい、サクラ姫!でも自分に嘘はつけなくて!」
「まさか、立花にも仇を打ちたい人が、いたのか」

私が死にかけたあの日。仲間が傷つき倒れてる間に、負担を減らそうと思ったことも事実だ。だけど本当は幼馴染のあの子の仇を討ちたいとも、思ってたんだ。例えあの子がそれを望まなかったとしても、あの子が望み通りに死んだのだとしても自分では敵わない強敵に挑んだ。

―― 約束通り貴方が死んでも泣かなかったんだから、許してくださいね、××ちゃん。

きっと彼は許してはくれないだろう。だけど、私にだって譲れないものがあったのだ。幼馴染が殺されて、私は××さんのように大人にはなれなかった。

「……はい。でも、負けちゃいました。だから、もう二度と仇を討てるチャンスはなくなったしまったんです」
「……すまない、酷いことを聞いた」
「いいえ、話していいと思ったから話したんですから」

春香さんの仇討ちの参考になればいいのですが。
情けない顔で笑いかけて言えば、春香さんは萎んだ顔をして服の膝の辺りを握りしめた。彼女なりに葛藤してくれたらいい。そのうえで仇討ちを望むのなら、私に彼女を止める権利などありはしなかった。


***

「春香ちゃん!」

春香さんの家の前で話し込んでいると、何やら家の周囲が騒がしくなってくる。何事かとサクラ姫の前に立ち、春香さんと一緒に有事に備えていれば訪れたのは町の人達が集まっていた。警戒をしてみたけれど拍子抜けなくらい何もない。強いていうなら、女性しかそこにいないことが不思議なくらいだ。皆さん揃って血相を変えて、事態は一刻を争うことが察せられた。

「どうした!何があったんだ!?」
「祖父が、突然操られたみたいに人が変わって城へ…病気であんな風に動けるはずはないのに…」
「……あなたは、さっきの……」
「まさか……領主の秘術か!?」

話し始めたのは、やつれた女性だった。サクラ姫と春香さんにとっては見覚えのある人だったらしい。それにしても突然人が変わったというのなら、洗脳でもされたのだろうか。ただでさえ非道な振る舞いが目立つ相手だったが、これは殊更質の悪い。

「春香ちゃん、ごめんなさい、あなたに頼ってしまって…でも、私達は秘術に詳しくなくって、秘術を解くための方法を何か知らないかしら……」
「…ッ…秘術を解くための秘術なんて…そんなもの……」

春香さんは必死に頭を抱えていた。それもそのはず、何度も何度も領主の城に挑んでは敗れていたというのだから。そんなものがあるのなら、城の結界だってすぐに破られていただろう。つまり春香さんは秘術を解く秘術を知らないということになる。しかし、何かを閃いたらしい彼女は花が咲いたように顔を明るくさせた。

「……!いや、人にかけられた秘術なら!」
「えっ、あるんですかー?!」
「男衆は城に行ったんだよな、だったら後のことは私に任せてくれ!」
「…春香…そんな危ないことを……」
「大丈夫だ!私には心強い味方がいる!」

そういうやいなや春香さんは家の中へ駆け戻り、手に大きな鏡を持ってやってきた。その鏡は私が領主の風に家が襲われた際に守ったものだ。まさかとは思ったけれど、それが秘術を破る術なのだろうか。

「…でも、…やっぱり、危険だと思う…」
「危険ではないかもしれません。私でもなんとかできるかも…」
「立花が?」
「はい、秘術で操られているとはいえ、相手は一般の方なのでしょう?それに今城には小狼さん達がいます」

今領主の城は、小狼さん達侵入者の襲撃を受けている真っ最中だ。そちらにかかりきりになっていてもおかしくない。だからこそ兵が足りず、城の外の町から人を集めたのだとしたら。確証はない、これは賭けだ。どちらにせよ町にいたら領主の秘術によって、操られてしまう可能性だってある。だったらこちらから打って出るのも、悪い手ではない。

「サクラ姫。町の人が洗脳されたというのなら、私達がここにいて安全だという保証はないんです。だったら、こちらからも仕掛けましょう」
「…立花さん……」
「大丈夫、私があなたを守ります!それに春香さんに秘策があるそうですから」
「勿論!この鏡にかけて、悪いようにはさせない!」

春香さんの態度は今までのどこか無鉄砲さをはらんだものとも違っていた。何か自信の根拠になり得るものがあるに違いない。だったら彼女を信じる他ないだろう。真っ直ぐにこちらに視線をくれた春香さんに対して、これから共に戦う相手として拳を差し出す。彼女も意図を察してくれたのか、同じく拳を差し出して二人でぶつけ合う。そこへサクラ姫はおずおずと掌をのせてくれた。

「行こう!これは私達にしかできないことだ!」
「はい!領主に目にもの見せてやりましょう!」
「……頑張ります…」


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