秘術の鏡(10/12)

走り出した私達への領主の妨害がすぐさまやってくることはなかった。もしかすると本当に小狼さん達の対応で精一杯になっているのかもしれない。または春香さんの持つ鏡に、秘術の監視を逃れる術でもあるとも考えられる。どちらにせよ、見つからないならそれで幸運ということには変わりはないのだ。
しかし、それも城の中へ入り込むまでの束の間の安全に過ぎなかった。城の奥へ奥へ、向かおうとする途中、警備をするように棒を持った老人達が姿を現す。力の弱くなった人達は警備に回していたのだろう。

「…あんな年寄り達まで、なんてことを!」
「来ましたよ…春香さん、駄目そうだったら一緒に走って逃げましょう!」
「ああ、分かった!」

私達の姿を目にした老人達は、こちらへ一斉に棒を向けてくる。今にも打たれかねない雰囲気の中、緊張した面持ちで彼女は鏡を彼らへと向けた。

「……!」
「目を、覚ましてくれ!」

掲げられた鏡面は、光源もないはずなのに強く輝きを増していく。溢れ出す光が部屋中を覆って、眩しさに目を明けられなくなった。しかし、その光は決して不快なものではなく身体の中にあった冷たさを溶かしていくような心地がする。これがきっと、洗脳を解くための秘術の光なんだ。

「……ッ!!」

秘術の光を浴びた途端、ズキズキと頭が痛んだ。巧断で攻撃された時よりも、この国に来た受けた痛みよりもずっと痛い。これ以上ない痛みに思わず蹲りそうになる。それと同時に頭に響く痛みが、誰かの声となって聞こえてくるようだった。


―― さあ、よく×るんだ。あれが××××。

―― お前が××××××の顔を、よく_____


穏やかな声質をした男の人の声だ。知らない人の声なのに、知っているような気がした。大切な人の声のような気がするのに、どこか本能的に恐怖を訴えている。顔も思い出せない相手なのに、大好きで怖くて、相反する感情がぐるぐる渦巻いていた。

「な、なに…?…何なんですか、これ…ッ!!」
「…立花さん…っ、大丈夫ですか…?」
「…!」

肩に手を置かれ、軽く揺さぶられる。意識が痛みに持っていかれそうになったのに、サクラ姫の顔を見たら痛みがどこかへいってしまったようだ。そうだ、サクラ姫を守るって小狼さんと約束した。春香さんと一緒に領主に洗脳された人達を救わなきゃいけない。こんなところで痛みに屈することは、できなかった。

「…大丈夫です、ちょっとびっくりしただけで。それにしてもすごい術ですね…」
「ありがとう。これは人にかけられた術を解く鏡なんだ」
「その鏡、そんなにすごいものだったんですか!?」
「知らなくて守ってくれたのか!」
「いや、すごいものだろうなってことは分かっていたんですけれど、そこまでとは…いやあ、体張って守った甲斐がありましたよね!」

あの時の私はいい仕事をした。自分で自分を褒め倒したい気持ちで頷いていると、春香さんはやけに浮かない顔である。何故だろうと思っていれば鏡を握りしめて、私に頭を下げた。本当に、何故!

「ああ、母さんの秘術道具はすごいだろう?……でも、すまない!使い手が私でまだ下手くそだから、相手をうまく選びきれなかったのかもしれない…立花まで巻き込んでしまったみたいだ」

申し訳なさそうにする春香さんだけど、私からしてみれば事故のようなものだ。それに光を浴びていた時間が短すぎて、自分の身に何が起きたのかさっぱり理解できない。何か声が聞こえてきたことも、その人物が誰だったのかも、分からなくてどうしようもないというのが事実である。

「えっいやいや、だーいじょうぶですよ!ちょっと光が眩しかっただけですから!次はうまくいきますって!」

心配する二人の視線から逃げるように、洗脳から解けた人達が取り落とした棒を拾う。やはり生身の人間を相手にするのなら、武器があった方が心強いと頼りないながらも武装を整えた。棒術の心得はないが、万が一相手と距離を取らないといけなくなった時に役に立つだろう。鏡を持つ春香さんばかりに、任せてしまうのも忍びない。

「さ、次行きましょ!」

洗脳を解かれて我に返った人達に見送られながら、私達は先へ進む。自分の身に起きた現象に不安がないと言ったら嘘になるが、立ち止まってはいられなかった。


***

人と出会ったら鏡の術を使い、洗脳を解く。次に人と出会ったらまた同じことをする。それを繰り返していくうちに春香さんは鏡の扱いに慣れてきたようで、秘術師として堂に入った佇まいが身についてきていた。それにしてもここの領主、洗脳なしで仕えてくれる人がいないようでいっそのこと哀れさを抱いてしまう。人望がないって大変だな。

「そろそろ、城の頂上ですかね。サクラ姫、大丈夫ですか?」
「…ええ、大丈夫です……」
「無理はするなよ?」

私達三人は順調に城の階段を登っていく。長い長い階段は、所謂ラスボスの待つ場所へ向かう道を連想させた。それに階段を登りきった場所からは、強い力を感じる。そこに領主がいることは間違いない。
あともう少しだ。そう励まし合って階段を登り切ると、嗄れた男の声が信じがたい言葉を叫ぶ。

「さあ、おまえ達!さっさとこの小僧を始末してしまえ!!」
「……!!」

広い空間に出てみれば、私達の目の前に傷だらけの背中が落ちてきた。後ろ姿しか見えないが、それは私達が見送った男の子のものだと分かる。無傷の男達に囲まれた、ボロボロの小狼さんの姿がそこにあった。サクラ姫や春香さんが息をのむ。
そして小狼さんの肩越しにある先程の嗄れ声の主がいた。こちらは見覚えのない老人だったけれど、強い憎しみの色に染まっていく春香さんの目がそれが誰なのかを教えてくれた。

「みんな!目を覚ませ!!」

春香さんが小狼さんを救うために、そして領主と決着をつけるために秘術の鏡を使った。眩しい光がこちらへと向けられることはない。この短期間で大きな成長を遂げた秘術師として、春香さんは部屋の奥で騒ぐ老人、領主と対峙する時を迎えたのだった。


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