城へ向かうために(8/12)

モコナの通信はプロジェクターの映像のように、何もない空間に魔女さんを映し出す。魔女さんも動じた顔をつゆとも見せずに、私達との会話に応じてくれた。

《あらモコナ、どうしたの?》

それからは魔女さんに説明を終えるまで、少しばかり時間がかかった。その事実に私達が出会って間もないこの国と、どれだけ密に関わっているか伺い知れるというものだ。

《なるほど。その秘術とやらを破って、城に入りたいと》
「そうなんですー」
《…でも、あたしに頼まなくても、ファイは魔法使えるでしょう?》
「あなたに魔力の元、渡しちゃいましたしー」
《あたしが対価として貰ったイレズミは、"魔力を押さえるための魔法の元"。あなたの魔力そのものではないわ》

そのことには立花だって気づいているはずよ。
そう、魔女さんに話を振られて身を縮こまらせた。皆さんの前で知られてしまって、ファイさんの顔を見ることができない。ファイさんと一緒に小狼さんや黒鋼さんの視線を受けたことも、その理由のひとつだった。魔女さんめ、余計なことを。半信半疑だから、黙っていたというのに。

ファイさんはまだ、魔力を有している。のかもしれない。以前イレズミがないから魔法が使えないと言ったけれど、私は密かに疑っていた。だって、あの時イレズミを渡した後のファイさんから感じた気は、決して力を失った人のものではなかったから。ファイさんの力はこの場にいる誰よりも強い。私のような感知する力の乏しいものでさえ、その余波を知覚できるくらいに。

「まあ、でも、あれがないと魔法は使わないって決めてるんで」
「……」

でも、妙な話だ。そんなものが必要なくらい、ファイさんは力が強くて持て余しがちだったというのか。それがないと自分の力をコントロールできないくらいに。ファイさんの力は、それだけ。
……止めよう、これは私が考えるべきことじゃない。ファイさんの問題だ。だから、考えたらいけない。

《いいわ。城の秘術が破れるモノを送りましょう。ただし、対価をもらうわよ》
「おれに何か、渡せるモノがあれば…」
「これでどうですかー?魔法具ですけど使わないし」
《…いいでしょう、モコナに渡して》

立ち上がったファイさんは、私達の持ち物の傍に立てかけていた杖を掲げた。魔術を使う媒体である杖。魔術を扱う者として、不可欠なそれが、あっさりと対価として運ばれていく。ファイさんの魔法を使わないという固い意志が確かに示されたのだ。
あっさりじゃないかもしれないけれど。ファイさんの本心としても、モコナさんの負担としても。怯える春香さんが可哀想でしょ、モコナさんもっと別の方法ないんですか。完全に杖を飲み込んだ後、吐き戻すように出てきたのは何やら黒くて丸い怪しい物体。

「これが、秘術を破るもの…」

いや、あれは物体なのか。球体の中で何かが蠢く気配を感じたような気がして、寒さを誤魔化すように袖をさすった。


***

秘術を破るものを得た私達は、領主の城へ向かうことを決めた。領主と戦うために、そしてサクラ姫の羽根を取り返すために。小狼さんをはじめとした男性陣三人はこの国の衣装に着替えて、出陣準備を整えていた。
一方で私達の方は春香さんの家に残ることに。領主の秘術の危険さを考えれば、自然な流れだと思ったけれど。やはりというか、春香さんは納得できないようだった。

「いやだ!!私も領主の所へ行く!」
「領主の城には秘術が施してあるしね、危険だよー」
「承知の上だ!一緒に行く!!」
「んー、困ったなぁ」
「俺ぁ、ガキの説得はできねぇからな」

助け舟を求めるようにファイさんは黒鋼さんを振り返る。説得は得意そうに見えたけれど、春香さんを前にして言葉を選びかねているのだろうか。黒鋼さんも黒鋼さんで、何かを言うつもりはないらしい。そういえば以前阪神共和国で私が戦闘に参加することを止めた時は、説得というよりも確定事項を突きつけるようなものだったし。ファイさんとのやりとりで既に怒髪衝天という風情だったから、これ以上余計なことを言うまいと口をつぐむ。

「だめです、ここでサクラ姫達と待っていてください」
「……!」

結局のところ春香さんを止めたのは、旅のメンバー随一のしっかり者小狼さんだった。有無を言わさず踵を返し、春香さんとの話を打ち切ってしまう。その背中を暫く大人二人は眺めていたかと思えば、一度だけ私達の方を振り返った。

「じゃあ立花ちゃん、あとはよろしくねー」
「はい!お任せください!サクラ姫のことも心配ですし。……それに、説得が必要なようですからね、大丈夫です!戦いに赴くことを止められる人の気持ちは、誰よりわかっていますから」

説得を丸投げされた形になったけれど、そのつもりで残ったから問題はなかった。それに多分春香さんの気持ちが一番分かるのは私だろうから。そう私が返すと黒鋼さんは何とも言えない顔をした。怒っているというよりは、渋い顔。ムスッとしていて、なんだか面白い。

「そりゃ嫌みか」
「へへ、そう聞こえました?」
「……ちっ」
「立花、いってくるねー」
「はい、モコナさんもいってらっしゃいませー!」

今度こそ先をゆく小狼さんを追うように、二人は歩き始める。ファイさんの肩に乗ったモコナが何度も私達へ手を振ってくれた。
そして、小狼さんを見送る私とサクラ姫と、春香さん。小狼さんを追いかけるでもなく佇むしかできないことに、春香さんは震えていた。

「私が子供で、たいした秘術も使えなくて…足手まといだからか」
「……違うと思う」

そんな春香さんへサクラ姫が静かに寄り添って、彼女を支えようと努めている。眠さに負けてしまいそうになりながらも、自分にできることをしようとしているのだと気づいた。


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