蟹鍋後段(14/22)


この国は、私の生まれた"日本"ではない。
だからといって、守らなくてもいいという道理はない。寧ろ、私達を最初に迎え入れてくれた国だ。だったら、私はここを守りたい。
使命でなくても。立花個人として、ここを守り抜く。

「来てください!どうか、私に力を貸して!」
―― その願い 叶えよう

応えるようにして現れたのは、大きな片方だけの翼だ。相変わらず、鎖を纏っていて、動きづらそうに見える。しかし、その巻き付いた鎖が四方へと放たれていった。

「これは、立花さんの巧断…!?」
「みたいだねー、見たところ、攻撃タイプって感じじゃなさそうだ」
「一体、何を…」
「んー、とにかく見てたら分かりそうだよー」

最初に、攻撃の被害を受けている柱へ、私の巧断が鎖を放った。
どんな攻撃を受けても倒れないように、硬く結ばれていく。続けて、辺り一帯に立ち並ぶ柱を通して鎖が輪を作るように張り巡らされていった。輪の中心には黒鋼さんと男が戦っている場所があり、彼らを取り囲むようにして、ひとつの場が結成される。
通行人の皆さんも既に逃げてくれているから、とても"場"を作りやすくて助かった。これで、二人には思う存分暴れて貰えるだろう。

「これで柱は崩れないし、相手の仲間に戦いの邪魔もされない筈!!」
「ええ、これなら周りへの被害は防げそうです!」
「立花ちゃんすごーい」
「わーー!ボクシングリンクみたーい!」
「そ、そこは結界と言ってもらえませんか!?」
「小娘!!ごちゃごちゃ抜かしてねぇで、これの説明をしろ!!」
「は、はい!!それは鎖の結界です!!でも、その鎖当たると多分切れます!!だからそろそろ決めちゃってください!!」
「……そういうことか、上等じゃねえか」

まさにさっきまでふっ飛ばされていた黒鋼さんは立ち上がり、相手の男に向き直る。男はといえば、突然自分を取り囲んだ鎖への警戒を顕にしていた。

「なんだこれは!邪魔くせえ!」
「リーダー、切っちまいましょう!」
「ああ!どうせ、やつは巧断も出せねえ腰抜けだ!こっちの方から、ぶった切る!!!蟹動落!!!」

あの時の巧断は、攻防一体の業だと言っていたから、敵の攻撃を弾き返せる。それどころか、切りつけてきた相手へ、逆にダメージを与えてやろうとさえ、企んでいたほどで。けれど、私の甘い思惑は、あっさりと崩れ去る。
男は巧断を振りかざし、張り巡らせた鎖の一つを、切りつけた。


***

「い、ってえええ!!!」
「…ぃ…ッ……」

男の悲鳴に紛れて、私は小さく息を呑む。他の人にバレないように、戦いの邪魔にならないように。声を殺して。でも、痛い。痛い痛い痛い!普通に痛い!
右腕を真っ二つに引き裂かれたような、冷たさ。そして、一瞬で全身に巡る強烈な痛みの熱さ。巧断が攻撃されたらこっちも痛いだなんて、聞いていない!そりゃ、式神だってそうだけど!もっと早く誰かに聞いていたらよかった!油断した!

でも、身をもって体験したからこそ、全てを理解した。きっと、この巧断は本来なら私が予想した通りの"力"を持っている筈だ。鎖に触れた相手の攻撃をものともせず、切り裂く力。
けれど、巧断には等級、力の序列があるのだという。同等の力を持った相手に対して圧倒的な優位に立てるわけがない。私の巧断は男の攻撃を受け流せず、ダメージを受けた。ということは、両者の巧断は同等の力を持つということになる。

あの男の巧断の等級は"一級"。
つまり、男と同等の力を持つ私の巧断の等級も、"一級"。
痛み分けになって、当然じゃないか!

「…………。うるせぇ、ぎゃあぎゃあうるせぇんだよ。てめぇの相手は俺だろうが」
「…ちっ、偉そうに騒ぎやがって!おれは今機嫌が悪いんだ!今度こそお前をぶっ潰す!!おれの巧断は一級の中でも特別カタイんだぁ!」
「そのカタさを過信したのはてめぇだろうが。……だが、その巧断にも弱点はある。あー、刀がありゃ手っとり早く、……!!」

戦略を立てていた黒鋼さんの頬へ雫が落ちる。きっと、彼はすぐには気付かなかったろうが、私達から見れば、それは明らかな変化だった。黒鋼さんの背後へ、水の龍が現れる。

「なに!?おまえ夢の中に出て来た……。
 ………使えってか?なんだ、おまえも暴れてぇのかよ」

龍は剣に姿を変えて、黒鋼さんの手の中へ収まった。あれが、彼の巧断なんだろう。黒鋼さんは嬉々としてその剣を手にし、数年来の相棒のように語りかける。好戦的な顔を隠そうともしない。私のいた世界でもそうそうお目にかかることはないだろう。彼は生粋の武人だった。

「それがおまえの巧断か!
 どうせ、見かけ倒しだろ!こっちは次は必殺技だぞ!蟹喰砲台!!」
「どんだけ体が硬かろうが、刃物突き出していようがな。
 エビやカニには継ぎ目があんだよ。………破魔・竜王刃」

剣の達人にとって、真っ向から向かってくる相手の攻撃はどれだけ御しやすいものだろう。必殺技で挑んできた相手も、そう弱くはなかった筈。けれど、黒鋼さんは、男の攻撃の上をゆく速さと太刀筋をもってして、相手を両断した。

「ぐあああああああ!!」

もんどり打って倒れた男を見て、僅かながらに同情の念さえ沸き起こる。巧断への攻撃は肉体へ直接攻撃されたも同然で。しかも、彼の巧断は、彼自身の身体。だったら、通常よりもずっと、ダメージを受けるはず。それでも彼の巧断の頑丈さのためか、それとも黒鋼さんが手心を加えたためか、まだ彼は動く力を残していたようだった。

「も…もうチームつくってんじゃねぇか。おまえら"シャオラン"のチームなんだろ!」
「誰の傘下にもはいらねぇよ。
 俺ぁ、生涯ただ一人にしか仕えねぇ。知世姫にしかな」

たとえ悪態をついていたとしても、黒鋼さんの中ではたったひとりの主と定めている人がいる。遠く離れた異世界にいても、変わらない忠義に、彼の心の強さの一端を見たような気がして。
心強い味方がそこにいることに、戦いを終えたことに安堵して私はその場にへたり込んでしまった。


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