蟹鍋前段(13/22)

私は声に反応して振り返ったことを、心底後悔している。

「"シャオラン"ってのは誰だ!?」

モヒカン頭に革ジャンというただでさえ奇抜で目立つファッションな上に、いかついサングラスまでかけていては、もうカンペキだ。この国には未だにこうして、テンプレートなチンピラが存在しているのだ。笑ってなんていない。

「なんか用かなぁ?」
「笙悟が"気に入った"とか言ったのはおまえか!?」
「だとしたら?」

小狼さんが呼ばれたにも関わらず、彼よりも先にファイさんがモヒカンの人の言葉に応じてしまっている。これではあの人がファイさんを"小狼さん"と勘違いしてしまってもおかしくない。それが狙いなのかもしれないが、こんな敵意むき出しの相手を前に、肝が座っているんだな。

「小狼はおれです」
「こんな子供か!ほんとに!?」
「ほんとっす!間違いないっす!」

そんなファイさんに対し、真っ向から名乗り出た小狼さん。ファイさんの意図は不明だが、素直に名乗り出る小狼さんはかっこいい。チンピラ達の会話を聞く限り、"小狼"が子供と知られていたそうだから、どちらにせよ展開はこうなっていたみたいだけど。
それからは交渉にもなっていない会話が続くばかりだ。チームに誘ってくる割には勝手な物言いでモヤモヤしてしまう。相手は聞き耳を持たないし、小狼さんはそもそも相手が疑うような目的は持っていないのだから、放っておいてくれたらいいのに。

「私、小狼さんがモヒカンしてあの服着るの嫌だなー」
「オレもちょっと想像できないなー、でもほら、大丈夫そうだよー」
「小狼かっこいいー」
「小狼君きっぱりだねー」
「きゃー、小狼さーん!」
「ちったぁ緊張感持てよ」

私達がのんびり過ごしているうちに、小狼さん達の会話はすれ違いが加速してしまっている。明らかにチームなんて作るタイプではない小狼さんを前にしてよくもまあ、あそこまで暴走できたものだ。しかもそろそろ何だか危ない予感。

「新しいチームをつくるつもりだな!…だったら、今のうちにぶっ潰しとく!」

モヒカンの人が振り上げた腕の動きに合わせて、巧断が、どこからともなく現れる。振り下ろされる巨大な鉄球のようだが、それは甲殻類の手足のようにも見えた。ファイさんやモコナさんは楽しげだけど、洒落にならないくらい、大きい。
……そんなものをこんな人混みで、狭い場所で、振り回すなんてさっきの戦いよりもずっと危険だ!

「おれはそんなつもりはありません!」

小狼さんへ一直線に向かっていった攻撃は、危なげなく躱されて、建物の柱のひとつに直撃する。本当に、危険だ。これ以上戦闘が続いて、柱がもっと壊れてしまえば、建物自体が崩れてもおかしくない。申し訳ないけれど、流石にこれ以上、黙ってはいられない。

「聞く耳持たないって感じだねー」
「……このままじゃ、皆さん危険です!」

ファイさんと目配せをして、動き出そうとしたすれば、私達を制止する腕が伸びる。そして、前へ歩き出したには黒鋼さんだった。

「ちょっと退屈してたんだよ。俺が相手してやらぁ」
「黒鋼、さっきまで楽しんでたー。退屈なんてしてないない」
「満喫してたよねぇ、阪神共和国を」
「ですねえ、本当についさっきまで、おもちゃコーナー見てましたよ!」
「だからさっきからうるせぇぞ、そこ!」
「けど、黒鋼さん、刀をあの人に...」
「ありゃ破魔刀だ。特別のな。俺がいた日本国にいる魔物を切るにゃ必要だが、巧断は"魔物"じゃねぇだろ」
「破魔刀…"魔物"…」

何やら不穏なワードがバンバン飛び交っている。どこの日本も完全に平和とは言い切れなかったようだ。けれど、そこまで日常茶飯事に敵が現れるのなら、彼が戦い慣れていそうな様子にも納得がいく。
いきがっているだけのチンピラとは違う。黒鋼さんは、強い。
けれど、ただのケンカではない。この国にいる以上、巧断がある。

「あのひと強いのかなぁ」
「一級の巧断を憑けているんです!本人はああだけど、巧断の動きはすごく素早くて、それに!」
「くらえ!おれの一級巧断の攻撃を!!蟹鍋旋回!」
「切れた!?」
「あの巧断は体の一部を刃物みたいに尖らせることができるんです!」

黒鋼は素早い男の攻撃を、それよりも速く、身軽な動きでかわしていく。この戦い方を見る限り、黒鋼さんは大丈夫だろう。

「危ない…!!」
「待って、手出すと怒ると思うよー。黒たんは」

ファイさんだって、黒鋼さんの実力を見極めたからこそ、そう言っているのだろう。だけど、戦いが続くたび、そのたびに建物の柱がひとつ、またひとつと崩壊していった。いつ建物へ影響を及ぼすかも予想ができない惨状に冷や汗が流れる。

「蟹動落!!」
「黒鋼さん!!」

いくら黒鋼さんが強いといえど、丸腰では厳しい戦いを強いられている。相手の攻撃が直撃し、跳ね飛ばされた黒鋼さんの姿に喉か詰まるような錯覚を抱いた。二人の戦いに手を出すつもりは毛頭ないけれど、このままでは黒鋼さんが危険だ。
それに、周囲への被害も相変わらず甚大で。せめて、ここに"結界"を張れる人がいたら。目を閉じて、無力感に震えていれば、瞼の裏の暗闇に白く、何かが輝いた。

―― 使え わが力を
―― 今が わが力を使うべきとき

「………そうか。」
「立花ちゃん…?」

頭の奥で、私を鼓舞するように囁いてくる。
そうだ。ここには『あの七人』はいない。だったら、私がやるしかないんだ。町を守りたいと願ったのは他でもない私自身。だから、私がこの町を守らなければいけないんだ!


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